第137話 閑話・少女シータの現状




「……ああ、退屈だぁ。……退屈すぎて死にそうだぁ。……というか、死ぬう」


 アタシ、シータには、何よりもそれが辛かった。


 アタシは今、捕まっている。


 牢屋に入れられて、もう長い間、ぼんやりした時間ばかりを過ごしている。


 本当に不覚だった。


 あれは、秋どころか夏――。

 さらにその前のことになる。

 もう何ヶ月も前の話だ。


 アタシは、冒険者ギルドが主催した魔物の一斉討伐作戦の時、ファーと魔族の子を逃がして――。

 それは成功したんだけど――。

 アタシは、なんでもない顔で冒険者のキャンプ地に戻って――。

 うん。

 その時に、空気に気づくべきだった。

 どうせ、ただの雑用係のアタシのことなんて誰も気にしていないだろうと、アタシは素知らぬ顔で仕事に戻った。

 だけど、煙幕玉を投げたアタシのことを見ていた者がいて――。

 マズイかもと思った時には……。

 すでに何人かの兵士が目の前にいた。


「ホント……。あの時に全力で逃げればよかったよなぁ……」


 今にして思えば、逃げ出す最後のチャンスだった。


 私は「話を聞きたい」と言われて、まあ、それだけならごまかせるだろうと楽観して、そのまま兵士たちについていった。

 なぜなら私は知っていた。

 鑑定の魔道具はとても高価なものだ。

 大きな町、このあたりだとメーゼやヨードルから持ち出されることはない。

 つまりは、キャンプ地にはないのだ。

 とすれば、知らぬ存ぜぬでいいよね。

 と。


 だけど、結果はこれだ。


 アタシが思っていたより、魔族の出現は大事だったようで――。


 知らないでは済まされず、アタシはヨードルに連行されて、結局、鑑定を受けるハメになって余罪も含めて明らかにされた。


 ただ、うん。


 ファーには悪いけど、もはやここまでだったので――。


 正直には話したんだけどね。


 ファーとはダンジョンで捕まったところで出会って、それだけだって。

 魔族との面識はないって。

 逃がしたのは、単に同類だと思ったから。


 まったくね。


 鑑定まで受けているのに、それでもシラを切っているとか言われて……。

 以降、アタシは閉じ込められていた。

 というか、あのボンボン野郎に、忘れ去られているのかも知れない。


 あのボンボン野郎――。


 あの時、ファーと魔族の子をまんまと逃がした兵士たちの指揮官。

 ヨードルの町を治める男爵家の長男。


「貴様のせいで、この私は大失態、大恥をかかされたのだぞ!

 何が、何も知らないだ嘘をつけ!

 たとえ鑑定はごまかせたとしても、この私の目がごまかされることはない!

 貴様は何を知っている!

 必ず吐かせて、魔族どもの陰謀を暴いてやるからな!」


 と、ギャーギャー喚いていたけど……。

 アタシもこれから地獄が始まるのかと、あきらめたものだったけど……。

 実際には、最初の頃に何度か尋問されただけで……。

 拷問みたいなことはされなくて……。

 鉱山送りにされることもなくて……。


 あと、いかがわしいこともされなかった。

 獣人の浮浪者で遊ぶのは、町で暮らす「ちゃんとした」人間にとっては、同じ町の人間から嘲笑を受ける行為なのだ。

 近づくだけでも汚いのに……というヤツだ。


 途中からは、ただひたすらに牢屋の中で放置されていた。



 アタシをそんなことにした、ボンボンの名前は確か――。



「――こちらです、アドラス様」

「うむ。しかし、暗い、臭い、ロクでもない場所だな」

「申し訳ありません。牢ですので……」

「それもそうか。長居する場所ではないな」


 噂をすれば、なんとやらだ。


 男爵家の長男のボンボン、アドラスがやってきたみたいだ。

 アドラスは2名の兵士を連れて、アタシの牢の前に立った。


「ふん。本当に獣人というのは頑丈なものだな。何ヶ月も閉じ込められていた割には、随分と元気そうではないか」

「それはどうも。お陰様で」


 パンとスープは、ちゃんともらっているので。


「どうだ? そろそろ話す気になったか?」

「だーかーらー、知らないってばー。鑑定だって素直に受けたでしょー」

「ふん。まあよい。どうやらそれは本当のことのようだからな」

「ならもう許してよー」

「貴様は運がなかった」

「どういうことさ?」

「貴様は本当に偶然に出会って、単なる仲間意識で助けただけかも知れんが――。貴様のその愚かで短絡的な行いが、我ら人類を危機に貶めたのだ! 貴様さえいなければ、この私こそが闇の化身を討伐した英雄となっていたものを!」

「闇の化身って、もしかして、ファーのこと?」

「そうだ! ヤツはまさに、正真正銘、本物の人類の巨悪だった! それを貴様が逃がし、最大の討伐の機会を失わせたのだ!」


 その言葉にアタシは、思わず笑ってしまった。

 だって、ファーは強い。

 ワイバーンを軽々と撃退できるのだ。

 悪いけど、ボンボン率いる普通の兵士に立ち向かえる相手ではない。

 たとえアタシがいなくても――。

 そう。

 思わず反射的に逃がしてしまったアタシが言うのもなんだけど――。

 アドラスが英雄になることだけは絶対になかっただろう。

 むしろ死んでいたはずだ。


 アタシがそれを口にすると、アドラスは耳まで真っ赤にした。


「この獣人を出せ! 処刑だ! 公開処刑だ!」

「お待ち下さい、アドラス様。そんなことをされては、ご自身の失態を大きく世に晒すことにもなりますぞ」

「ぐっ……。ならば殺せ。普通にな」

「それもお待ち下さい。この娘はアレの知己なのです。この娘の今後の取り扱いについては、お父君とよくご相談の上で――」

「父は関係ない! これはこの私が、英雄となるための道具なのだ! 父に報告することは決して許さんからな! 私がすべてを取り仕切り、英雄となるのだ! そう! この私こそが聖女をも上回る人類の英雄にな!」

「……では、どうなされるおつもりなのですか?」

「それは今から考える! おまえたちも、この道具がどう使えるのか知恵を絞れ!」


 さすがはボンボン、本当に短絡的だ。

 ここまで来ておいて、実はノープランだったとは。


「ねえ、そういうことならさ、もっと食事をちょうだいよ。アタシ、実はヤバいよ? いくら獣人が丈夫といっても、このままじゃ死ぬよ?」

「フンっ! 勝手に死ね! と言いたいところだが、貴様には利用価値ができた」


 やったね。


 アドラスが牢の兵士に、アタシへの食事を増やして――。

 なんと中庭の散歩すら命じてくれた!


「ねえ、ファーは何をしたの?」

「貴様が知ることではないわ! このゴミ! 汚物! 獣人の浮浪者風情が!」


 ニンゲンは平等じゃない。

 どれだけ悔しくても、それは本当のことだ。

 貴族から見れば、アタシなんて本当にゴミで汚物なのだろう。

 アタシが必死に手に入れたパンも、ご馳走のソーセージも、連中にとって見れば残飯同然ってことは知っている。

 だから、どれだけ悔しくても反論はしない。

 アタシはニコニコ笑って、感謝するだけだ。

 牢屋に入れられたまま、忘れられて、死んでしまうより――。

 道具としての価値を見出してくれて、どうもありがとう! っていうね。

 まさに、死ね、だけど。

 どうして同じニンゲンなのに、こんなにも違うのか。

 アタシは檻の中で、こいつは言いたい放題のやりたい放題で。

 死んだ後にでも、神様にはぜひ聞いてみたい。

 アタシは本当に、他人をゴミ扱いするゴミよりも、ゴミで汚物だったのですかと。

 ソウダヨ。

 って言われる気もするけど。


 残念ながらファーの現状についてはわからなかったけど――。

 ただ、すごいことにはなっているのだろう。

 アタシが逃がした魔族の子と一緒にどこかの町を占領して、迂闊に手が出させくなったとか、そういうことなのだろうか。

 だとすれば町のニンゲンどもは、いい気味、ざまぁ、だ。

 思わずファーに声援を送ってしまうアタシであった。


 そしてアタシにも、どうやらチャンスが生まれるようだ。


 まずはよく食べて、体力を取り戻して――。

 散歩では大人しくして、兵士をできるだけ油断させて――。

 せっかくだ。

 いただけるものはいただこう。

 取り逃げまくって、この場所から脱出してやるっ!

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