第134話 閑話・羽崎ヒロは見た



 朝。


 いつものように起きて下に行くと、お母さんが朝食の準備をしていた。


「おはよ、お母さん」

「おはよう、ヒロ。部屋にお姉ちゃんはいた?」

「さあ」

「悪いけど見てきてくれる? 今朝はハムエッグだから」

「はーい」


 私の姉、羽崎カナタは、とにかくハムが好きだ。

 ハムエッグとあらば、寝ていても喜んで起きてくることだろう。


 私は羽崎ヒロ。


 普通に学校に通っている、普通の高校生。

 最近はいろいろあって普通じゃない体験も多かったけど、だからと言って、いつもの生活が変化したわけではない。

 今日も私は普通に学校に行く。


 対して姉のカナタは、大きく生活が変わった。

 東京で会社を作るということで、最近は外泊することも多い。


 性格も変わった。

 今の姉は、もうバカナタなんて呼べない。

 半年前とは完全に別人だ。

 お金を手に入れて心に余裕ができたんだろうね、とお父さんは言っていたけど。

 確かに、お金の余裕は心の余裕、とも言うしね。

 それはあるのだろうけど。


 あと、これは秘密だけど、ファーさんと異世界にもよく行っているようだ。

 ただ私は2人が一緒にいるところを見たことがない。

 ファーさんは、かなり気楽にカナタの部屋に来ているようだけど。


 それに、石木さんやパラディンさんは、ファーさんにならわかるけど、なぜかカナタにまで普通に頭を下げていて――。

 カナタは、それを当然のように受け止めていて――。


 私は正直、もしかしたら、とも思っている。


 聞いてはいないけど。


 私は階段を上がって、姉の部屋の前にまで来た。


 トントントン。


 ドアをノックして、


「お姉ちゃん、いる?」


 と声をかける。

 返事はない。

 いつもならこれでおわりだけど、今日はドアを開けた。

 なにしろハムエッグだしね。


 お姉ちゃんはいた。


 ベッドの上で、布団にくるまって寝ていた。


「お姉ちゃん、今日の朝ご飯はハムだって。どうする? 食べる?」


 私は声をかけつつ近づいて――。

 布団をめくって――。


 広がる銀髪には、少しだけ驚いたけど――。


 それでも頬に少しだけ触れて、


「お姉ちゃん」


 と、声をかけてみた。


 すると、金色の目が瞼の中から現れて、私のことを見上げた。


「んー。ヒロぉ、どうしたのお?」

「お姉ちゃん、今日の朝ご飯はハムエッグだって。どうする? 食べる?」

「んー。ごめん。無理ぃ」

「わかった。朝からごめんね」

「ううんー。ありがとー」


 姉は再び、布団の中にもぐった。

 よほど眠いようだ。


 私は姉の部屋から出た。


「んー。そっかぁ……」


 たまたま寝ていただけ……?

 さすがにそれはないだろう。

 お姉ちゃんと呼ばれて、普通に反応もしていたし。


 実は、そうではないかと思ってもいたので、それほどの驚きはない。

 だけどハムエッグを食べながら、どういうことかとは思う。


 ファーさんは、悪いヒトには思えない。

 いいヒトだと思う。


 だけどもしかしたら、うちの姉を、カナタを奪ってしまったのだろうか。

 とは思う。


 だけど、カナタに成り代わる意味はわからない。

 そんなことができるのなら、もっといい相手は他にいくらでもいる。


 それに、趣味趣向は変わっていない。

 私の知るカナタのままだ。


 とするなら……。


 カナタが実は、ファーさんだった?

 ということなのだろうか。


 この日、私は1日、勉強そっちのけで、そのことばかりを考えてしまった。


 学校がおわって家に帰ると――。


 カナタは珍しくリビングにいた。

 ソファーでくつろいで、漫画を読んでいたようだ。

 今は寝ているけど。

 口からはヨダレがこぼれていた。


 こうしてみると、カナタはニートだった頃と何も変わっていない。

 本当にまったく、呑気なものだ。


「ねえ、ファーさん」


 私はなんとなく、カナタの耳元でそう囁いてみた。

 すると……。


「んー。なぁにぃ? ヒロぉ?」

「うん。起きて?」

「ふぁーあ。いいけどぉ、なぁにぃ?」

「ファーさん、うちのリビングで寝ちゃってるよ」


 私はニッコリと笑って言った。


「え。あ。ごめん。カナタ、さんのところに遊びに来てたんだけど、ついうっかりして。あはは。ごめんね不審者じゃないよ」

「ねえ、お姉ちゃん」

「うん。なぁに?」

「よく見て。今は普通にカナタの姿だよ」

「え。あ」


 ようやく自分の姿が、カナタであることに気づいたようだ。


「ねえ、お姉ちゃん」

「うん……。何かな……?」


 カナタがソファーに、キチンと座り直す。


「どういうことか、教えてくれるよね?」


 私はもう一度ニッコリと笑って、姉のとなりに座った。



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