恥ずかしい耳と尻尾

 貞操を守り切ったロイは酷くくたびれながら朝を迎えた。

『なんか、起きたのにくたびれてるっつうか、ぜんぜん寝れた気がしねぇ。夜中、メリィにちょっかい出されまくって、なかなか寝付けなかったからだな』

 赤い痕のついた鎖骨をポリポリと掻き、自分にギュムッと抱き着くメリィをチラッと横目で確認した。

 瞳を閉じているメリィは一見すると眠った風だが、尻尾が嬉しそうにユラユラと揺れているので、実際には起きていることが推測できる。

『メリィ、起きてるだろ。何、狸寝入りしてんだよ』

 何となくイラっとしたロイがメリィの頬をムニッとつまむと、更に彼女の尻尾が激しく揺れた。

『ロイの声、聞こえるの嬉しい。ロイ、好き』

『俺もだよ。ほら、いいから起きるぞ。このまま布団に寝転がってたらチェックアウトまで眠ることになりそうだ。適当にお昼を食べて帰るんだろ』

 ムギューッと抱き着いてくるメリィの頭をポフポフと撫でると、彼女の尻尾が驚いたようにピンと張った。

『どうしたんだよ』

 テレパシーによって、いくらか感情の乗った声が聞こえるようになったとはいえ、メリィは相変わらず無表情で考えが読みにくい。

 ロイは少し瞳孔が大きくなったように見えた瞳に首を傾げた。

『好きって言われたの、ビックリした。やっぱり、言われると嬉しい。ロイ、ほっぺにキスして』

 ハタハタと耳を動かすメリィが期待したように右頬をロイへ差し出した。

 仕方がないな、と満更でもなさそうに笑うロイがメリィの柔らかく温かな頬へ唇を押し当てる。

 すると、興奮したメリィがキャー! と両手で頬を押さえ、激しく両耳や尻尾を暴れさせた。

 モフモフだが意外と力強い尻尾が布にぶつかる度、周囲に埃が立つ。

『コラ! メリィ、埃が経ってるから落ち着け。布団をパシパシしたら下の階の人にも旅館にも迷惑だろ』

『ごめん、でも、嬉しくて……昔から、どうしても尻尾が制御できない』

 謝るメリィは未だに少し暴れる尻尾をギュッと抱きしめて強制的に止め、しゅんと耳を垂れさせた。

『メリィの場合、耳もだけれどな』

『耳も!?』

 散々、尻尾と耳で感情を表現してきたメリィだが、どうやら本人には自覚がなかったようだ。

 酷く驚いたらしいメリィがパッと尻尾を放し、代わりに両手でピンと張る耳を覆い隠した。

『自覚なかったのか。大袈裟に感情が出るのは尻尾だけど、耳にも感情は出てるぞ。メリィは考えてることが分かりにくいからな。俺は基本的にメリィの耳とか尻尾を見て喜怒哀楽を判断してる』

『喜怒哀楽……? 私、嬉しいと尻尾をブンブンしちゃうのは知ってたけど、もしかして……』

『悲しかったり、寂しかったり、落ち込んでたりすると尻尾もしょんぼりとして、ご機嫌だと優雅にゆらゆら揺れてるな。それと、怒ってたり驚いてたりするとピンと張る。恥ずかしいとソワソワするな。今の尻尾みたいに』

 喜びの感情がガッツリと尻尾に反映されることは知っていたが、それ以外の細かな感情まで尻尾や耳に反映されているとは露ほどにも思っていなかったメリィだ。

『見ないで』

 メリィは珍しく顔を真っ赤にすると猫が眠る時のように丸くなって体を縮め、両手で耳を隠し、尻尾は太ももで挟んで内側にしまい込んだ。

 完全防備の体勢に入ったメリィをロイが感心したように眺める。

『体柔いんだな、メリィ。それにしても、メリィって照れることあったんだな。結構かわいい』

『可愛いは嬉しいけど、恥ずかしい』

 ボヤくメリィは赤くなる頬を見られるのも恥ずかしいようで、一生懸命に首を曲げ、顔面を内側にしまい込んだ。

『メリィ、あんまり無茶な体勢をとると体を痛めるぞ。大体、感情が耳や尻尾に出るなんて俺からしたら今更だよ。さっきも言ったけど、俺は耳とか尻尾で無表情なメリィの感情を判断してるしから、動いてくれなきゃ困るし。それに、まあ、そう言うメリィの分かりやすい所、俺は結構好きだし』

『でも、だって』

 モジモジと弱った様子のメリィが少しだけ体の緊張を緩め、ロイの顔を覗き込む。

『ほら、いいからおいで。せっかくだから恋人として初のブラッシングをしてやるよ』

 ムクリと体を起こし、布団の上で座り込むロイがメリィに向かって満面の笑みを浮かべ、両手を広げる。

 普段に比べ、妙に爽やかで余裕ありげな態度だ。

『……なんか、ロイ、機嫌良い?』

 胡乱な目つきで問いかけてくるメリィにロイはゆるゆると首を横に振った。

『気のせいだろ。まあ、朝から珍しいものを見れたおかげで気分は良いけどな。ほら、来ないのか? いつもよりも丁寧に櫛を通してやるし、耳も尻尾もしっかりマッサージしてやるのに』

『ブラッシングとマッサージ』

 メリィはロイのモフモフと耳全体を温めても見込む手つきや、ゆっくりと毛先に櫛を通していく繊細かつ大胆なブラッシング技術の虜だ。

 つい、ロイの持っている毛先の柔らかなブラシに惹かれてしまって、メリィは彼の前でちょこんと正座をした。

『よろしく』

『任せろ。それにしてもメリィはせっかちだな』

 ソワソワとして、つい忙しなく揺れてしまう尻尾や耳のことを言っているのだろう。

『ロイ、耳と尻尾に言及するの、禁止』

 隠してしまったらブラッシングやマッサージをしてもらえなくなってしまうから、メリィは耳などを手で覆う代わりに短く注意を飛ばした。

 そして、そのままロイのブラッシングやマッサージを受けるメリィは段々にリラックスしていったのだが、たまに彼から、

『メリィ、ここ気持ち良いだろ。耳とか尻尾がヘナってなったからな』

 とか、

『メリィ、この辺を触られるの苦手だろ。尻尾がソワソワし出すからな』

 などと揶揄われてしまい、非常に恥ずかしい思いをした。

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