番外編 星々はお喋り

第9話 星々の会話


 やぁ、人間の皆さま方。

 今宵はいい夜風が吹いて、気持ちの良い夏の夜ですなぁ。

 

 お? お前は何かって?


 ワタシはセーレンくんから【旅猫】と呼ばれていた猫ですよ。

 まぁ、名乗るほどのもんじゃぁないんで、名乗りませんがね? それでも、良かったらぁ、ちょいとワタシのお喋りに付き合っちゃぁくれませんかい?


 ワタシも人間の皆さまと少し、楽しい時間を過ごしたくなりましてね?


 まぁ、なに。人間の家族が居たこともあるもんで。人間の皆さまに警戒心というのが、ほかの猫に比べて若干薄いもんでしてね?

 それと、たまにはね。人間の皆さまと話がしたくなる時も、あるんでございますよ。


 時々ね、主人を思い出して、人間語が恋しくなるんでございます。


 ワタシの主人は『小説家』っていう、文字を書く生業をしていたもんでして。文字を書きながら、よぉくひとりで喋っていたんでござます。

 ワタシもね、ついそれに返事をしたりなんかしてね?

 

「お、お前、話が分かるなぁ」


 なんて言われたんでございますよ。

 主人はワタシの言葉を理解してたんでねぇ。え? 人間は猫語が分からないって?


 いやいや、付き合いが長くなりますとね、自然と分かってくるんでございますよ。

 ワタシ達、猫が人間の皆さまの言葉が分かるようにね? 猫は人間の皆さまが思うより、遥かに賢い生き物でございますよ。えぇ。

 ですからね、気心知れた人間の前じゃぁ、猫語で話す時も、すこぉしだけ、人間語も織り交ぜるてみる。なんて事も、あるんでございますよ。


 え? 信じられないって?


 なら今度、よぉく耳を澄ませて、猫達の言葉を聴いてみてやってくださいな。


 ちゃぁんと『ごはん! はやくっ!』って、言ってますから。クックック。


 さて。こんな話をするために、ワタシは登場したわけじゃあ無いんでよ。


 え? もっとワタシの話が聞きたい?


 それはそれは。そう言っていただけるのは、大変嬉しゅうございますがね。猫って生き物は、大抵、飽き性なんでございますよ。まぁ、ごくたまに、そうじゃない奴もおりますがぁね? ワタシはまぁ……。ええ。


 なんでね? ワタシの話はまた今度にして。別の話でもしようじゃぁないですか。


 そう、例えば、今宵のように気持ちの良い夜風の中、星を眺めて。そう、あの星々の話しでもしましょうかねぇ。


 皆さま方は、夜空を見上げて「何だか、いつもより星の瞬き多いな」なんて感じた日は無いですかい?


「きっと気のせいか」


 と、思う人。


 もしくは「雨上がりで空気が澄んでいるからかな」なんて思う人。


 そんな夜には、そっと耳を澄ませてみて欲しいのでございます。


 小さな小さな、星達のお喋りが聞こえるかも知れませんよ?

 猫達の耳には、しょっちゅう聞こえて来ているんですがね? 大抵の猫は、星の言葉が分かりませんからねぇ。綺麗な音色だなぁ、くらいにしか思って無いんですがね? ワタシはアチコチ旅をしながら星に語りかけてたんですよ。そうしていたら、自然と星の言葉を覚えましてねぇ。まぁ、とにかく、お喋りが好きなんでございますよ。星々は。


 どんなお喋りかって?


 では、ちょっと星達のやり取りを、覗いてみるとしましょうか。

 ああ、何光年も先の会話ですからね。人間の言葉でいう、タイムラグってヤツがあるんです。なんで、今から人間の皆さま方が聴く会話は、もしかしたら、セーレンくん達の所へ来る前の【星の子】達の声が聞こえるんじゃぁ、ないかな。


 では、コツをお教えします。ふかぁーく、ふかぁーく深呼吸をして。そして星々の瞬きに集中して。


 ああ、心の邪念は消し去ってくださいよ?

 そう、その調子です。


 ほぉら、聞こえて来たでしょう?



♢☆♢



「そろそろ、あの方が旅から立ち寄る頃だなぁ」

「また、たくさんの子供達を連れてくるのかな?」

「あぁ、早くいらっしゃらないかしら!」

「今回は、どんな旅話をしてくれるのかしらね!」

「かわいい子供達にも、早く会いたいわ!」

「そうだな! 楽しみだな!」

「あ、みて! 向こ側が合図を送って来てる!」

「おぉ! もうすぐ到着するのか!」

「わぁ! 楽しみ!!」


 どうやら、夜空を旅する彗星が来るのを、楽しみにしている様子。

 何光年先の星々が、大きく拍手を送るように瞬きを繰り返せば、それを待っていた星々が喝采を送るように瞬きを返す。


「あ! 来たぞ!」

「なんてステキな輝きかしら!」

「おかえりなさい!」

「おかえりなさい!」


 星々は口々に彗星へ声を掛けて、拍手を送る。


「みなさん、ただいま。お迎えをありがとう。お久しぶりですね」

「おかえりなさい! また、お土産話を聞かせてくださいな!」

「かわいい子供達も元気かしら?」


 彗星の尾っぽに輝く小さな小さな星々が、恥ずかしそうに瞬けば、星々は「かわいい!」と口を揃え、子供の星達を覗き見ようと光りを増した。


「さぁ、子供達、ご挨拶しなさい」

「こんばんはぁ」

「こんばんは……」

「……んわ」


 恥ずかしいそうに、彗星の尾っぽから出たり隠れたり。星の子達が小さな光りと共に次々と挨拶をする。


「はぁ! もぅ、なんてかわいらしいの!」

「あの小さな輝きが、いつかは私達のような輝きになるなんて!」

「混じり気のない、真っさらな輝きだ!」


 お兄さんお姉さんの星々が、星の子達を優しく見ながら、柔らかな光りを放つ。


 そんな中。一際、大きな声で挨拶をする星の子がひとつ。


「こんばんは!」

「まぁ! こんばんは!」

「おっ、元気がいいなぁ! こんばんは!」


 元気よく挨拶をした星の子は、好奇心とご機嫌を表す黄色い光りをピカピカと瞬かせながら、尾っぽから顔を出す。


「今いる子供達の中では、この子が一番、好奇心旺盛なんですよ」


 彗星のお母さんがそう言えば、夜空の星々はキラキラ瞬いて笑う。


「なら、今年はこの子だけ、みんなと旅立たないで、地上へ向かうのかしら?」


 お姉さん星が彗星のお母さんに訊ねると、彗星のお母さんではなく、星の子が声を上げた。


「お姉さん、お兄さん! あたし、自分でステキな場所を見つけて暮らしてみたいの! この辺の地上で、オススメの場所はなあい?」


 そう訊ねる星の子に、お姉さんお兄さんの星々はクスクスと笑い声を上げる。


「やっぱり、この子が地上へ向かう子なのね」

「オススメの場所ねぇ。そうだな。俺のオススメは、今、俺たちが見ている場所かな」


 お兄さんの言葉に、元気な星の子だけでなく、他の星の子達も彗星の尾っぽから顔を出して覗き見る。


「ここは、ニホンという地上の真上だ。そこのイキモノ達は、俺たちにも友好的だ。きっと、キミとも仲良くなれるだろう」

「他の星の子も、いる?」


 星の子の問いに、お姉さん星が答える。


「ニホンには、いくつかの場所に居るわよ」

「あたしが降り立つところにも、いるかな?」


 その問いに、お兄さん星が笑いながら答えた。


「さぁ、それはどうかなぁ。いるかも知れないし、居ないかも知れない。居たとして、その子が楽しげに暮らしていれば、きっとキミも幸せに暮らせるさ」

「そう思う?」

「ああ。実際、何ヶ所からか、瞬きが送られて来る。仲間達が元気だという証拠だ」


 星の子は、その答えに地上を見下ろした。

 たくさんの光りが見えているが、あれは仲間の光りでは無いことを知っている。あの光の中に、仲間の光りがどこにあるのか。

 星の子には、すぐに見つけることはできなかった。


 少し不安になる星の子をよそに、お兄さん星が言う。


「まず、地上に降りて、棲みたい場所があれば、必ず印を付けるんだぞ? 迷子にならない様に。それから……」

「名前を付けてもらうのよ?」


 お姉さん達の言った言葉に、星の子は不思議そうに、青色の瞬きを繰り返す。


「なまえ?」

「そう。名前。私たちにも、名前があるのよ? 地上のイキモノ達が、私達に名前をくれているのよ」


 少し誇らし気に言うお姉さん星に、星の子は訊ねた。


「なまえがあると、どうなるの?」

「ずっと幸せに輝いていられるわ」


 お姉さん星が言えば、すぐにお兄さん星が言う。


「何より、愛されている証拠となる」

「あい?」

「そう。ずっと大好きだよ、ずっと一緒にいようねっていう意味」

「あたしが、お母さんをずっと大好きって思うのと、同じ?」

「そうだ。それくらい、ステキなものだよ」

「あたし、なまえ欲しい!」


 お兄さんお姉さん達の話を聞いていた星の子達は、興味津々でニホンという地上を見つめていた。

 

「あたし、そこに行ってみる!」

「僕もいってみたい!」

「わたしも……!」


 元気な星の子の宣言に、他の星の子もポツポツと声を上げる。


「じゃあ、みんなで行ってみよう!」

「うん! みんなで行こう!」

「あらあら、そんなにみんなで行ってしまうの? 寂しくなるわね……」


 彗星のお母さんがポツリと呟くと、元気のいい星の子が「大丈夫だよ」と声を掛けた。


「お母さんにも見えるように、あたし達、地上でも、たくさん瞬くよ! だから、きっと見つけてね!」

「僕も、たくさん瞬く!」

「わたしも!」


 その言葉に、お母さんがポロリと涙を落として、それが地上へひとつ、ふたつと流れていった。

 キラキラと輝く涙は、尾を引いて消えていく。


「みんな、気を付けて行ってくるんですよ? 幸せに、元気で過ごすのですよ」

「はい! お母さん! 行ってきます!」


 元気のいい星の子が、一番最初に尾っぽから飛べば、他の星の子達も勇気を振り絞って飛び出していった。



♢☆♢



 どうです? 聴こえたでしょう? 星達のお喋りが。


 この後、星の子が降り立った場所は、ワタシのヒゲセンサーによれば、セーレンくん達の棲む町と、その他の町だと察知してますがねぇ。

 

 どの星の子が降り立って、セーレンくん達に出会ったのか……。そこまでは、ワタシは旅立ってしまっていたので分かりませんがね? 皆さま方なら、分かりましたでしょう?


 ええ、きっとその子ですよ。違いありません。


 もう一度、あの夜を思い出してみてくださいな。そうすれば、今の皆さま方ならぁ、星の子の言葉が、わかるんじゃぁ無いですかねぇ……。


 おっと。フェリーが出てしまう。

 ワタシはあれに乗るんでね。じゃあ、人間の皆さま方、ワタシはこの辺で。


 久々の楽しいお喋りでしたよ。お付き合いをありがとう。では、お元気で。

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