第117話 我が家にて
転移魔法で部屋に帰ると、部屋は薄暗闇の中にあった。
夕方がおわって、夜の始まったくらいか。
遅くなりすぎずによかった。
決して早くはないのだけど……。
ただ部屋には、2人の聖女の姿も、2人の竜人族の姿もなかった。
誰もいない。
争った様子はなかった。
私の部屋はいつも通りだし、血の匂いもなかった。
「どうしたんだろう……」
町に出て行ってしまったのだろうか。
と思ったけど、下から光の魔力と闇の魔力を感じる。
なぜか1階にいるようだ。
「下にいるようですね」
石木さんも気配には気づいたようだ。
「とにかく行ってみようか」
「ファー様、お姿はそのままでよろしいのですか?」
「あ、そっか。どうしようかな」
私はファーのままだった。
ここは我が家なのだから、羽崎彼方に戻る方がいいだろう。
メルフィーナさんとリアナにとっては不自然だろうけど、2人はそもそも日本語を話せないので誤魔化すのは簡単だ。
私は魔法を使って、羽崎彼方になった。
彼方としてリビングには行こう。
ユーザーインターフェースの装備欄を使って、短パンとTシャツ姿にも着替えた。
「ただいまー」
私は、自然な感じを装ってリビングのドアを開けた。
するとそこには――。
なにやら和気あいあいとした夕食の風景があった。
置いたテーブルを囲んで、私の家族と4人の異世界人と時田さんがお寿司を食べている。
しかもスーパーのパック寿司ではない。
漆塗りの桶に入った高そうなお寿司だ。
「おかえり、お姉ちゃん」
「あ、うん。ただいま、ヒロ……。ねえ、これってどういうこと……?」
「話せば長くなるんだけどね……。お姉ちゃんは石木さんと一緒だったんだ?」
「まあね。あはは」
私が笑っていると――。
『おかえりなさい、ファー様! 助けてくれてありがとう!』
『救出感謝』
異世界語で言いつつウルミアにフレインが駆け寄ってくる。
『どういたしまして。痛いところはない?』
私も異世界語で返した。
『ええ! どこにもないわ!』
『そっか。よかった。戦争も無事におわったよ』
『私たちが勝ったのね!』
『引き分けかな。双方に退いてもらったから』
異世界語で会話したことで――。
「……お姉ちゃん、すごいね。向こうの言葉をしゃべれるんだ」
「うん。まあね。実は勉強してきたから」
ヒロには驚かれてしまったけど、私は普通に返した。
さすがの平常心です。
『ねえ……。ファー様って……。貴女、もしかしてファーなの? 私の、友達の……。姿は随分と違うように見えるけれど……』
リアナが私に声をかけてきた。
『そうだよ。あらためて久しぶりだね、リアナ』
笑いかけると、身を起こしたリアナも私のところに来た。
『ごめんね、ファー。迷惑をかけて』
『ウルミアたちと喧嘩していなくてよかったよ』
「ははは。カナタは人気者だな」
「というか、カナタもこの子たちと知り合いだったのね」
お父さんとお母さんが呑気に言う。
「社長は意外と社交的なのです。多くの友人知人に信頼されていますよ」
私のことを社長なんて呼ぶのは時田さんだ。
まだ会社はできていないけどね。
一応、うん。
形だけとはいえ、近い内、私は社長になるようなのです。
「何にしてもいいタイミングで帰ってきた。ほら見ろ、時田さんが豪華なお寿司をご馳走してくれているんだぞ」
お父さんの言葉に合わせて時田さんにも促されて、私と石木さんも一緒にテーブルを囲んでお寿司をいただくことにした。
「それで貴女はどこに行っていたの? 立派になるのはいいけど、ちゃんと連絡は――」
お母さんのお小言を右から左へと受け流しつつ――。
私はメルフィーナさんに目を向けた。
視線が重なる。
メルフィーナさんは小さく頭を下げると、それから口を開いた。
『光は敗れたのですね』
メルフィーナさんが異世界語で言う。
『光の化身は倒させてもらいました。だけど私は人間と敵対するつもりはないので、軍隊については帰還してもらうに留めましたよ』
『そうですか……。感謝を』
『話し合いをしてくれる気はありますか?』
『ええ。もちろんです』
『それはよかったです』
細かい話は、さすがにここでは無理だけど。
いくら言葉が通じないと言っても、なにしろヒロたちの前だし。
私は会話の相手を変えた。
「それにしても、時田さんはどうして?」
「実は私が呼んで……」
「ヒロが?」
理由を聞こうと思ったら、お母さんが教えてくれた。
なんと今日、しつこい訪問販売が2回もあって、2回目なんて勝手に家に上がられたのだそうだ。
それで警察官でもある時田さんに相談したところ――。
たまたま時田さんが近くに来ていて、急行してくれたとのことだ。
で……。
夕方まで家にいてくれて――。
夕食もご一緒にとなったところで――。
時田さんが、お寿司をご馳走してくれたらしい。
「そんなことがあったんだぁ……。時田さん、ありがとうございます」
「いいえ。これも社長のためです」
たくさんの魔石を売って、異世界にも招待した効果か、時田さんは実に忠実というか私の利益のために動いてくれている。
『相手は魔術師だった。完全にこの家を狙っていた。トキタが言うには、こちらの世界の魔術組織の一員とのこと』
フレインが異世界語で補足してくる。
『そうなんだ……。撃退はできたんだよね?』
私も異世界語でたずねた。
『ファー様に言われた通りに対応した。カンペキ』
フレインが、両手にVサインを作る。
そして、チョキチョキする。
『カニだね』
とても久しぶりに感じて、私は懐かしかった。
『でもフレイン、時田さんとしゃべれたの? 言葉、通じないよね?』
『そこの聖女が通訳』
『そうなんだ? そうなんですか?』
フレインの視線に続いて、私はメルフィーナさんに目を向けた。
『ええ。私は前世が日本人なので』
『そうなんですか』
私は平然と納得した。
スキル「平常心」があるからね。
普通なら、えええええ!?と驚く場面だろう。
『なので、ファーさんの部屋で目覚めた時には本当に驚きました。私は、長い夢から覚めたのかとも思いました』
『夢、ですか。聖女としての、ですよね』
『ええ。なにしろ私は、誰よりも才能に輝いて、尊敬されて、立場を得て――。まるで物語の主人公でしたから』
私は言葉で同意こそしなかったけど、その気持ちはわかった。
私も似たようなものだし。
『ファーさん、今の西暦は――年でいいのですよね?』
『はい。もしかして時間がねじれていました?』
『その通りです。私は異世界で20年を生きたはずですが、現代世界ではどうも数年しか経っていないようで……。それは、もしかしたら、普通のことなのですか? 時間の流れ方に差があったりするのでしょうか?』
『時間の流れ方は同じです。1日は1日です。ただ、強制的な転移では、異なる時間軸に飛ばされることもあるようです。時空の乱れに巻き込まれる――転移というのは、そういう類のものなのかも知れません。私も詳しくはないのですけれど』
石木さんは会話に入ってこなかったけど、石木さんも同じだったはずだ。
なにしろ大帝国時代に飛ばされている。
『そうですか――。ありがとうございます。ところで、そのお姿の時にはカナタさんとお呼びすればいいのかしら?』
『カナタでお願いします。ややこしくてすみません』
『いいえ。だいたいの事情は推測しております。ご安心下さい、余計なことは言わないと聖女の名に賭けて誓約します』
そんなこんなで――。
日本語と異世界語を交えつつ、夕食は和やかにおわった。
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