第5話 待宵草と彗星


 翌日の夜。


 人間が寝静まった夜、闇に紛れて三匹の黒猫が、灯台の近くにある小高い丘へやって来ていた。

 この丘は、夏になると待宵草が群生しており、夕暮れを過ぎた頃に黄色い花が一斉に咲き誇る。


 この待宵草、真夜中になるとソーダ水が弾けるように、ピカピカと小さな小さな光を放つのだ。月明かりを全身に受け止めて、その光りを内に溜め込む。そして、受粉をしてくれる虫を惹きつけるため、発光するのだ。

 それはあまりに小さな光で、人間の目には見えない光だろう。それにここは、灯台の近くだ。灯台の灯りが強く、人間には見えにくいのかも知れない。


 だから、これも人間が知らない【花の秘密】だ。


 この待宵草。実は、流れ星や流星群も、この植物が好きなのだ。

 過去、クレバーが流れ星や流星群を追って辿り着く場所には、必ず待宵草が群生していた。

 待宵草の微かな瞬きは、星々の瞬きにも良く似ている。そのため、きっと星々も、そこが地上とは思わず勘違いをして飛んできたのでは、とクレバーは考えたのだ。

 本当のところは、星に聞いた訳では無いので分からないが。きっとそうに違いないと、クレバーはひとり、思っていた。


 だが、昨日セーレンが旅猫から聞いたという話を思うと、もしかしたら、待宵草の光を仲間だと思っている考えは、あながち間違えでは無さそうだとも、思えた。


『仲間達がそんなに気に入っているのなら、行ってみよう』


 そう思いながら、飛んで来たのではないか、と。


 そして、今までクレバーが捕まえてきた星々の光りが数時間、数日で光りを失っていたのは、『居心地が悪かったから』、何処かへ逃げてしまったのでは無いだろうか、と。


「今度は、ちゃんとお招きしないとな……」


 小さく口の中で呟かれたクレバーの言葉は、カタスにもセーレンにも聞こえていないようで、二匹はひょうたんの家を何処に設置するか、ああでも無い、こうでも無いと話し合っている。

 クレバーは、持って来ていたローズマリーティーをポットから注ぎ、一口飲んだ。すると、すっと心が静まる。自分が思っていたより随分と興奮していたのだと気が付いくと、クレバーはフッと笑った。いや、緊張なのかも知れない。


 いつもなら、彼らは虫取り網を持って待機していた。が、今回はそれは研究室に置いて来た。

 持っている事で、【星の子】を警戒させてしまうかも知れないと、クレバーが言ったからだ。

 猫会議があってから、随分と時間が掛かってしまっている。他の猫達から催促されたり、何か言われた訳では無い。だが、クレバーはみんなを待たせている事を、カタス達には言ってはいなかったが、内心気にしていたのだ。今度こそ、成功させたい。その気持ちが、緊張に繋がっていたのかも知れない。

 お気に入りのローズマリーティーを一口飲むごとに、「今度こそ、大丈夫だ」と勇気づけられた気がした。


 クレバー達は、待宵草の群生がある場所から少し離れた場所で、夜空を見上げる。何だかいつもより星の瞬きが多い夜空は、彗星が来ることを星同士で話しているのか。そんな事を思いながら、クレバーはスーツの胸ポケットから懐中時計を取り出した。


 そろそろ彗星が現れる頃だ。


「カタスくん、セーレンくん。そろそろ時間だ」


 そう小声で伝えれば、二匹はひょうたんの家を待宵草の群生した近くにある切り株の上に固定して、その場を離れた。


「ひょうたんの家、見つけてくれるでしょうか?」


 カタスが少々心配気に言う。


「ひょうたんの家の周りに、待宵草を摘んで並べたら良かったかな?」


 セーレンは顎に手を当て唸りながら呟く。


「きっと大丈夫だ。待宵草の群生へ降り立ったとき、辺りを観察するだろうからね。そしたら、あのひょうたんの家に気が付くだろう」

「なるほど! そうですね!」

「早く彗星来ないかなぁ。あ、カタス。いま、ハーブキャンディ食べた? ひとつちょうだい?」


 セーレンは鼻をヒクヒクさせて、カタスが口の中に入れたキャンディの匂いに目敏く気が付いた。


「食いしん坊セーレンめ」


 と、笑いながらカタスがキャンディを手渡すと、セーレンは早速、口の中に放り込んだ。


「あ、キャットニップ味だ」と嬉しそうにニッコリ笑う。


「キャットニップ味が、一番美味しいよな!」というセーレンの言葉に、カタスがコクコクと頷くと、クレバーが「しぃー!」と言った。


 二匹は両の猫手で自分の口を塞ぎ、クレバーが見上げる視線の先を追った。


 彗星が現れた!


 長い長い尾を引いて、パラパラと小さな結晶を降らせる。


「わぁ! たくさん星砂糖が降って来た!」

「こら、セーレン! 今は我慢しろ!」

「二匹とも、静かに! 何か降りて来た! 恐らくあれが【星の子】だ」


 その言葉に、二匹は素早く顔を上げる。視線の先には、他の星とは比べものにもならない、一際大きな光が待宵草めがけて降りて来たのだった。

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