第7話 星の子のお気に入り


 あの後、三匹は慎重にひょうたんの家を研究室へ運び、【星の子】がついてくる様に、ローズマリーティーの香りで釣ったのだ。


 クレバーは、【星の子】が何故、自分を気に入ったのかを考えた。【星の子】の行動を思い出すと、自分が口を開いた時に桃色の光りに変化した。それから、【星の子】はクレバーにキスをしたり、頬擦りしたり、明らかに「気に入られた」とハッキリ分かる行動であった。


「私を気に入ったのは、香りが理由かも知れない」


 そう考えたクレバーは、ローズマリーティーをカップに注いで【星の子】の近くへ置いた。すると、【星の子】は桃色の光りを放ったのだ。嬉しそうに、カップの周りを踊るように飛び回る。その様を見て、【星の子】もローズマリーの香りが好きなのだと気が付いたのだ。それによって、クレバーは自分が好かれた訳では無いと言ったが、カタスもセーレンも、首を横に振った。


「オレ達はキャットニップ味のキャンディを食べていたけど、研究室に帰って来てからローズマリーティーを飲んでも、【星の子】は特に変化は無かったですから。ローズマリーティーも好きだろうけど、教授だったから、あの喜びようだったんだと思いますよ?」


 その言葉に、カタスも同意した。


「ローズマリーティーの香りが、教授と

同じ香りだから喜んだのかも。【星の子】にも、教授が優しい猫かどうか、分かるんですよ。僕達も警戒されてなかったから、きっと仲良くなれるかも知れません」


 【星の子】に訊ねようにも、言葉が分からない。

 だが、この【星の子】は随分と感情豊かで、光りでその気持ちを知らせてくる。

 今夜だけでも、クレバーは【星の子】の色の変化が何を意味するのか、もう分かっていた。

 研究室に帰って来るなり、【星の子】は研究室内を飛び回った。興味津々に黄色い光りで、本棚の隙間やビーカーの中に入り込んでは、そこら中にキラキラと星砂糖を撒き散らした。

 散々あちこち飛び回って疲れたのか、急に白い光りになって、ひょうたんの家に入り込んだ。

 小窓から覗き見れば、ベッドが白い光りを放っている。


「オレが頑張って作ったベッドに入ってる!」


 セーレンが小声で喜ぶと、クレバーは感心したように顎に手を当て頷いた。


「ちゃんと寝る部屋だと、分かっているとは。なんとも【星の子】とは利己なのだなぁ」

「教授、明日は【星の子】が好きそうな物を用意してみましょう。きっと、今日一日動き回って、疲れたでしょうし、明日ははらぺこでしょうから」


 カタスの言葉に「そうだな」と頷くと、クレバーは【星の子】が好みそうな物が何かを考えはじめた。


 それから、セーレンとカタスは二匹で灯台の丘へ戻り、星砂糖と拾い集めた。

 何匹かの猫達が来ていて、随分と持って行かれてしまったが、二匹はそれでも良いと思った。

 なんせ、これからは【星の子】がご機嫌であれば、小粒とはいえ星砂糖を降らせるのだから。



 翌夕方。


 まだ空は茜色で明るいが、カタスは人間に見つからない様に裏道を通って研究室へやって来た。


「教授、【星の子】の様子はどうですか?」


 カタスは、ひょうたんの家を覗き込んでいるクレバーに声を掛けた。

 クレバーは【星の子】の観察を昼夜通し行っていたようで、どこかぼんやりとした顔をして振り向いた。


「ああ、やぁ、カタスくん。いや、彼は……いや、彼女かな? 【星の子】は、今は寝ているよ。白い光りをずっと纏っているから、消えてしまってはいない」


 以前、星達が消えた経験もあり、今回は【星の子】が気にいる環境を作ったとはいえ、クレバーはやはり心配であったのだろうと、カタスは思った。


「僕が見てますから、教授は少し仮眠を取ったらどうですか?」

「ああ、ありがとう。では、お言葉に甘えて、少し休むよ。隣の部屋にいるから【星の子】に何か変化があれば、遠慮なく叩き起こしてくれ」

「はい、わかりました。おやすみなさい、教授」

「ああ、おやすみ。よろしく頼むよ、カタスくん」


 クレバーが隣の部屋へ入るのを見送り、カタスは小さく息を吐いてから、ひょうたんの家を覗き込んだ。


 小窓から見る寝室は、確かに白い光りが灯っている。耳を澄ますと、寝息でも聞こえるのでは無いかと思うくらい、規則正しく光りが柔く光ったり、消えかけたりを繰り返す。

 昨夜【星の子】がマーキングをした部屋はリビングだったらしく、一階のリビングからは金色の光が小窓から漏れている。


 暫くして、カタスはひょうたんの家が見える位置で、昨晩拾い集めた星砂糖を色分けをしようと、テーブルについた。


 青はハーブ味、白はミルク味、赤はリンゴ味、緑色はマタタビ味、黄色はハチミツ味。


 今回はマタタビ味が少なく、カタスはちょっぴりがっかりした。その代わり、クレバーの好きなローズマリーティーに合うミルク味が多く取れたことには、嬉しく思った。


「これだけあれば、きっと教授も喜んでくれる」


 数少ないマタタビ味を、ポイっと口の中に放り込むと同時に、研究室の扉が勢いよく開いた。


「こんばんは、教授にカタス! 依頼を受けた物をお持ちしましたよ! って、あれ? カタスだけ? 教授は?」

「やぁ、セーレン。教授は今、仮眠中だよ。どうやら昨晩から一睡もしないで【星の子】の観察をしていたみたい」

「ありゃー。まぁ、そりゃそうか。【星の子】がマーキングしたとはいえ、本当に棲みついてくれるかは、わからないものね」

「うん。そうだね……。ところで、依頼したもの、もう出来上がったの? すごいね!」

「ああ、出来たよ! 【星の子】がマーキングしてくれる様に、ランタンに細工をしろって言われた時は、どうやって作ろうかと思ったけど。作っているうちに、楽しくなって一気に作ったんだ。これならきっと【星の子】も気にいると思うんだ!」


 そう言って、セーレンはサコッシュからひょうたんを取り出した。

 ひょうたんには、無数の雫型の穴があいている。しかし、よく見ると、それは絵になっていた。


「花火? これ、花火みたいに見える」

「うん、正解。花火だよ。花火の音は大嫌いだけど、開いた時は綺麗だからね」

 

 そう言うなり、セーレンはひょうたんを縦半分に開いた。


「うわぁ、中も綺麗だね!」


 真っ黒なひょうたんの中には、穴の縁に沿ってカラフルな色が塗られいて、それはまさしく夜空に咲く花、そのものだった。


「【星の子】が気に入らなきゃ、マーキングはしないだろ? なら、ただのランタンにするよりも、【星の子】はもちろん、猫達も楽しめるランタンにしようと思って」

「うん。すごく良いと思う!」

「えへへ。ありがとう、カタス」

「他にもあるのかい?」

「うん、いくつか試しに作ってみたんだ」


 そう言って、セーレンはサコッシュからもう一つのひょうたんと、小さなランタンを取り出した。


 もう一つのひょうたんは、星の形をした穴が、そして小さなランタンには、ガラス面にカラフルなフィルムがステンドグラスのように貼られていた。

 三つとも明かりがついたら、綺麗で、眺めるのが楽しみな物だった。


 二匹が額を寄せ合って、ああだこうだと話しに夢中になっていると、いつの間か起きて来たのかクレバーが近くに立って、セーレンが作ってきたひょうたんを一つ持ち上げた。


「なかなか良いじゃないか」

「あ、教授! おはようございます」

「ああ、おはようセーレンくん」


 まだ、どこかトロンとした表情のクレバーに、カタスはローズマリーティーを用意してテーブルに置いた。

 椅子に腰掛けたクレバーはカタスに礼をいい、一口飲むと「ふぅ」と息を吐く。


「教授、それなら【星の子】も気にいると思いませんか?」


 カタスが話し掛けると、クレバーは深く頷いた。まだ、寝起きでぼんやりしていそうだ。

 そう感じたカタスは、【星の子】の様子を見ようと席を立ってひょうたんの家を覗き込んだ。すると【星の子】の光りが白色から黄色に変わった。

 どうやら【星の子】も起きたようだと思った瞬間、光りが青白くなり勢いよく部屋を飛び出した。

 

「うわぁ!」

「どうした、カタス!」


 【星の子】は、猛スピードで部屋の中を飛び回り、あちこちにぶつかった。


「ルル!」


 クレバーが珍しく大きな声を上げると、【星の子】は動きを止めたのだった。

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