第133話 閑話・聖女メルフィーナの苦悩





「聖女様! いったいどうなされたのですか! 魔族の捕虜返却など友好の証どころか、ただひたすらに我らへの嘲笑ではありませんか! 復讐を! 聖女様の輝きを以て、あらためて魔族討滅を宣言なさって下さい! 大号令を! すべての人類に団結を! 今、我らに必要なのは、魔族滅すべしと示す聖女様の強きお言葉なのです!」


 勇者オーリーのその怒りは、わからなくもありません。


 ファーさんによって帰された勇者アレスの一行は、心を完全に破壊されて、もはや戦士として生きていくことはできません。

 剣や魔術を見ただけで悲鳴をあげるのです。

 私を始めとして、多くの神官が心の回復を試みましたが――。

 どうやってもそれは不可能でした。


 勇者オーリーを始めとした多くの者たちは、その復讐を叫んでいます。


「アレスは、本当にいいヤツでした。無鉄砲ではありましたが、勇者として誰よりも勇敢に戦い続けてきたのです。アレスの仲間たちも同じです。彼らは完璧な人間ではありませんでしたが、ここまで壊されるほどの罪はなかったはずです。いえ、あるはずがありません。聖女様、どうか我らの怒りをお受け取り下さい。お願いします」


 私とオーリーは、今、大聖堂の中庭を見下ろす3階の渡り廊下にいます。


 一般人でも入れる中庭には、今日も多くの参拝者がいました。

 皆、光の神ルクシスを信じる敬虔な者たちです。


 私は彼らの姿を見ながら、勇者オーリーの訴えには返事をしませんでした。


 私がそのままでいると――。


「失礼しました」


 勇者オーリーは一礼して、私から離れていきました。

 私は1人になります。

 すぐに、隅に控えていたリアナさんが近づいてきたので、その時間はわずかでしたが。

 リアナさんが言います。


「オーリーさんだけじゃないのが、怖いところですね」


 と。


 人類側の者たちは、多くが今も戦いを望んでいるのです。

 神聖国で私に表立って言うのは、オーリーくらいのものですが。


 五体満足で生きて帰されただけ、幸運――。


 そう考えて勇者アレスの帰還を喜ぶ者は、ほとんどいないのが現状です。


 あの戦い――。


 キナーエ浮遊島帯域において――。


 天を二分した化身の決戦は、ファーさんの勝利でおわったわけなのですが――。


 人々はそれを、敗北だとは思っていません。

 むしろ勝利したと思っています。

 世界を覆い尽くそうとする闇を、打ち払うことができたのだと――。

 それは各国で、そう喧伝されているからではありますが。


 空中に現れた超巨大戦艦のことは、多くの将兵が見ているはずなのに――。

 警告も聞いたはずなのに――。

 あれは偶然にも現れた古代兵器なのだ――。

 魔族が手にしたようだが、しかし、扱いきれてはいない。

 なぜならば、扱えているのなら、とっくに攻めてきているはずだから。

 故に、大魔王などいない。


 むしろ、空中戦艦は光の神が人類に贈られた賜物ではないのか。

 魔族が奪ったのだ。

 ならば当然、奪還せねばならない。

 アレを手にした国が、今後の人類世界を率いる覇権国となる。


 そう考えられて――。


 各国は、最大速で奪還作戦を進めています。


「メルフィーナ様、本当のことはやっぱり言わないんですか? 黙ったままだとメルフィーナ様への不信が強まってしまうような……」

「私のことは構いませんが――。それでも、そうですね――。悩むところです」


 光の神の声は、すでに聞こえない。

 大魔王は本当に復活した。


 空中戦艦は、そもそも大帝国時代の遺産。

 すでに大魔王の統制下にあり、奪還など不可能。


 しかし、それを私が言って、どうなるのか……。

 展望を得られません。

 むしろ下手をすれば、不安と不信で人類の結束を揺るがしかねません。


「まずは、パーティーからでしょうか。各国にはできるだけ参加してもらって、自分の目で見てもらいたいところです」

「私は、すっごい楽しみですけどね。早く会いたいです」

「ふふ。そうですね。実は私もです」


 しかし大勢としては、戦争の継続。

 空中戦艦の奪還。

 そちらに向かっています。

 勇者オーリーもまた、完全にそちら側なのです。


「はぁ……。でも、厳しいですよね、いろいろと」

「本当に、そうですね」

「あーあ。早く平和になって、異世界にもまた行きたいですよねー」

「リアナさん」

「失礼しました。もう言いません」


 たしなめましたが、本音としては私もリアナさんと同じです。


 ファーさんは異世界――現代日本でも暮らしています。

 ファーさんは自由に異世界転移ができるのです。

 こちらの世界と現代日本を行き来して、様々なことをしているようです。


 私もそうできたら――。


 日本への未練は、一度行ってしまったからこそ――。

 どんどん膨らみます。

 また行きたいと思ってしまうのです。


 そのためにはファーさんとの友好関係は不可欠です。

 私はファーさんと仲良くなりたいのです。


 だけどそれは、現状では、人類社会への裏切りです。


 なので私は、人類と魔族の戦いをおわらせたいと思うのです。

 それは、完全に利己的な理由です。


 だからこそ私は、強い態度に出ることができず、立ち去る勇者オーリーに声をかけることもできませんでした。


 しかし、私の利己的な理由はなくとも――。


 ファーさんが主催するオトモダチパーティーは、今後の大陸において、大きな意味を持つものとなるのでしょう。

 それこそ、人類と魔族という従来の枠組みを超えて――。


 ファーさんに従う者。

 従わない者。


 ――その新しい枠組みを作るような。


 私は弱気ながらも、故に、各国にパーティーへの参加を促していきます。

 多くの反発を感じながらも。

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