第132話 閑話・賢者アンタンタラスは友と酒を楽しむ




「――選別か。こちらも面白いことになっているね。こちらの世界のニンゲンどもは、どれだけの者が素直に陛下に恭順するのか」

「ニンゲンだけの問題ではありませんよ。魔族もです」

「時代が変わるのだ。それも当然だな」


 私、アンタンタラスは今、古い友と久しぶりに酒を酌み交わしています。

 場所は、落ち着いた雰囲気の応接室。

 脇に控えたメイドが、酒と軽食を用意してくれています。

 メイドは機械体。

 機械体は、今の世界ではとっくに失われた存在ですが、ここハイネリスの艦内ではごく普通に稼働していました。


「君は本当に随分と変わりましたね、イキシオイレス」


 昔なら、選別を外れた者たちのことを想って、心を痛めていたでしょうに。


「なんだ、アンタンタラス。君は未だに、世界万民の平和でも祈っているのかい?」

「冗談はよして下さい。私は最初からそんなものは望んでいませんよ」

「ならいいだろう。愚か者など滅びればいい」

「あの時、戦場にいなかった魔王たちは、未だに陛下の帰還を信じていないのです。私の策謀だと言うのですよ。困ったものです」

「あれだけの戦いがあって、しかも、ハイネリスが存在しているのにかい?」

「ハイネリスは私が発掘したのだと思っているようですね。早く明け渡して魔族の共有物にしろと言われていますよ」


 偉大なるザーナス陛下は闇の神となった。

 それは魔族の常識です。

 実際、陛下の御名で闇の神への祈りは届くのですから。

 その闇の神が現れて、魔族を助けた。

 キナーエの件は、まさに神の奇跡だったというのが魔王たちの認識でした。


 魔王たちは、そこまでは認識していながらも――。


 陛下が現世に戻られたとは思わず――。


 私がハイネリスと共に権力を手中に収めるため、陛下の威光を傘に魔王たちを膝まづかせようとしていると考えたようなのです。


「……まあ、しかし、そうだな。陛下は現状、世の者共に対して、その偉大なる存在を誇示されているわけではない。信じられないのも無理はないか。特に君の言葉ではな。君は昔から小細工ばかり弄して信用度も低いだろうしな」

「否定はしませんがね」


 陛下が堂々とその武威を示せば、魔王たちは平伏するでしょうが――。

 今のところ、陛下にその気はないようです。

 まさに、つまり――。

 新時代の幕開けに際して、選別をするということなのでしょう。


「しかしこのままでは10座の魔王の内、半数以上がパーティーに不参加となります。それはさすがに問題でしょう?」

「それはそうだね。ニンゲンどもも参加するとなれば尚更だ」

「陛下は、聖女メルフィーナに招待状を渡しましたしね。聖女の影響力を考えれば、向こうはそれなりに数が揃うでしょう。恭順を示すかは、また別ですが」

「ニンゲンと言えば、陛下の妹君もパーティーには参加の予定らしい。ニンゲンだからと言ってくれぐれも無礼のないようにな」

「わかっていますよ。――しかし、異世界ですか。私も一度は行ってみたいものですね」


 異世界と妹君のことはすでに聞いています。

 陛下は今、別の姿を使って、異世界でニンゲンとして暮らしているのです。

 しかも普通に。

 ただの一般人として。


「喜べ。陛下は我々に、異世界転移の魔道具を準備されているそうだ」

「私にもですか?」

「そう聞いている」

「それは楽しみですね。陛下にはあらためて賢者の称号をいただけましたし、大いに働かせていただきましょう」


 私がそう言うと、なぜかイキシオイレスの動きが止まりました。


「どうしました?」


 変なことを言ったつもりはありません。

 私が不思議に思ってたずねると――。


「き、君は、賢者の称号をいただいたのか? 今の陛下から?」

「ええ。そうですが」


 また止まりました。

 どうしたのか。

 と思ったら――。


「ぼ、僕はもらっていない……。なぜだぁぁぁぁぁ!」


 いきなり悶え始めました。


 思わず私は笑いました。


 するとイキシオイレスに八つ当たりされましたが――。


 私は、賢者の称号をいただいた時の、陛下のお言葉を覚えています。


 陛下は言いました。


 ――今の世ではイキシオイレスと2人だけだけどね。


 と。


 陛下は、すでにイキシオイレスを賢者として認識していらっしゃるわけです。

 ただ、伝えてはいなかったのでしょう。


 私は笑い続け、友からの八つ当たりを受けながら――。

 その事実は、ここでは言わないでおくことにしました。


 しばらくはこの愉快な現状を、楽しませてもらうとしましょう。




 ☆


 ギフトをいただきました!

 ありがとうございましたー!


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