第121話 家族の再会

「あの、何か御用でしょうか……?」


 玄関から出てきた中年女性が、不安げな顔で私たちにたずねる。

 幸いにも通報するほどの不審者には思われなかったようだ。


「あら、貴方は確か、うちの息子と同じ名前の……。石木セリオさんでしたよね? 以前に親戚のことを探しにいらした……」

「はい。その節はご迷惑をおかけしました。ご無沙汰しております」


 石木さんはどうやら、以前に来たことがあるようだ。

 身分を偽ってのようだけど。


 石木さんは異世界で、人間から魔人へと種族を変えて、その時に容姿を変化させている。

 異世界で殺されて日本に戻ってきたけど、容姿は変化したままだった。

 なので石木さんは実家には帰らなかった。

 魔法の力を密やかに最大限に利用して、ゼロから生活の基盤を築いたと言っていた。

 今の石木さんは、石木セリオだけど、前世とは別の石木セリオなのだ。

 名前が前世のままなのは初動の失敗だと言っていたけど――。

 実際には、前世を完全に切り捨てることができなかった故なのだろう。

 石木さんは前世で、あまりいい生活をしていなかったようなので、前世については詳しく聞いたわけではないけど……。

 少なくとも、家族仲については普通だったそうだし。

 普通だったからこそ、迷惑をかけたくないという思いが強くて、前世では悲惨な状況を最後まで隠して、現在でも距離を置いているのだろう。

 それはわかる。

 なにしろ私も似たようなものだった。

 方向性としては真逆だけど。

 私の場合はファーになっても、我が家に居座ることに全力ですしおすし。


 まあ、うん。


 おすしのことはいいか……。


『お母さん……』


 メルフィーナさんが異世界語でつぶやく。

 その目には薄く涙が浮かんでいた。


 ふむ。


 どうしようか。


 せっかくだから、お話しくらいはさせてあげたいけど……。

 何かいい理由は……。


「それで、今日はどのような……」

「いえ。申し訳ありません。たまたま通りかかって――」


 石木さんが言い訳しているけど、その言い訳だと帰らないといけなくなる。

 方向修正しないと。


 私が急いで名案を探していると――。


『ねえ! 私、あれが食べてみたいわ! もらえないかしら!』


 と、リアナが石木家の庭に立っていた木に実っていたイチジクを指差す。

 目が合うとウィンクされた。

 状況を悟って、機転を利かせてくれたのか。


 私はありがたく乗ることにした。


「あの、すみません。彼女がどうしてもあの赤い実を食べてみたいと言って……。いただくことはできませんでしょうか?」

「あら。日本語、お上手なのね」

「ありがとうございます」


 私は、にっこり全力の美少女スマイルを浮かべた。


「そうねえ。それなら、せっかくだし、うちに上がっていきますか? ごちそうさせていただきますね」

「ありがとうございます!」


 やったぜ。

 全力スマイル、大勝利。


 リアナと手を取りあって喜ばせてもらった。


「よろしいのですか?」


 石木さんがお母さんにたずねる。


「ええ。石木さんのお友達なら、歓迎しますよ」

「ありがとうございます」


 さすがは石木さん。

 すでに一定の信頼は得ているようだ。


 というわけで……。


 私たちはおうちにお邪魔させてもらって、居間でイチジクをいただきながら、石木さんのお母さんとおしゃべりをした。

 石木さんの両親は、娘さんを亡くして、息子さんが行方不明になって――。

 今でも、その哀しみは残っているけど――。

 平穏には暮らしているようだった。


 ただ今でも、後悔は深いようだったけど。

 どうして2人のことを、もっとよく見ていてあげられなかったのか、と。

 特に息子さんの方は――。

 怪我をして学校から帰ることも多かったのに――。

 なぜ、見てみぬふりをしてしまったのかと――。

 きちんと向き合っていれば、きっと今は変わっていただろうに、と。


 息子さんは、夜に友達から呼び出されて、そのまま姿を消した。

 友達は、友達とは言うものの、あきらかに「ただの友達」ではないログがSNSの履歴に残っていたそうだけど――。

 その友達もまた全員が行方不明になって――。

 いったい、何が起きたのかは、現在に至るまで完全に不明という状況だった。


 いや、うん……。


 絶対に言えないことだけど……。


 その友達連中は、全員、帰還した石木さんが即座に消滅させたんだよね。

 正直、そのことについて、私はなんとも思わないどころか、本当に正直に言ってしまえばざまあでしかないので……。

 顔色ひとつ変えずにスルーさせていただきましたが。



 娘さんには仏壇もあった。


 メルフィーナさんは、お祈りさせてほしいと言った。

 お母さんは快く許可をくれて――。

 みんなで祈った。


 本人は、目の前にいるんだけどね……。

 ただ、石木さんもメルフィーナさんも自分の正体は明かさなかった。


 私たちは石木家から出た。

 玄関で最後の挨拶をする。


「ありがとうございました。イチジク、とっても美味しかったです」

「いえいえ。気に入ってもらえてよかったわ」


 どうしようか……。


 お別れ際、私は大いに迷った。

 石木さんとメルフィーナさんは何も言わないつもりのようだ。

 だけど、それでいいのか。


 とはいえ、石木さんとメルフィーナさんの時のように――。

 お母さんにまで勢い任せで、実は2人は貴女の――。

 なんていうのは、どうにも無理を感じた。


 石木さんとメルフィーナさんは、2人とも異世界に行っていて、姿も変わっていて、なのでそのあたりの説明が省けるから話は簡単だったけど――。

 お母さんは違うしね……。

 結局、私も何も言えないまま、私たちは石木家を後にした。


「よかったんですか?」


 私はメルフィーナさんにたずねた。


『ええ。今の私は、ミシェイラ神聖国のメルフィーナ・イゼル・テミエスですから』


 敢えてだろうけど、異世界語で返事は返ってきた。


『そうですか』


 メルフィーナさんの判断は、否定すべきではないだろう。

 なので私はうなずいた。


『ファーさん、連れてきてくれてありがとうございました。これでこの夢には、十分に満足することができました。私とリアナさんを異世界に帰していただけますか?』

『えー! もうですか!? まだ来たばかりですよー!』


 リアナが悲鳴みたいな声を上げた。

 リアナ的には、これから観光! というつもりだったのだろう。


『戦いは実質、人類連合の敗北だったのですよ? その上で私たちまでいないとなれば、皆の動揺は広がるばかりでしょう』

『はい……。その通りです……。申し訳ありませんでした……』


 リアナはシュンと小さくなった。


『でも、そうですね。私だけわがままを言って、リアナさんに厳しく言うのは違いますか。リアナさんは後から戻ってきなさい』

『いいんですか……?』

『せっかくの異世界です。見聞を広めるのも勉強の内です。それに魔族の方々ともお話をしてみて下さい。――石木さん、リアナさんをお願いしても?』

『ああ。面倒は見させてもらおう』

『それなら安心です。――ファーさん、お手数をおかけしますが、私をキナーエの北側の海岸あたりに戻していただけますか? まずは人類連合軍の撤退を指揮したいと思います。留まっていることでしょうし』

『わかりました。あと後日、できれば人と魔族を集めて会議をしたいので――』

『もちろん、参加させていただきます』

『ありがとうございます』


 メルフィーナさんを異世界に送って、私はすぐに戻った。

 海岸には人類連合軍がいたので、私の姿は見られない方がいいだろうし。


 この後は、リアナとウルミアとフレインを連れて――。

 石木さんと時田さんが競い合って、あれやこれやと手配をしてくれて――。

 豪華に楽しく観光をすることができた。


 大きなトラブルなく、夕方までを日本で過ごした。


 小さなトラブルはね。

 うん。

 ヒロから話を聞きつけたパラディンが、「俺も混ぜて! 混ぜてお願い!」と、しつこくメッセージを送ってきたりしたけど……。

 うるさい。黙れ。

 と返してブロックしてやりましたとも。

 私がヒロみたいに甘々だと思うなよ! です。

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