第2話 人間が知らないこと
クレバーは、電気や火を使わず、星の光を集めてランタンの光を付けられないか研究をしている。それは何故か。
過去、仔猫達の不注意でランタンを倒して火事になったり、電気の光では明るすぎて人間に見つかりそうになったりしたからだ。
そうした危険を回避するため、何か案はないかと、大人の猫が集められ猫会議が行われた。その会議で、クレバーに白羽の矢がたったのだ。
クレバーは、この町では一番の博識。その頭脳で、何か良い案は無いかと問われたとき、クレバーはこう答えた。
「自然光を集め、灯として使えないか」と。
最初こそ、人間の知恵から太陽光を利用してはと考えたが、太陽光を集めるにはランタンを草むらに隠す事は出来ず、ランタンが人間に見つかって持っていかれてしまう事が続いた。
それならば、月明かりを利用するのは、と考えてみたが、満月以外の光では、なかなか集めるのに時間がかかり過ぎてしまい、実用的ではないと判断した。
そして思い付いたのが、星明かりだった。夜空を瞬く星々は、常に一定の輝きを保っている。それを利用できれば、と考えたのだ。
しかし、星明かりを採取するのは大変難しく、どうやって集めるかを考えた時、流れ星なら捕まえられるのではと思ったのだ。
それからクレバーは実行に移した。
今まで、何度かの流れ星を捕まえて試してみたものの、光の粒が小さ過ぎて、数時間と持たなかった。空に輝く星々は、ずっと光り続けているのに、何故流れ星は消えてしまうのか。それを考えた時、一つの仮説が浮かんだ。流れ星は、その星が寿命を終える間際であるからだ、と。それならば、数時間や数日しか保てないのも分かる、と。
そんな星を集めるとすれば、長時間持たせる為には、流星群が降る夜に大量に光を採取する必要があり、実際に行おうとすれば、それはとても困難であった。
ならば、光が大きな彗星はどうかと考えたのだ。
彗星は、その光の威力を保ち続けたまま何年も飛び続けている。そもそも彗星は、寿命の近い星ではなく、旅をする星なのだから、生命力も強いはずだ、と。
彗星ならば、彗星本体でなくても尾っぽで十分だとも考えた。彗星は何十年に一度、人間に姿を見せる星だが、猫達の目には数年に一度のペースで見えている。今年はその年であった。
人間は、目に見えないものは「無いもの」とするが、猫達に見えて人間に見えない物など、ごまんとある。
例えば、人間達は猫達を「薄明薄暮性の生き物」と思っているが、実際には……こうして、真夜中に服を着て二足歩行であちこち出掛けて、大人の猫は仕事をしている。家猫であってもだ。
アパートの最上階だから、それは無いって? そんな事。人間の皆さまは、猫の運動神経を知らなすぎである。
そんな昼夜のんびりと寝ている猫の姿ばかり見ている人間になど、猫の真実など知る由もない。
話が逸れたが、戻そうか。
流れ星もそうだが、星の尾っぽも十分な光りがある。さらに言えば、尾っぽに付いた細かな星屑が、大気圏を通って固まって地上に降るとき、それは小さな星の形をした砂糖菓子となって降り注ぐのだ。
それは、人間の知らない【星の秘密】だ。
その砂糖菓子は、夜行性の生き物であれば、誰もが知っている。そして、時々ほんのりマタタビによく似た香りがするものもあり、猫達の大好物でもあるのだ。
クレバーとカタスが二匹で明日の彗星の尾っぽ採取について、最終の打ち合わせをしていると、再び扉が開く音が。
「こんばんはー! 教授! 今年は絶好の彗星観察日和になりそうですね! あ、カタス! もう来ていたんだね! 今回はどっちが多く星砂糖を拾えるか競争しようぜ?」
賑やかな声で入って来たのは、二匹より少し背が低く、若葉色と夕日色のオッドアイ、そして丸顔に折れ耳が特徴の黒猫、セーレンだ。
「やぁ、セーレンくん。今夜も良い夜だな」
「ええ、教授。身体の怠さも無いですし、明日も絶対、晴天ですね! 今回は必ず星の光を捕まえて、さらに最高の夜にしましょう!」
「ああ、そうだな」
「セーレン、お前、また変なTシャツ着てるな。一体、どこで仕入れてくるんだよ」
カタスはセーレンの来ているTシャツを指さして顔を顰める。セーレンは自分のシャツを引っ張って「なっ! カタス! ひっどいなぁ!」と、心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。
「このカッコ良さ、わかんないかねぇ。これはね、先週この町に来ていた旅猫に書いてもらったんだよ。そいつ、猫語だけじゃなくて、人間の文字も書ける奴でさ。人間の使う文字でオレの名前書いてってお願いして書いてもらったんだよ! 【
セーレンは自分のシャツを引っ張って【清蓮】という文字をカタスに見せつけた。
「人間の文字を書けるとは、その旅猫はなかなかの博識だな。私も会ってみたかった」
カタスよりもクレバーが興味を示すと、セーレンは嬉しそうに話し始めた。
「話もすっごく面白かったですよ! 元々は人間に飼われていたそうです。文字は、その時のご主人が小説家で、常に彼の周りに文字が溢れていて覚えたんだとか。そのご主人が亡くなったのを機に、旅を始めたそうで。これまた旅先の話が、とにかく面白くて。なんでも、『キュウシュウ』っていう土地のマタタビ酒がどこよりも旨いんだそうです。オレ、仲良しになったんで、またこの町に立ち寄って届けてくれるって。その時には、是非、教授もご一緒に。もちろん、カタスもね! お前、マタタビ酒好きだろ?」
くるりと振り向き、クリンとしたオッドアイで見つめてくるセーレンに、カタスは軽く両肩を上げて「まぁね」と短く返事をする。
セーレンは童顔のせいか、はたまた猫懐っこい性格のせいか、どんな猫とも仲良しになれる。本来、猫同士であっても警戒心旺盛な猫は多いが、何故かセーレンはあっという間に仲良くなるのだ。そのセーレンの対猫スキルに、若干の猫見知りするをカタスは、少しだけ羨ましいと思っていた。
「ところで、セーレンくんがここにやって来るという事は、何か素敵な情報がある、という事では無いのかな?」
クレバーがニッコリ微笑んでセーレンを見やれば、カタスもセーレンを見つめた。彼の言葉を逃さないように耳をピンと立て、二匹は、セーレンが話し出すのを待ったのだった。
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