第4話 星の家
セーレンは、テーブルの上にあるひょうたんを、くるりと半転させた。
すると、先程見えていた面は、何の変哲もないひょうたんだったが、裏返したひょうたんには、いくつか小窓が付いていた。
「窓……かい?」
クレバーはテーブルに両手を揃えてつき、前屈みになり、ひょうたんの高さに視線を合わせた。隣に居たカタスも、それに倣って顔を寄せ、ひょうたんを見つめる。
「ふふーん。これを、こうして……開けると……」
セーレンは悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、ひょうたんの端に引っ掛けていた紐を解いた。すると、ひょうたんは縦半分で開いたのだ。
「うわぁ……すごい。小さな家だ」
「これは一体……」
ひょうたんの中には、キッチンやリビング、ベッドルームやバスルームまである。
小さな小さな本棚があり、小さな小さなテーブルや椅子はもちろん、クッションやタオルまであるのだ。
「【星の子】は、自分が住める大きさの家を探し地上に降り立つんです。居心地の良い家を用意して【星の子】が気に入り棲みついたら、【星の子】は生涯を、その家で暮らすんだそうです」
二匹は瞳を輝かせ、ひょうたんの家の隅々まで覗き見る。
部屋の中は三階建て。一階はリビングとキッチン、二階はトイレバス、そして三階にはベッドルームと本の部屋。小さな階段には、ちゃんと手摺りも付いている。
壁紙は、可愛らしい猫のシルエット。葉っぱの絵柄のカーテンに、これまた小さな小さなランタンも、各部屋に設置されている。
なんとも居心地の良さそうな家に、二匹は「ほぉ……」と感嘆のため息を漏らした。
「これは、もしかしてセーレンくんが作ったのかい?」
クレバーが興味津々に部屋を眺めていた視線を、チラリとセーレンへ向けた。
セーレンは軽く耳の後ろを掻いて照れ笑いすると、小さく「はい」と頷く。
「旅猫がタネガシマで見たという家の話を参考に、作ってみたんです。彼が旅立つ直前に、なんとか出来上がって見てもらって。少し修正すれば、きっと気にいるはずだとお墨付きをもらって。それで、今日までずっと作っていたんですよ。これを、明日の彗星観測の時に持って行って【星の子】を棲みつかせましょう、教授!」
セーレンの言葉に、クレバーは目を見開いた。
「この、素敵な家を、使わせてもらっても良いのかい?」
「もちろんですよ! その為に、明日に間に合う様に作ったんですから!」
「……セーレンくん。ありがとう。ぜひ、使わせてもらおう!」
「ええ! ぜひ!」
二匹が笑顔を交わしていると、カタスがウズウズとお尻を振り、ピョンと立ち上がった。
「なんだか、ワクワクしてきましたね! 早く明日になれば良いのに!」
「ああ! 全くだ!」
その言葉に、クレバーも強く同意し、満面の笑顔を見せたのだった。
♢☆♢
「【星の子】をお招きするために、家の他には何が必要かな?」
「お招き?」
「この家を提供するってことは、捕えるってより、お招きの方が合ってるだろ? しかも、育てるんだから。出来ることなら、僕は【星の子】と友達になりたいんだ。そうなると、捕えるって言葉より、お招きって言葉の方がいい」
カタスの言葉に、セーレンは「なるほど」と深く頷いた。
「その考え方は、素敵だね。カタスらしい。確かに、お招きするという方が、合っているね」
うんうんと頷くセーレンを見て、カタスがニッコリ微笑んでいると、クレバーが「そうだな」としみじみと言った。
「全くだ。私も反省しなくてはね。【星の子】に棲みついてもらうためにも、捕えるという考え方は、良くない。カタスくん、良い考え方をありがとう」
思いがけずクレバーに礼を言われたカタスは、慌てて「いいえ、そんな!」と首を横に振った。
「だが、【星の子】用の家は準備出来ているが、彼らは何を食べるのだろうか? 水は、雨水……いや、朝露や夜露の方が美味いが……それでも大丈夫なのだろうか?」
「あ、ごめんなさい。それについては旅猫からは聞くのを忘れてました……」
セーレンが申し訳ないと、垂れた耳を更にペタンと寝かせた。
「セーレンにしては、珍しいね。いつもなら、そういう事も、ちゃんと聞いたり調べたりするのに」
カタスが少々驚いた顔付きで言えば、セーレンはカリカリと耳の後ろを掻きながら情け無い表情で眉を寄せた。
「ひょうたんの家を早く作って、旅猫が出立する前に見てもらわなきゃって。そしたら、すっかり忘れてしまったんだ」
「それだけ集中してたんだね。すごいや」
「うん。ありがとう、カタス。でも、教授、ごめんなさい」
情け無い顔のままセーレンが謝れば、クレバーはふと微笑み、耳をぺたんこにして丸みを帯びたその頭を、優しく撫でた。
「いや、大丈夫だ。もし明日、【星の子】をお招き出来たら、何が好きか聞いてみよう。そうやって、何でも最初から分かっているより、自分達でも知っていくという事は、大切な事だ。少しずつ何が好きで、何が嫌いかを知って、仲良くなっていけば良い」
「ええ、そうですね! そうしましょう! ね、セーレンも! その方が、きっと楽しい!」
珍しく落ち込んだセーレンを励まそうと、カタスが元気よく言うと、ようやくセーレンも前向きになったのか「うん!」と元気に頷いた。
「さぁ、二匹とも。明日の作戦を考えようじゃないか。題して『お招き大作戦』だ」
クレバーの言葉に、カタスとセーレンは顔を見合わせニヤリと悪戯っ子の笑みを浮かべ「はい!」と元気に返事をしたのだった。
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