第138話 カナタ、浮遊島にて




「いえい☆ 私、羽崎彼方、18歳ですっ!

 私は今、異世界の浮遊する島で、魔物の大虐殺をしていまーす☆

 きゃぴっ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ダメだぁぁぁぁぁぁ。


 地味が服を着て歩いているような私がキャピったところで、なんかもう、自分でもハッキリこれは違うとわかるぅぅぅぅ!


 というわけで……。


 こんにちは、カナタです。


 私は今、異世界のキナーエ浮遊島帯域で、魔物退治をしています。

 魔物退治自体は、もうサクサクです。

 サクサクすぎるので、ちょっと難易度を上げて、最強無敵なファーちゃんさまの姿から私の私たる羽崎彼方の姿になって――。

 ウルミアたちと買ったカワイイ服も着て――。

 羽崎彼方として、変身を解かないように、服を破らないように、魔物を倒したのですが――。

 それも楽勝だったので――。

 ならば!

 と、スマホで動画撮影をしつつ、魔物を倒してみようと思い……。


 で……。


 スキル「平常心」はオフにして……。

 せっかくなので、人気Vさんみたいに可愛らしくしゃべってみたのですが……。

 最初の挨拶で挫折したところです。

 はい。

 私には到底無理でした。


 そもそも私、配信では羽崎彼方ではなくファーですし。

 おすし。


「あー。もー。やだー」


 仰向けに倒れて、青空を見上げて、しばらく挫折した後――。


「ふう」


 気を取り直して立ち上がった。


 ファーの姿に戻る。服装も、いつものドレスにした。

 今の私が、一番落ち着く姿だ。


 とりあえず、ひとつの島の掃除は完了した。

 浮遊島の魔物は、カメキチの言った通り生態系のある生き物ではなくて、倒せば魔石に変わるダンジョン系の魔物だった。

 なので、魔物の消えた島は、実にすっきりとしたものだった。

 転がる魔石がキラキラとして宝石箱みたいですらある。


 魔石については、拾わない。

 生まれた魔石は、しばらく放置すれば大地へと溶けて、再び魔素へと戻っていくというのでそうしようと思う。


「えーと、で……」


 魔物がいなくなったところで、次に行うのは魔素の均質化だ。

 キナーエは魔素が濃くて、しかも不規則に流動している。濃密な魔素のねじれやこすれから魔物は発生するという。

 なので流れを綺麗にすれば魔物は生まれない。

 とカメキチが言っていた。


 私は目を閉じて、精神を集中して、島に流れる魔素の流れを感じる。

 自分でも不思議なことに、権能を解放したからだろうけど、私はびっくりするほど自然に魔素の流れを掴むことができた。


 掴んだら後は、もつれた糸を解きほぐす要領で――。

 まっすぐにしていくだけ――。


 いや、うん。


 だけなんだけど、そもそも、もつれた糸を解きほぐすのは大変な作業だ。


 試行錯誤しながら――。

 うーうー、うめいて――。

 なんとか綺麗にはできたけど――。


「あー。もー。疲れたー」


 私は再び、バタンと仰向けに倒れることになった。


 青空を見つめる。


「……というかさ、ここって空の上だし、普通の人がここに住んだとして、島から落ちたら死ぬよね。確実に。危険地帯すぎるね……」


 今さならながら思った。


「まあ、それは、普通の島でも似たようなものかぁ」


 海にだって落ちたら大変だ。

 なのでそこは、あんまり気にしても仕方ないのかも知れない。

 そもそも本当に入植があるかはわからないしね。

 もしも困っている人がいたら、少しは受け入れる先があってもいいかなぁ、と思って、島を綺麗にする作業は始めているけど。


「ふー。はー」


 よし、次に行こう。


 私はあらためて気を取り直して、空に浮かび上がった。

 ふわふわと飛んで、あたりを見渡す。


 キナーエの浮遊島は本当に不思議だ。


 ちゃんと樹木が生えていて、泉があったり、川があったりもする。

 沼や滝も見た。

 かと思えば、砂漠みたいな島や、そこだけ激寒くて凍りついている島もあった。

 実に生態系が豊かなのだ。

 それだけ魔素が乱れているということなのだけど。


 そんな島々を眺めて、人の住みやすそうな場所を私は探す。


 まず、なによりも島の面積が広いこと。

 そして、平野があって。

 綺麗な川があって、森がある。


 そんな場所がいいよね。


 魔物同士の騒ぎを見つけたのは――。

 理想の島を探して――。

 ドーナツ状に広がった浮遊島帯域を飛んでいる時のことだった。


 最初に聞こえたのは、けたたましい無数の鳥の鳴き声だった。

 何事かと思って近づいてみると――。

 島の間を抜けた先の空で――。

 無数の鳥と巨大な竜との激しい戦闘が行われていた。


「うわ……。すご……」


 その光景を見て、私はしばし絶句した。

 ともかくスマホで撮影する。

 これは、うん。

 世紀の映像になりそうだ……。


 襲いかかっているのは、鳥の方だった。

 大きなクチバシのあるピンク色の鳥だ。

 動物園とかにいれば、きっと、さぞ可愛らしく見えたことだろう。


 今は怖いけど……。


 鳥は、目を剥いて、奇声を上げて、ひたすらに竜へとクチバシを立てている。

 もうなんか、まさに獲物に群がるアリだ。

 鳥が竜を覆い尽くしている。


 ただ竜も、負けてはいない。


 四方八方から突かれながらも、爪を振りかざし、尻尾を振りかざし――。

 強烈な翼の力で何匹もの鳥を吹き飛ばし――。


 そして時には、口から火を吐いて、鳥を焼き殺している。


 火に包まれた鳥は魔石へと代わって――。

 きらめきながら落ちていく。


「えー、みなさん、御覧下さい。今、私の目の前では、鳥の大軍と竜とが、お互いの命を賭けて激しく戦っています。これが異世界の弱肉強食です。怖いですね。すごいですね」


 私はせっかくなので、スマホで戦いの様子を録画した。

 実況も付けてみる。

 そんな感じで私は、その戦いを完全に他人事として捉えていた。


 なぜなら、どちらが勝っても負けても――。


 どうせ魔石になるだけなのだ。

 自然に帰って、また現れる。

 彼らはそういう存在なのだ。


 私もついさっきまで、大量の魔物を魔石に返してきた。


 それもあって、失念していたのだ。


 そう――。


 このキナーエ浮遊島帯域にも、普通に生きている生身の魔物たちがいることを。



 竜の咆哮が響いた。

 その声は威圧を含んでいて、私もほんの少しだけ肌にピリリと来るものを感じた。

 普通の魔物や人間なら、怖じけて、すくんでいたことだろう。

 だけど鳥には効果がなかった。

 怯むことなく、鳥たちは竜への突き攻撃を繰り返した。


 竜の体は強靭だ。

 鱗も硬い。

 さらに魔力障壁で守られている。


 だけど悲しいかな、多勢に無勢。


 執拗に繰り返される攻撃の中で、障壁は破られ、鱗は裂かれ――。

 血を流して――。

 明らかに劣勢へと追い込まれていった。


「そろそろ勝負がつきそうです。今回は鳥の勝ちみたいですね……」


 獰猛なはずの雄叫びが悲鳴のようにも聞こえる竜の現状は、見ていて痛々しくて、とても可哀想に思えてくるけど。

 魔物と魔物の戦いに介入しても仕方がない。

 私はそう思って、撮影を続けた。


 それは、そんな中でのことだった。


「ぴぃぃぃぃぃぃぃ!」


 突然、島影から、一匹の何かが必死な声を上げて飛び出してきた。

 それは小さな――。

 竜の子供だった。


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