関所
急に決めた外出だがタイミングよく外はお天気日和で、キラキラと輝く太陽がまぶしいくらいだ。
突然に雨が降ったり、曇ったりするような嫌な雰囲気も無い。
メリィは人混みの多すぎる都会に対抗すべく動きやすさを重視した格好をしており、灰色の半袖パーカーとデニム生地のショートパンツを履いている。
裾の長いパーカーでショートパンツの大部分が隠れているため、一見すると丈の短いワンピースを身に着けているように見える。
ボン、キュ、ボンなメリィの体がダボッとした衣服で緩い線を描くようになり、普段よりも小ぢんまりとした印象に変わって、なんだか妙に可愛らしい。
また、ロイの方も黒いパーカーとデニム生地の長ズボンを身に着けている。
簡素なデザインのパーカーだが、厚手の生地でシッカリと縫われた一品であるからか、あまり悪い印象は受けない。
若者らしい、少しかわいい雰囲気に仕上がっていた。
なお、二人のパーカーはデザインが似通っており、胸元にはお揃いの小さな狼マークも入っていたため、着用後にメリィは、
「ペアルックみたいだ!」
と、嬉しそうに尻尾を振っていた。
メリィが定期的に森の中にある道を整備しているので、距離などに比べて下山するのにはあまり時間がかからない。
二人はアッサリと森を抜けると監視カメラがキュルキュルと動く道を歩き、ベリスロートまで向かった。
ところで、ベリスロートに入るためには大きな外門と、その内側にある小さな内門の二つを通る必要がある。
外門から内門までの短い廊下はパスポートや許可証なしに町へ侵入を試みる人間や魔族を捕えるための空間となっており、基本的に門番のような人間は常駐していない。
だが、監視カメラがいくつも取り付けられた厳めしい外門の近くでは、武装した仰々しい鎧姿の門番が常に門を見張っており、関所の中にも武装した兵士が常駐している。
常に警戒体制であるせいか外門付近はピリピリした空気を漂わせており、いついかなる時でも外からの訪問者を威嚇する。
ロイの方はすっかり厳格で威圧的な雰囲気におされてしまい、
「俺たち、本当に中に入れるのかな?」
と、不安になっていたのだが、一方、メリィの方は複数回の訪問ですっかり慣れてしまったらしく、平然とした態度で関所に入ると、無言で室内の兵士にパスポートを手渡した。
兵士の方も無駄口を叩いたり、意味なく愛想を振りまいたりはしないスタイルのようで、無言でパスポートを受け取ると、黙々と中身を確認していく。
「ええと、先輩、俺は荷物を確認しますね」
どうやら、ずっとパスポートの兵士の隣に居たらしい新人兵士が横からニュッと顔を覗かせた。
新人兵士の方は仕事に緊張しているのか、あるいは魔族であるメリィに怯えているのか、ひきつった笑いを浮かべている。
「任せた」
パスポートの兵士が頷くのを確認すると、新人兵士が一つ敬礼をし、メリィから大きなリュックサックを預かる。
そして、中身を一つ一つ丁寧にテーブルの上へ並べていった。
しかし、順調にパスポートを確認していく兵士に比べ、新人兵士はしきりに首を傾げて眉間に皺を寄せている。
「パスポート、問題なし。そっちは?」
パスポートの兵士に声をかけられ、新人兵士が何とも言えない曖昧な表情になる。
「……凶器の類は無いんですけど、大量に乾燥した草が入っていますね。何でしょう、コレ」
「草か。まあ、コイツはいっつも草を持ってくるみたいだからな。どれ、見せてみろ」
明らかに二十代の若者である新人兵士に比べ、パスポートの兵士はどんなに若く見積もっても四十代以上のベテランである。
年齢だけでなく経験も豊富なパスポート兵士は、黙々とテーブルに並べられた乾燥植物を一つ一つ手に取って確認していくと、「ふむ」と顎に手を当て、偉そうに頷いた。
「相変わらず訳の分からん草がばかりだが、特に違法なものは入ってないな。アイツは一級の薬草販売許可を持っているようだから、よほどでない限り持ち込んではいけない植物もない。植物ごと通して構わんぞ」
「なるほど。では、あちらの男性は?」
メモを取りながら生真面目に頷いていた新人兵士がチラリとロイを見る。
すると、同じように改めてロイの姿を確認したパスポートの兵士が「ん?」と首を捻った。
「アイツは……見ない顔だな。実は、俺は数年前から定期的にあの魔族に滞在許可を出しているんだが、あんな男を連れてきたのは今回が初めてだ」
「一時期、魔族の間で流行ったペットですかね?」
「そうかもしれんな。あの魔族は森に棲んでるだけあって情報が古めなんだろうし、廃れつつあるペットブームに今更になって興味を示したのかもしれん。まあ、あの魔族が町で問題を起こしたという話は聞かないし、別に通しても大丈夫だろう」
ゴニョゴニョと耳打ちし合って、実にお役所仕事な判断を決め込む。
それから兵士たちは協力して荷物を元に戻し、メリィに返すと、
「物の売り買いにも、各種サービスを受けるのにも、何をするにしても滞在許可証を使う。再発行には手数料がかかるから無くさないように」
とだけ述べて、二人に滞在許可証付きの腕輪を手渡した。
腕輪には真っ黒いバーコードのついた金属のタグがくっつけられており、何やら最先端な技術の香りがする。
外門の辺りにやってきて以来ずっと緊張し通しだったロイも、自分の手首にはまったシリコン製の腕輪とタグを見ると一瞬だけ嬉しそうに顔をほころばせた。
「くれぐれも中で問題は起こさないように」
温かい見送りの言葉というよりも、問題児に掛けられるような注意を受けて二人は外門をくぐる。
ピッタリと門が閉じられ、自分たちを監視する警戒の視線が完全に遮断されると、ロイはようやく緊張をほぐしてフーッと大きなため息を吐いた。
「なんつーか、疲れたな。あんなに厳しく審査する必要あるのか?」
大きく肩を回し、コリをほぐしながら軽く愚痴を言う。
しかし、メリィはロイの言葉にフルフルと首を横に振るとメモにペンを走らせた。
『今回は審査、緩い方。人によっては人間相手でも探知機に通したりするし、薬草も一つ一つ確認する。だから、何時間もかかる時もある』
「何時間も!? 観光してる時間ねぇじゃん! というか、探知機って何の探知機なんだ?」
『色々。凶器を隠し持ってないかな、とか、人間に扮装した魔族が紛れてないかな、とか。下手をするとベリスロート中が危険になるから、厳しい人は厳しい』
ちなみに、壁や床が真っ白なだけで何もないように見える廊下にも実は簡易的なセンサーが張り巡らされていて、金属や毒物、異常に高い魔力等を検知するようになっている。
特に魔族が人間に化けて町に侵入するという事態が一番恐ろしいため、一定以上の魔力を検知すれば直ちに門の内側にあるシャッターが降り、室内が睡眠ガスで満ちるという設備が整っていた。
確かに兵士等は常駐していない廊下だが、実は監視カメラに探知機、ガス噴射機、シャッターなどの最先端な防衛機器が詰め込まれており、常に訪問者を警戒し、見張っている。
そんなことなど露ほども知らないケイは、フムフムとメリィの言葉に頷いた。
「なるほど。そのための厳しい審査か。中の人間にとっちゃありがたいんだろうが、実際にされるときついな」
『確かに。でも、そのうち慣れる』
「最初から平然としてそうなメリィに言われてもなぁ」
雑談を交わしながら歩けば、あっという間に内門の前に到着した。
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