居酒屋にて
メリィたちの宿泊ホテル近辺には浮かれた観光客を狙ったミニ歓楽街のようなものが広がっている。
暗い夜道を色彩豊かに照らす道の端には居酒屋や飲み屋が立ち並んでいて、店の前では店員が活発に呼び込みを繰り返していた。
大通りには良心的な値段の大衆向け居酒屋が幅を利かせているが、反対に少し脇道にそれると、ネオンカラーの看板が目立つ怪しい雰囲気の大人なお店ばかりが並ぶようになる。
メリィもロイも飲食を楽しむことが目的であるため、大通りにある適当な居酒屋に目をつけると店内に入った。
魔族のメリィが堂々と店の真ん中に居座ると周囲の客が怯えて帰路につきかねないので、営業妨害防止のために二人で端の方の席に座る。
とりあえず生ビールを二杯とオススメとして紹介されていた焼き鳥盛り合わせセット、それにから揚げを頼んでおいた。
『お夕飯、美味しかったけど量が少し足りなかったから、ちょうど良かった』
「そうだな、メリィ……」
食いしん坊なメリィがテーブルに並ぶ大皿の料理を見て、嬉しそうにブンブンと尻尾を振る。
これに対してロイの方は目線が下がって俯きがちであり、テンションも低く、落ち込んだ様子だ。
まだメリィとスケベできなかったことを引きずっているのだろうか。
『ビールきた!』
店員が運んできたジョッキには七対三の黄金比を守ったキンキンのビールがなみなみと注がれている。
メリィはビールが来るまで食事をとることを我慢していたようで、キラキラと輝く水滴を身にまとったジョッキがテーブルに置かれた瞬間、激しく尻尾を振って後ろを通った客の足をペチペチッと叩いた。
『ビールうまい!』
片手で取っ手を引っ掴み、口元に運ぶと一気に中身を飲み干して空になったジョッキをコトンとテーブルに返す。
プハァ! と息を吐きだすメリィは幸せそうに目を細めていて、よほど美味しいのか後ろを通る店員の足を尻尾で往復ビンタした。
本人の感情に連動しており、実は制御するのが難しいというメリィ本人にとっても厄介なフサフサ尻尾が無差別に周囲の人間を襲う。
だが、しらふの店員にはもちろん、酔っ払い相手にも魔族の畏怖は通じるためメリィが叱られることはない。
「メリィ、尻尾がぶつかっちゃうから俺の隣に来い」
見かねたロイがメリィを壁側に追いやるために、チョイチョイと手招きをして自分の隣に座るよう誘導する。
ロイに呼ばれたのが嬉しくて仕方がないメリィがコクンと頷く。
そして、これ以上他人に迷惑を与えないように暴れ回るフワフワ尻尾をギュッと抱き抱えると大人しく彼の横へやってきて着席した。
『来た』
ロイの顔を見上げるメリィは無表情ながらもどこか期待したように耳を揺らしていて、少し頭を下げている。
撫でてほしいらしい。
「メリィってどこにいても甘えん坊だよな。人前で甘えるのに照れとかねーの?」
『ない』
愛しい人間に甘やかしてもらうことを考えれば場所など小さな問題だ。
ロイに頭を撫でてもらってご満悦なメリィが、今度は壁を高速でビンタしながらフルフルと首を横に振る。
メリィの態度に苦笑いを浮かべたロイが不意に目線を変えると、バインと張り出た彼女の巨乳がテーブルに乗っかっているのが見えた。
『料理じゃねぇんだから胸を乗せるなよ。食うぞ。いや、まあ、食えなかったんだけど』
逃した胸はデカい。
精神的にも、物理的な大きさとしてもデカすぎた。
だが、だからと言っていつまでもしょげているわけにはいかない。
せっかく生まれて初めて居酒屋にきたのだ。
ガヤガヤとうるさい酔っ払いたちの蔓延る陽気な雰囲気を楽しみ、原価不明の酒をそこそこの値段で売り出す強気な姿勢に賛美を送り、無駄に美味しい一品料理を楽しまなければ損だろう。
ロイもメリィにならってビールを半分ほど一気飲みすると、チマチマと料理を食べ始めた。
サクサクの塩っ気が強い唐揚げに甘辛いタレがテリテリと塗られた香ばしい焼き鳥、そして冷えたビールに心が癒されていく。
『まあ、勢いでやらなくて良かったって思っとくか。あの時は妙にアレな気分になってたし。しかし、それにしても店の料理って変に美味いよな。ジャンクでウマい。なんか妙に軽くて何個も食べれちゃうし。それこそスナック感覚というか』
メリィの分も気にしながらヒョイヒョイと唐揚げを食べ進める。
「メリィ、俺、揚げ春巻きも注文していいか? って、おお……凄いな」
少し目を離した隙にテーブルが空のジョッキや縦に長いグラスで埋まっていて、ロイがギョッと目を丸くした。
グラスの墓場を作り出した犯人は澄まし顔でレモンサワーをあおるメリィだ。
追加でパインサワーなど複数種類の酒を持ってきた店員が忙しなくお盆の酒と空のグラスを交換してゆく。
去り行く店員に揚げ春巻きやサングリアなどのカクテルを注文し、静かに店員へ業務を課していくメリィは一仕事終えると優雅にパインサワーを飲み始めた。
一応、味わってはいるようだがジュース感覚で飲むので杯が空くのが早い。
「メリィ、やたらとハイペースで飲んでるみたいだけど大丈夫なのか?」
赤くも青くも無い真っ白な顔色で酒を飲み続けるメリィはザルだ。
全く酔った様子もなく飲み続けている。
しかし、だからこそふとした瞬間に無表情なまま後ろに倒れ込みそうで不安になり、ロイが心配そうにメリィの肩を揺すった。
すると、メリィはロイに押されて体のバランスを崩すことも無く、平然と座ったままコクリと頷いた。
『平気。魔族は異常にお酒に強いことが多い。私も、あまり酔わない。居酒屋でサワーとカクテルとハイボールと珍しいのをコンプリートするのが趣味』
「凄い趣味だな。酔わなくても酒飲むのか」
『味が好きだから。ほろ苦でうまい。甘いのも好き。甘くないので油ものをキュッと流し込むのも好き。サッパリする』
ずっと無表情だったメリィがハタハタと両耳を動かし、尻尾も揺らしてキュッとパインサワーを飲み干す。
メリィはスタイル抜群でかなり大人な体つきをしているのだが、顔自体は幼いので椅子に座って巨乳以外の肉体を目視しづらくし、上機嫌に揺れる尻尾や耳ばかりを目立たせると小さな子供のような姿になった。
正直、絵面的には酒との相性が悪い。
テーブルに乗っけた巨乳を隠したら店員につまみ出されてしまいそうだ。
「そういえば、メリィって何歳なんだ?」
頭に浮かんだ純粋な疑問を特に考える事もなく、そのまま口尾から出せばメリィがパキリと固まる。
『ヤベッ! 怒らせたか!?』
一般的に成人年齢を超えた女性に実年齢を問うのはNG行為だ。
その場で相手を不機嫌にさせ、気まずくなるだけならまだいいが、場合によっては後からデリカシーの無い馬鹿野郎として知り合いの女性に年齢の件を言いふらされ、疑似村八分のような状態になって社会的に殺されてしまったりすることもある。
年齢に関する質問というのは時に死すら覚悟しなければならない、大変危険な行為なのだ。
年齢を問われた瞬間に固まるメリィを見て、地雷を踏んだか!? と怯え、全身に緊張を走らせるロイだったが、少し経ってから彼女がメモに書いた、
『忘れちゃった。多分、百歳は越えてると思うけど、細かい部分が分からない』
という言葉を見ると、一気に脱力した。
「長生きなんだな」
気安い様子でビールを煽りながら改めて百歳越えという部分を確認する。
人間のロイから見れば、百年というのは寿命としては捉えきれないほど大きな年数だ。
『魔族は人間の四、五倍くらい寿命がある。ちなみに、私は人間の年齢に換算すると、多分ロイくらいの年になる』
メリィの話す通り、魔族は人間に比べてかなり長い時間を生きることになる。
しかし、生きている間の時間感覚そのものは人間と比べて大きく変わらないので、寿命までの期間を「長すぎる!」「退屈だ!」とは思わない。
どんなに長い寿命を用意されていても死ぬときには人生を一瞬に感じて、もっと生きていたかったと涙を流してみたりするのだ。
だが、それはともかくとして、一年ごとにやってくる誕生日を人間のようにチマチマ祝うのを面倒だと感じる魔族も多いことは事実だ。
メリィなんかもその類いで、今は百歳くらいかな? 百十歳くらいかな? とザックリ十年単位で自分の年齢を把握していた。
ロイに問われた今も、あまり細かい実年齢に興味はなかったが彼が興味津々な様子なので生年月日を元に自分の正確な年齢を割り出していく。
「えっと、生まれたのが————年だから……メリィは今、百六歳か。確かに五倍で考えたら俺の年齢と大差ねえけど、四倍と五倍ってふり幅デカいぞ。五倍なら人間の年齢で二十一歳だが、四倍なら二十六、七ってところだからな。実際はどっちよりなんだ?」
『どっち……基本、五倍。でも、早死にの人もいるから、稀に四倍って言われる。ちなみに、ハーフも基本は五倍が多い。成長速度をみるに、多分、私も五倍』
「なるほどな。まあ、聞いといてなんだが、どっちにしろ凄い年数を生きるのな。いいな~、俺も百年とか生きてみてぇよ!」
メリィの寿命の長さを羨ましがって酒を煽るロイに彼女が目をパチパチと瞬かせる。
ピンと張った尻尾が示す感情は驚きだ。
「どうした、メリィ。何か、そんなにビックリすることがあったか?」
『ううん。でも、ロイ、たくさん長生きしたい?』
「そりゃあ、生きられるならいつまでも生きていたいだろ。百年でも千年でも何でもいい! とにかく長生きしたいな、俺は!」
ロイは生きることで付属する楽しみを享受することが好きだ。
睡眠の心地良さや食事をとる楽しさ、体を目いっぱい動かした後に入る風呂の心地良さを知っている。
退屈な日々の中にもチマチマと埋まっている幸せを見つけて味わうのが好きだ。
ベリスロートに来て、行ってみたい店や場所も増えたし、他の町も見てみたくなった。
メリィと森に入って薬草をとったり、新しい野菜を育てたりするのも楽しみだ。
好奇心旺盛なロイの世界に対する興味は尽きない。
それこそ、彼にとっては魔族の寿命ですら、そっくりそのままもらっても足りないくらいなのだ。
『ロイが長生きしたい人で良かった。そしたら、きっと受け取ってくれる』
何を? と問われれば、もちろん「メリィの寿命を」である。
魔族はディープキスによって相手に自分の魔力を注ぎ込み、対象の全身を魔族特有の魔力と匂いで満たすマーキングを行うことができる。
そうすると、マーキングされた人間は魔族から同胞扱いを受けるようになって襲われにくくなるため、メリィは定期的にロイへディープキスをしていた。
正当な理由を振りかざして合法的にロイとイチャイチャできるマーキングをメリィは気に入っているのだが、実は、このマーキングには魔力以外にもう一つ渡せるものがあった。
それが自分の寿命だ。
だが、寿命を明け渡す特殊なマーキングをする時には単純なマーキングをする時と違って、いくつか条件が存在する。
まず一つ目は、受け取る側と渡す側が強い愛情で結ばれていることだ。
互いに愛情を感じていればいいので、必ずしも二人の間にある愛情が恋愛由来のものでなければならないわけではないが、それでも夫婦や恋人間で譲渡がなされているのが一般的である。
そして二つ目の条件は、受け取る側に寿命をもらう意思がある事だ。
寿命は魔力と違って相手の意思を無視して明け渡すことができない。
もしもロイが人の寿命を全うして死にたいと願ったら、メリィは自分の寿命を彼と半分こできなくなってしまう。
そうすると、仮に思いが通じ合って夫婦になれたとしてもメリィは早い段階で未亡人となり、ロイのいない数百年を独りぼっちで暮らす未来が確定してしまうのだ。
メリィがロイなしの人生を楽しめるわけがない。
そのため、メリィはロイが可能な限り長生きしたいと思っていることに密かに歓喜していた。
『両想いになったら、寿命、半分こする。出来るだけ一緒。死ぬときも一緒くらいがいいな』
感情を隠すのが下手な尻尾がベシベシと壁を叩く。
メリィは上機嫌に梅サワーを飲み干した。
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