第120話 姉と、弟と
朝、目覚めは快適だった。
ふかふかの布団をどけて、さて、ベッドから降りて、寝る前に脱ぎ散らかしたドレスを着ようかなと思うと――。
ぬ。
部屋の隅にメイドさんが立っていて少しだけ驚いた。
ドレスは綺麗に畳まれていた。
「おはよう」
私が声をかけると、
「おはようございます、マスター」
ペコリと頭を下げてくる。
メイドさんは人間そっくりだけど人間ではない。
耳は機械作りだし、瞳の輝き方も機械っぽいし、なにより生体反応がない。
いわゆるロボ、アンドロイドだ。
私は彼女の手を借りて、手早く朝の身支度を整えた。
ファーエイルさんの居城だったこの戦艦には、ファーエイルさんがかつて使っていたたくさんの品がそのまま残っていた。
それらはすべてアイテムBOXのような異次元収納にしまわれていて――。
タブレット端末から自由に取り出すことができた。
正直、なんでも揃っていた。
衣服、日用品、武具、魔道具、素材……。
さすがは世界を席巻していたという大皇帝だけのことはある。
そして……。
それらはすべて私のものになっていた。
超機動戦艦ハイネリスといい、何もかもがすごすぎる。
本当に使っていいのか……。
落ち着いたら一度、アルター・ディスクを使って、闇の神となったファーエイルさんに交信してみるべきだろう。
光の神のことも、できれば知りたいし。
ただ、今はまだしない。
神との交信なんて、何がどうなるかわからないしね……。
時間がかかるかも知れないし。
一段落がついて、落ち着いたらやってみよう。
私はファーの姿のまま、いつものドレス、常世の衣を着て――。
メイドさんの支度で軽く朝食をいただき――。
カメキチには船の待機と、キナーエに入り込んでくる人間や魔族がいたら、敵意や害意に等しいだけの処理をお願いして――。
「じゃあ、行ってくるね。夜までには帰ると思うから」
「ご武運を、マスター」
「あはは。戦いに行くわけではないけどねー」
カメキチとメイドさんに見送られて、私はまずは魔王城に飛んだ。
ウルミアとフレインを拾う。
2人は以前に買った日本の服を着ていた。
居合わせた魔王城の人たちに大いに感謝されつつ、転移。
次に東京近郊の河原で時田さんを拾った。
敵意を持っていた魔術師たちの処理は、無事におわったそうだ。
よかった。
詳しい話は、また後で聞こう。
それからホテルに戻る。
メルフィーナさんとリアナの泊まっている部屋をノックすると、すぐに開けてもらえた。
中にはすでに石木さんもいて、出発の準備は整っていた。
なんとびっくり、メルフィーナさんとリアナは、聖女の服ではなくて、日本の景色に溶け込むような普通の洋服を着ていた。
石木さんが夜の内に急いで買い揃えたそうだ。
本当に気の回る人だ。
そして、ホテルをチェックアウトして――。
人気のない駅裏まで移動した。
「さあ、メルフィーナさん、どこに行きたいのか地図で教えて下さい」
私はスマートフォンを渡した。
マップアプリで、場所を指定してもらう。
「――ここにお願いします」
メルフィーナさんが拡大させたのは、関東の地方都市の一角だった。
「了解」
私はすぐに飛んだ。
到着。
そこは、ごくありふれた郊外の住宅地だった。
目の前には庭付きの一軒家がある。
普通に人が暮らしていそうな普通の家だ。
「――なぜ、ここに?」
石木さんが言う。
その声は、なぜかこわばっていた。
「ここは私の実家なんです。私は家を出ていたので、転生した時には、すでにここには住んでいませんでしたが――」
「転生――。貴方は生まれ変わって異世界に行ったのですか?」
「ええ。私はこの家で生まれた、普通の日本人だったのです。ある日、仕事から帰って寝て起きたら、なぜか異世界で幼女になっていましたが。私は石木アリサと言います。偶然にも、貴方と同じ苗字だったのですよ」
目の前の家には、「石木」と表札が出ていた。
「私は異世界で20年を生きましたが――。こちらの世界では、まだ数年ほどしか経ってないようでしたので――。きっとまだあるとは思いましたが――」
「親に会いに来たのですか?」
「いいえ。家を外から見られただけで十分に満足です。そもそも今の私は、すでに石木アリサではありませんから」
「石木アリサは、すでに他界していますよ。過労死だそうです」
「そうですか……。確かにあの夜は、疲れ切って倒れるように眠りましたが……。しかし、どうして知っているのですか? 石木さんは、実は私の遠縁の方なのでしょうか?」
「たまたま、ですよ」
「では、弟のことは――セリオのことは御存ですか? 元気でやっていますか?」
セリオとは石木さんの名前だ。
つまり石木さんとメルフィーナさんは、姉と弟という関係なのだろう。
姉弟揃って異世界へと流れたのか。
「弟は行方不明です」
「それは――。いえ、貴方がここで嘘や冗談はつきませんか」
メルフィーナさんは、とても悲しげに息をついた。
リアナがこっそりと教えてくれる。メルフィーナさんは、虐められていたという弟のことを心配していた、と。
石木さんは、メルフィーナさんに自分のことを言わないのか。
名乗る様子はなかった。
それどころかメルフィーナさんを見ようともしない。
ふむ。
まあ、ここは私がひと肌を脱いであげますか。
「石木さん、石木セリオさん、せっかくお姉さんだとわかったんだから、少しは愛想よくしてあげたらいいんじゃない?」
私は笑顔で、石木さんの背中を叩いた。
「ファー様!? 何を!?」
「いいからいいから。今は、難しいことは考えなくていいからさ。ほら」
私は2人を向き合わせた。
「あの、今の会話は……?」
メルフィーナさんがキョトンとしてたずねる。
「そういうことですよ」
石木さんはバツが悪そうに言った。
「それは、まさか……」
「僕の場合は転移、でしたけどね」
「ここで貴方たちが私をからかって遊ぶ理由はありません、か。――見違えたのね」
「僕にもいろいろとありましたから」
「そう――。元気そうでよかったわ――」
それで会話は止まった。
石木さんは目を反らし、メルフィーナさんはうつむいている。
『……ねえ、ファー。どうしたの? ……弟さんに、もしかして何かあったの?』
リアナが小声でたずねてくる。
私は異世界語で2人が姉弟だったことを教えてあげた。
『えええええええええええええええええ!?』
リアナは、それはもう盛大に驚いた。
大きな声で。
そのせいで、家の中から人が出てきてしまった。
それは品の良さそうな中年の女性だった。
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