モフモフ

 メリィは何やら小難しい表情で考え込んでいるロイを横目で眺めると、それから花の方を見つめた。

 不意にハナと視線が交差する。

 すると、ニッコリと微笑んだ彼女がメリィの方へ向き直った。

「メリィちゃん、改めましてロイの母親のハナです。ロイがいつもお世話になってます。これからもよろしくね」

 明るく弾んだ声で自己紹介をすると、ハナは軽くお辞儀をした。

 ハナの挨拶を受け、メリィも急いでメモ帳にペンを走らせる。

『魔族と人間のハーフのメリィです。私の方こそ、ロイにはいつもお世話になっています。こちらこそ、よろしくお願いします』

 丁寧に頭を下げるメリィを見て、ハナがふふふと嬉しそうに笑った。

「ご丁寧にありがとうね、メリィちゃん。そうだ、メリィちゃん、ロイで困ってることはない? あの子、適当だし面倒くさがりだし、家にいる時だってたいしてお手伝いなんかしなかったのよ。あんまりメリィちゃんに迷惑をかけていないといいんだけれど」

 口元に手を当て、眉を下げて心配そうな表情を浮かべながらお節介を紡ぐハナにメリィが少し考え込む。

 確かにメリィとロイでは彼女の方が家事の負担が大きい。

 料理や掃除を行うのはメリィの方が多かったし、お茶を淹れたり台所からお菓子を持って来たり、ちょっとした時に動くのも彼女の方が多かった。

 だが、その分、腕の骨折が直ってからはロイが率先して力仕事である洗濯を担ってくれているし、不意に部屋が汚れていると感じた時に手短に掃除をするのも彼の方が多い。

 ロイだって家にいた頃のように家族に甘えて好き勝手に過ごしているわけではなかったし、そもそも二人とも常に清潔で整理整頓されている家を理想としていなかったので、結構ゆるい日々を送っていた。

 家事を完璧にしようと思わなければ時間にも心にもそれなりに余裕が生まれる。

 そうすると日常的なストレスも溜まりにくくなるので、特別、互いに不満を覚えることも無かった。

 頑張って絞り出せば相手の失態などいくらでも出てくるのだろうが、格別、ハナに言いつけなければならないこともない。

 メリィはフルフルと首を横に振った。

『特に無いです。ロイ、いい子なので。優しくて、かわいくて、ロイのこと大好きです』

 無表情なまま、フサフサと尻尾を振ってメモをみせればハナが、

「あら! あらあらあらら!」

 と、嬉しそうな声を上げながら興奮したようにペシペシとタロの肩を叩く。

 表情豊かでよく動く口元や感情によって煌めいたり色づいたりする瞳。

 心を反映して良く弾む声。

 大袈裟な身振り手振り。

 ちょっとした仕草や声の出し方、雰囲気などがロイにそっくりだ。

『やっぱりロイはお母さん似だ。どっちもかわいい』

 恋人のルーツが分かって少し嬉しいメリィがピコピコと楽しそうに耳を動かす。

 すると、ハナがメリィをチラチラと盗み見てソワソワするようになった。

「ねえ、メリィちゃん。器用に動くお耳が素敵ね。私、犬とか猫のモフモフが好きで。少しだけお耳を触ってみてもいいかしら?」

 少し上の方を見る瞳はメリィの良く動く耳に釘づけになっていたらしい。

 ハナの浮ついた右手はメリィの耳をモフモフしたくて堪らないようで、ウズウズとしている。

 耳も尻尾も本来は親しい間柄にしか触らせない非常に繊細な部位なのだが、メリィは、

『尻尾はロイだけにしか触らせたくないけど、耳なら、まあ、いいか。ロイのお母さんだし』

 と、頷いた。

 そして、ハナが撫でやすいように軽く頭を下げて彼女へ耳を差し出してやる。

「ありがとう、メリィちゃん!」

 テンションの上がったハナが興奮する心を心臓の奥に押し込んで、そっと気遣うようにメリィの耳に触れる。

『くすぐったい、けど、温かい。気持ち良い……』

 初めは恐る恐る撫でられていたせいで、かえってくすぐったさを感じていたメリィだったが、ハナの手つきがシッカリし始めると耳全体が何とも言えない心地良さに包まれるのを感じた。

 幼い頃母親に撫でられたのを思い出すような繊細で温かな手のひらに癒しを覚える。

『流石、ロイのお母さん。モフモフが上手。もうちょい』

 リラックスしきったように耳をペタンと伏せて尻尾をゆったりと揺らしながら、頭をハナの方に押し付ける。

「あらあら、メリィちゃんは甘えん坊さんね」

 ハナがクスクスと笑うと、彼女に懐くメリィが面白くないロイがムッと口角を下げる。

「おい、メリィ! 何お前、母さんのモフで気持ち良くなってるんだよ! 敏感なところだから他人に触らせないって言ってたじゃねぇか。この浮気者が!」

 怒ったロイが「貸せ! メリィのモフはこうやるんだよ!」とばかりにメリィの空いている方の耳を撫で始める。

 イライラとしているせいか普段よりも撫でる手に力が入っているようだが、耳の付け根という敏感な箇所を扱っているからか、指の動きそのものは優しい。

 むしろ、ガシガシと力強く付け根をマッサージされるのが堪らなく気持ち良くて、メリィは耳ごと全身がとろけそうになってしまう。

『両耳とも幸せ……』

 繊細な指使いをするハナと豪快な撫でを魅せるロイの虜になったメリィは、ますます力を抜くと無意識に尻尾をロイへ巻き付けた。

「メリィって、こういう時は猫みたいだよな。器用に巻き付いてきて、けっこう都合がいい尻尾なのな。全く、しょうがねえな」

 自分に対して加速した甘えをみせるメリィに悪い気がしなかったのだろう。

 ロイは満更でもなさそうに口角を上げると、耳をモフモフしたまま尻尾の付け根付近を撫で始めた。

 すっかり脱力したメリィがグデェとロイに体を預けると、ますます気分が上向きになった彼が上機嫌に彼女を抱きとめ、ワシワシと耳や尻尾を撫でる。

「いいな。僕も少しモフッてみたいよ」

 すっかり空気と化していたタロが楽しそうにメリィを撫でる二人を見て羨ましそうに呟く。

「父さんは駄目! 撫でるなら実家の犬にしなさい」

 ロイに叱られたタロはガッカリとしながら引き下がって、唐揚げを摘まみながら和やかな三人を眺めた。

 ちなみに、魔族のメリィがいるせいで少し前から四人は遠巻きにされていたのだが、周囲の客も彼女のモフモフとした耳や尻尾には興味があるらしい。

 彼らも少し羨ましそうにロイやハナを眺めていた。

 メリィのモフモフタイムが終了すると、再び四人で少し談笑をする。

 拗ねるタロをハナが慰めたり、再び小さな親子喧嘩が勃発したりとそれなりにイベントが起こり、賑やかに時間が過ぎていく。

 やがて、夜も深まってくると四人はそれぞれ居酒屋で別れて自分たちの宿泊先に帰って行った。

 陽気になって楽しく笑うハナをタロが、ほんの少しだけ足元がおぼつかなくなるロイをメリィが連れて、各々、夜道を歩いた。

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