便利な尻尾

「メリィ、俺が開けてもいいか?」

 メリィが頷くのを確認すると、キラキラと瞳を輝かせたロイが門に手のひらを当て、ゆっくりと押していく。

 そして、目の前に広がり始める光景にパッと表情を明るくした。

「これが都会か!! 人の数が凄いな! ほら、メリィ! よくわかんない機械らしきものが道を走ってるぞ! あれは……轢かれたら死ぬな!」

 道では様々な色の衣服を着た人々が思い思いの方角へ向かって移動を続けており、揺れ動く人間の動きが大海の波の運動を模している。

 町は香水や食べ物の匂い、汗の匂いや砂埃、排気ガスの匂いで満ちていた。

 その上、辺りは人々の雑談をする声や何らかの広告の音声、どこかから聞こえてくる正体不明の音楽で騒がしく、妙な賑わいを見せている。

 慣れてくると不愉快に感じる悪臭に雑音だが、初めてベリスロートにやってきたロイには都会特有の面白い匂いと音に感じるようだ。

 嬉しそうに頬を高揚させて辺りを眺めた後、生まれて初めて目撃した車に大興奮して頬を高揚させていた。

 ロイのはしゃぐ姿を見ていると、何だかメリィまで嬉しくなってしまう。

『あれは、バス。確かに、轢かれたら死ぬ。でも、便利。後で一緒に乗ろう』

「バスか! あれ、俺たちも乗れるのか!? 凄いな! それにしてもメリィ、妙にテンションが高いな。どうしたんだ? メリィも都会が好きなのか?」

 メリィは既にベリスロートに慣れてしまっているだろうから、お上りさんのようになるのは自分一人だけだろうと予想していたロイだが、意外にも高速で動く彼女の尻尾を見て、嬉しそうに首を傾げた。

 これに対し、メリィは耳をパタパタと高速で振ったまま、首を横に振った。

『ベリスロートは好きでも嫌いでもない。でも、久しぶりに変わると町並みが変わってて、寂し面白い。あと、ロイが喜んでいるのが凄く嬉しい』

 理由はともかくとして、はしゃぎ仲間がいるのは嬉しい事だ。

 ロイはさらに上機嫌になって、

「なんだそれ? よく分かんないけど、かわいいヤツだな」

 と、モフモフなメリィの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。

 すると、「かわいい」に反応したメリィが目を丸くした後に耳と尻尾をピンと張って、心の中で「ふへへ」と嬉しそうに笑みを溢した。

『ロイ、まずは薬局に行こう』

 弾む心をそのままに表した少しヘタな文字で行き先を提案する。

 だが、遊びにやって来て初めに行く場所だとは到底思えない薬局へのお誘いに、ロイが思わず、「薬局?」と疑問の声を上げた。

『そう、薬局。薬草を売って観光費の足しにする。結構、お金が手に入る』

 魔族と人間の通貨は共通していない。

 一応、換金も可能ではあるのだが、魔族には賞金首をつかまえて腹を満たしがてらお宝と報奨金をもらうという方法と、シンプルに旅人から金品を脅し取るという邪悪な荒稼ぎの方法があるため、そちらはあまり主流ではない。

 少なくともベリスロートには換金所がなく、あったとしても、かなりの手数料をとられることとなっていた。

 そのため、メリィが人間の町で遊ぼうと思ったら、他の魔族たちの例に漏れず、自力で金を稼がなければならなくなった。

 そこでメリィは金を稼ぐ方法として、森で拾い集めた薬草を乾燥させ、販売できる状態に整えてから薬局に売るというものを選んだ。

 彼女の持っている一級薬草販売士の資格も、そのためにとったものである。

 真面目で凝り性な性格をしているメリィが処理をした薬草は基本的に状態が良い。

 これに加えて、メリィの自宅付近では希少性が高く効能に優れた多様な薬草が大量に生えているのだが、森には獣が蔓延っているし、位置的には協定から外れた目族が人間を狩っても良い場所になっている。

 そもそも、森の大部分はメリィの土地ということになっているから勝手に植物を採っていく事はできないし、それ以外にも危険やデメリットが多すぎるため、森の薬草は彼女が独占した状態となっている。

 そうすると、そもそも採れる薬草が非常に希少価値が高いものだという事実も相まって、自然と町へ卸す薬草の一部を独占した状態になるため、メリィは薬草販売で荒稼ぎできていた。

 前に稼いだ分もキチンと貯金していたため、実は既に二人で遊ぶのには十分な額を持っていたのだが、金というものはあるに越したものではないし、稼げるうちに稼いでおくというのも大切なことなので、メリィは必ず薬局へ向かうことにしていた。

「なるほどな。それは確かに大事だ。というか、メリィがたまに散歩中に草を拾ってたのって、このためだったんだな。次からは俺も手伝おうか?」

『うん、ありがとう。手伝ってくれると嬉しい』

 ワフワフと軽く耳を揺らすメリィの頭にポンと手のひらを添えて優しく撫でる。

「じゃあ、さっそく薬局に向かうか」

『うん。あ、そうだ。ロイ、都会は人が多くてはぐれたら危ないから、手を繋ごう』

「いいけど、なんか照れるな」

 メリィの差し出してくる小さな真っ白い手にはにかんで、ロイが自分の手のひらをそこに覆いかぶせる。

 すると、元はゆっくり揺れていたメリィの尻尾がブンブンと激しく暴れ出し、ロイの太ももや尻をベシベシと叩き始めた。

 痛くはないが、ぶつかった衝撃はそれなりにある。

 小さな子供の顔や胸にでも当たったら、泣き出してしまうかもしれない。

「コラ、メリィ! 俺はいいけど、流石に他の人をはたいちゃ駄目だろ!」

 自分のみならず近くを通行する人々の太ももや尻まではたき始めたのを見て、ロイが大慌てでメリィの尻尾を引っ掴む。

 それから、メリィが知らず知らずの内に攻撃してしまった人に謝罪をするため、ロイが顔を上げて通行人の姿を確認しようとしたのだが、いくら辺りを見渡しても、自分たちの近くには誰一人、人間が存在していなかった。

「あれ?」

 首を傾げながら、もう少し周りに注目してみれば、自身とメリィを取り囲む半径一メートル以内にすら人が存在していないことが分かる。

 ふと目が合った親子連れは子どもの目を隠し、怯えた様子で何処かへ去って行ったし、その他の通行人も怖々とした様子で二人をチラチラと見ながら遠巻きにしている。

『なるほどな。メリィがぶつかった奴も、他の奴らも、メリィが魔族だって気がついて逃げ出したのか』

 ロイの予想通り、メリィに尻尾をぶつけられた数人の中には彼女へ直接文句を言おうとしたり、反射的に舌打ちをして悪態を吐いたりした者もいた。

 だが、いずれの人間も、メリィの角を確認して彼女が単なる獣人ではなく「獣人型の魔族」であることを察すると、大慌てでその場から逃げ出していた。

 特に、舌打ちをしてしまった者などは漏らしてしまうのではないかというほど顔を真っ青にしていたくらいだ。

 メリィになれてしまった今となっては大袈裟な……と思ってしまうロイだが、正直、魔族に怯える気持ちは痛いほどに分かる。

 過剰にメリィを怖がる人々へロイは苦笑いを送った。

 なお、自分が恐れられていることなど特に気にしておらず、自身の尻尾をモフるロイのことしか目に入っていないメリィは、ジッと彼の姿を見つめ、パタパタと耳を動かしていた。

 無表情な目が「何?」と、問いかけている。

「あー、いや、メリィ、その……一応、尻尾を振りすぎないように気をつけろよ。もう誰にも当たらないかもしれないけど、一応な」

 尻尾を手放し、気まずそうに口を動かしながら後頭部をかいて苦笑いを浮かべる。

 キチンとロイの言葉が理解しているのか、いないのか。

 メリィは取り敢えずコクリと頷くと、ゆったりと尻尾を揺らめかせながら歩き始めた。

 彼女の尻尾がブンと揺れるたびに通行人たちが後退って道を開ける。

 かしずかれてさえいないものの、これではまるで王族の行進だ。

 メリィが確実に他人の邪魔になる大荷物を抱えていたことも関係して、密かに人混みを歩くのを不安がっていたロイは、

『魔族って、メリィの尻尾って便利だな』

 と、ちょっぴり彼女の尻尾をありがたがった。

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