意外な再開

 メリィも一通り飲みたかったお酒を制覇し、ロイの方も程よくお酒が回った頃。

 そろそろホテルに戻ろうかと話をしていると、急にメリィが辺りをキョロキョロと見回し始めた。

「どうした? メリィ」

『ロイみたいな匂いがロイじゃない所からする。ロイと似て非なる匂い。あれは……誰?』

 肉体が獣人型の魔族であるメリィは嗅覚も狼寄りで、かなり鋭い。

 匂いに敏感だからこそ嫌いな香りがあったり、些細な悪臭に大ダメージを食らったりもするのだが、その反面、親しい人の匂いを嗅ぎ分けたり、持ち物に付着した匂いを嗅いで持ち主を探し出したりすることもできた。

 なお、基本的にメリィは鋭い嗅覚を悪用してロイのクッションに付着した匂いを嗅ぎまわしたりしている。

 本人曰く、クッションという、ふかふかモチモチの布に顔を埋めるだけでも癒しなのに、そこに大好きな人間の匂いが混ざり込むと筆舌に尽くしがたい幸福を生み出すようになるらしい。

 叱られたメリィがクッションを取り上げられそうになって、珍しく熱弁していた。

 まあ、どんなに言葉を重ねたところで結局メリィはロイにクッションを没収されてしまったのだが。

 ともかく、そんなメリィの嗅覚が「ロイに似た香りを発している」と告げたのは、テーブル席で飲食を楽しむ一組の男女である。

 年齢は五十台前後といったところだろうか。

 和やかに食事を楽しんでいるようなのだが、特に女性の方の良く動く、キラキラとした表情には既視感があった。

「あれ? 父さんと母さん!? 何やってるんだ、こんなとこで!」

 メリィの目線の先をたどったロイがギョッと目を丸くして男女の方へ向かって行く。

 ロイが二人に声をかけると、彼女らも彼そっくりの表情で驚いてパキリと固まった。

「ロイ、アンタ久しぶりじゃない。ロイの方こそ、手紙の一つも寄こさないで何やってるのよ。お母さんたち、アンタが心配だから観光がてら顔を見に……もとい、顔を見るついでに観光しに来たのよ」

 驚いたついでに本音と建前が正反対になってしまったようだ。

 そっと訂正する母親にロイが苦笑いを浮かべる。

「いや、俺、別にベリスロートに住んでねえし、家の住所も何も伝えてないのに顔を見に来たっていうのは無理があるだろ。普通に観光で来た、で良くないか?」

「まあ、それもそうね。そうよ、お母さんとお父さんは観光にきたのよ。ロイが自立して家を出てからお母さんたち、二人きりになったでしょ。そしたら新婚の頃みたいにラブラブになっちゃってね。私達もロイみたいに都会に来てみたいって話になって、観光というか、デートにきたのよ。ほら、見てごらん! お揃いの腕輪も買っちゃったわ!」

 ドヤッとふんぞり返るロイの母親、ハナは腕に巻き付けた銀色のブレスレットを薄い長袖の中から引っ張り出してロイに見せつけている。

 すると、ロイの父であるタロも照れ笑いを浮かべながらハナのブレスレットの隣に自身のブレスレットを並べた。

 居酒屋の明かりに反射してキラキラと輝くブレスレットは曇りもなく、非常に美しい。

 チラッとタロの動きを横目で確認したハナが嬉しそうに笑って彼の腕をギュッと抱きしめた。

 だが、そんなラブラブな夫婦を目の当たりにしたケイは、なんだか嫌そうな複雑な表情を浮かべている。

 息子の表情を見てハナがムッと口を尖らせた。

「何よ、その顔は」

「いや、仲良いのはいいけど、親がイチャついてるところを目の当たりにしたくはねぇよ」

「あら、随分と生意気になっちゃって。昔はお父さんとお母さん仲良しって喜んでたくせに。コレが成長したってことなのかしら。別にいいけど、ちょっと寂しいわ。でも、あれよ。確かにお母さんたちはデートをしにベリスロートへ来たわけだけど、ついでにロイの顔も見れたらいいな、と思っていたのだって本当よ。何せ、家を出て以来、一切連絡をよこしてこなかったじゃない? そういうの、日々が充実してる証拠なんだろうなって思っていたけれど、心配したし、ちょっと寂しかったわよ」

 少し非難するような口調ではあるが、本人も口にした通り、言葉に込められている感情の大部分は怒りではなく心配なのだろう。

 小言めいた言い方をされると反発したい気持ちが湧くが、確かに自立すると宣言して家を出た息子が何か月も連絡をよこさないでいれば、親としては不安になって当然だ。

 受け取らなければいけない心配だと感じたから、ロイは素直に「ごめん」と頭を下げた。

「連絡しなかったのは悪かったよ。俺も色々と忙しかったんだ。さっきも言ったけど、結局ベリスロートには住まなかったし」

「そうなの? やっぱり、ベリスロートは都会過ぎたのかしら。楽しいけれど、こっちに来たら目が回るようで、お母さんもお父さんも疲れちゃったもの。ここは遊びに来る場所ね。少なくとも私が住む場所ではないわ」

「ちょっと分かるけど違うよ。色々あって、こちらの女性……メリィ……さんのお家でお世話になってる」

 ロイが自分の後ろで待機していたメリィにチラリと目配せをすると、静かに話を聞いていた彼女が空気を読んで彼の隣に並び、軽くお辞儀をした。

 メリィさんという呼び方も相まって、何だか親に恋人を紹介するようで妙に照れてしまう。

 すると、初々しいロイやメリィの態度にハナがキラキラと目を輝かせた。

 タロも興味深そうにメリィを見つめている。

「こちらの女の子、ロイの彼女さんだったの!? あらあら、かわいい女の子で。ケモ耳? 狼っぽい耳が可愛いわ~」

 魔族は田舎の人間にとって異様に珍しい存在だが、獣人の方は「人間」のカテゴリーに入るため、特に移動や住居に制限が設けられておらず、ハナやタロのような田舎住みの人間にとっても親しみがある存在だ。

 そのため二人はメリィのことを狼獣人と勘違いし、アッサリと彼女のことを受け入れたようだった。

 特に、旦那のことも「かわいさ」で選んでしまったくらい可愛い存在が大好きなハナがメリィの容姿にテンションを上げている。

 地顔も可愛らしいメリィだが、ハナ的には何よりも耳や尻尾のモフモフが堪らないようだ。

 メリィを眺める目がハートになって、口元にはニマニマとした笑みが浮かんでいた。

『かわいい、嬉しい』

 相変わらず表情には出ていないものの、メリィの尻尾が浴衣の後ろでフサフサと元気に揺れた。

「メリィは無表情ぎみだけど、けっこう耳と尻尾に感情が出るんだ。母さんに褒められて悪くない気分みたいだぞ。良かったな。それと、母さん、俺たちは別に付き合ってない」

 メリィとの関係性を説明するのが面倒くさくて、一瞬、恋人と言うことにしてしまおうかと思ったロイだが、そうすると今度は確実に、

「どこで出会ったの?」

 とか、

「いつから付き合っているの?」

 とか聞かれてしまって、無用に嘘を重ねなければならなくなる。

 そうするとかえって面倒なことになってしまうため、ロイは正直に「メリィは恋人ではない」と話した。

 メリィもロイの言葉に同意してコクリと頷く。

 すると案の定、二人の関係性に疑問を持ったハナがギョッと目を丸くしてメリィとロイを交互に見た。

「彼女じゃないのにお家に居候してるの!? ど、どういうこと!? ただれてるわ! まさかアンタ、付き合ってもいないのにメリィちゃんの恋心を利用してお家に居座る、駄目なヒモ人間みたいになってるんじゃないでしょうね!? 都会で悪いこと覚えちゃったんじゃないでしょうね!? お母さん、流石にロイのことを屑に育てた覚えはないわよ!」

 ロイは花にとって大切に育て上げた息子なのだが、その割に信用はないようだ。

 パッと作り出された厄介な妄想にロイがブンブンと首を横に振る。

「ちげぇよ、ちゃんと家のお手伝いとかしてるし、これからはお金稼ぎも手伝うし」

 ロイとメリィの関係性は特殊だ。

 メリィはロイが大好きで、ゆくゆくは恋人になりたいと思っているから手元においてアプローチをし続けているし、ロイの方はエレメールに横やりを入れられたせいで、

「自分はメリィのペットなんだ」

 と、勘違いしている。

 そういった中でメリィに世話をされているロイなので、彼女に生活の面倒を見てもらっていることは確かなのだが、だからといって、女性に甘えて寄生する一般的なヒモニートと結び付けられるのは心外である。

 しかし、こういったロイの複雑な立ち位置は、前提としてメリィとの関係を明かしていないと伝わらない。

 むしろ、今のロイの言葉だけを切り取れば、典型的な屑ヒモニートの逆切れといったところだろう。

「やっぱり屑屑ヒモ野郎なんじゃない! 大丈夫? メリィちゃん、ロイに変なことされてない?」

 心配そうに自分の顔を覗き込んでくるハナに、メリィは「変な事?」と首を傾げている。

 すると、慌てたロイが二人の間に割って入った。

「してないから! むしろ、されてるのは俺の方だよ。メリィ、スケベな上にスキンシップが激しいんだからな! な!」

 急にロイに話を振られたメリィだが彼女は己の欲を一切恥じていないので、彼の言葉を受け取ると、当然だろ! と言わんばかりにグッと親指を立てた。

 ハナはもちろん、何故か照れてしまって頬を赤らめるタロまで彼女を二度見した。

「ロイが襲われてるの!? 凄い! 最近の女の子は肉食なのね!? お母さん、ドキドキしちゃうわ。でも、あれよ。関係性はハッキリさせておいた方がいいと思うわよ」

「うるさいな、俺とメリィにも色々あるんだよ。けっこう複雑なの! でも、別に母さんが心配するような事にはなってないから」

「そうなの? でも、本当にお天道様に恥じるようなことはしちゃ駄目よ」

「分かってるって!」

 真剣な表情で心配を重ねるハナに少し子供っぽい口調のロイが言い返す。

 普段、大人っぽく見えることが多いロイがムキになって母親に反抗しているところが物珍しくて、メリィはマジマジと二人の様子を眺めた。

 不意に、クイッとメリィの浴衣の袖が引かれる。

「ごめんね、二人とも本当は仲が良いんだけれど、たまに、ああやってケンカしちゃうんだ。すぐに治まるから、これでも食べて待っていてね」

 申し訳なさそうな表情のタロがメリィに鶏のから揚げが乗った皿を差し出す。

 メリィはペコリとお辞儀をすると唐揚げを一個もらい、口に放り込んだ。

『肉、うまい。そして、ハナさんはロイに似てるんだな。かわいい。一生懸命、何を話しているんだろ』

 たまに二人揃って自分の方を見てくるので会話内容が気になるのだが、双方、興奮しているせいか、早口でまくし立てるようになった言葉は人間語を学びたてのメリィではうまく聞き取れない。

 コテンと首を傾げながら二人を眺めていると、やがて、会話を終了させたらしいロイと目が合った。

『何の話?』

 メモ書きをみせて問いかける。

「俺たちの話だよ」

『私たちの?』

 酷く疲れた様子で口を開くロイにメリィが小首を傾げる。

 どうやら二人が喧嘩をしていたのは最初の頃だけだったようで、途中からロイは両親にメリィとの関係性を説明していたらしい。

 ロイはまず、メリィが人間に友好的な魔族のハーフである事を明かした上で、他の魔族に襲われていたところを助けてもらったことや怪我の治療をしてもらったことを説明した。

 加えて、メリィとの日々の暮らしや彼女との居住地、魔族が人間に対して特殊な価値観を持っていることを話し、その上で自身が置かれている状況においては、

「好意の種類は不明だがメリィが自分から離れたがらず、加えて自分自身も行く当てがないため彼女の側にいる」

 と、説明した。

 なお、ペット扱いに関しては基本的には終始ぼかし、あまり言及しないようにしていた。

 ペット扱いをされているという情報は自分一人が知っていれば良いものであり、下手な伝え方をすれば不必要にハナたちを困惑させるだけだと考えたからだ。

 いくつか情報を削ったり、修正を加えたりしながら作り上げたロイの説明だが、ここには看過できないほどの嘘も無く、話自体も簡潔にまとめられていた。

 おかげでメリィとの関係性は予定より正確に二人へ伝わったのだが、やはり、ペット扱いをぼかしたせいか、彼女との関係は、親子関係か友人関係か恋愛関係かの三つに絞られてしまった。

 そのため、話を聞き終えたハナに、

「話は分かったけど、それならなおさら、今後どうするのか考えなさいよ。ちゃらんぽらんなまんま、ダラダラと曖昧な関係を続けるわけにはいかないでしょ」

 と叱られたわけなのだが、この言葉は結構ロイに突き刺さった。

 メリィを自分の中でどういう位置づけにするのか。

 そして、今後も彼女の側にいるのか、あるいは、いつかのように家を飛び出して彼女から逃走するのか、決めきれないでいたからだ。

 ロイがメリィに少なからず好意があるのは確かだが、それが恋愛感情であるのか、はたまた別の何かであるのか、それすらロイはよく分かっていない。

 ハナには反射的に「分かってる」と言ってしまったものの、本当は考えることを避けていた話題だったので、ロイは落ち込み気味である。

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