第112話 閑話・聖女メルフィーナは日本に目覚めて……。





 意識が戻って目を開けると――。

 そこには懐かしい空気と、懐かしい景色がありました。


 景色――。


 私が身を起こしたのは、どこかの誰かの部屋です。

 知っている部屋ではありませんでした。

 ベッドがあって、パソコンがあって、棚にはたくさんの漫画があって……。

 でもそれは、すべて、馴染のあるものでした。

 目に入ってくる文字も日本語だとわかります。


 私、メルフィーナ・イゼル・テミエスは、ミシェイラ神聖国の貴族家に生まれて、5歳の時に光の魔力に目覚めて――。

 それから20年を聖女として過ごしてきましたが――。


 その中にいた私は、看護士として働く平凡な日本人の女性でした。

 私はある日唐突に異世界に転生していたのです。


 死ねば――。

 夢から覚めて、私は帰れるかも――。

 だから死ぬのは怖くない――。


 なんてことをリアナさんには言ってしまいましたが――。


 まさか本当に、私は夢から覚めたのでしょうか。


「私は帰ってきた……?」


 私は部屋を見渡して、でも、夢から覚めたわけでないことは理解します。

 なぜなら私がいる部屋には――。

 異世界の魔王と、その幹部もいたからです。

 竜人族の少女たち――。

 魔王ウルミアと、魔人フレイン――。

 その名前も姿も、私はしっかりと覚えています。


 それに私の手、私の髪、私の体は――。

 メルフィーナのままです。

 着ている服も、聖女の衣装でした。


 陽射しの伸びた日中の部屋の中で、私たちは3人で寝かされていました。

 他には誰もいません。


 いったい、これはどういうことなのか……。


 わけがわかりませんでした。


 半身を起こしたまま、私がぼんやりしていると――。


 ガチャリ。


 と、ドアが開きました。


「メルフィーナ様、目覚められたんですねっ!」


 ドアの向こうから現れて、明るい声でそういうのはリアナさんでした。


「今、この世界のおうちを見学させてもらっていたんです! すごいですよね! ここは異世界ということらしいですよ! しかもここ、ファーのおうちなんです! 私たちのことはファーが助けてくれて――。あ、すみません、いきなり」

「いいえ。教えてくれてありがとうございます」


 頭を下げてくるリアナさんに微笑みを返しつつ、私は自分の足で立ち上がりました。


 体は自由に動きます。

 痛みもありません。

 意識も鮮明に戻ってきました。


 リアナさんのうしろには、どこかの高校の制服を着た黒髪の少女がいました。


 2人が部屋に入ってきます。


「この子は、ファーの妹さんです。言葉がわからないので詳細は不明ですが、少なくとも悪い子ではありません。私も仲良くなりました」


 私はリアナさんが紹介してくれた少女に、日本語で挨拶をしてみます。


「こんにちは、初めまして。ミシェイラ神聖国のメルフィーナ・イゼル・テミエスと申します。言葉は通じているかしら?」

「はい。わかります。日本語、お上手なんですね」


 よかったです。

 久しぶりの日本語は、ちゃんと目の前の少女に通じました。


「私たちは、ファーさんという方に助けられて、こちらに連れてこられたようですが――。それで間違いはありませんか?」

「はい。その通りです。いきなりでびっくりしました」

「保護していただき、ありがとうございます」

「いえ、そんな。私もファーさんにはお世話になっているので。大したことではありません」

「ファーさんは、貴女の家族――。姉なのですよね?」

「いえ、違います」

「ここはファーさんの家なのですよね?」

「いえ、ここは私の家で――。この部屋は、私の姉の部屋です」

「そうなのですか」

「あ、すみせまん。私は羽崎ヒロと言います」


 彼女のことは、ヒロさんと呼ばせてもらうことになりました。

 私もことも名前で呼んでもらいます。


 彼女の名前をリアナさんに伝えると感心されてしまいました。


「メルフィーナ様は、やっぱりすごいですね。言葉、普通にわかるんですね」

「ここが私の夢の世界ですから」

「そうなんですね。もしかしたら、とは思いましたけど」

「ええ」

「その……。嬉しい、ですか……?」


 リアナさんが、ためらいがちに聞いてきます。


「そうですね……。懐かしくはあります。なにしろ元の世界ですから」


 ファーさんについての認識が、リアナさんとヒロさんで微妙に違うことについては、現段階では言わないでおくことにしました。

 ファーさんに確認してからの方が良いでしょうし。


 ファーさん――。


 その名前はリアナさんから聞いていましたし、世間の噂も耳には届いていましたから、どんな相手なのかはそれなりに知っています。

 ただ、私はまだ、一度も会っていません。

 彼女は魔王を逃がした後、完全に姿を消してしまっていましたから。


「ファーさんはどちらに?」


 私はヒロさんにたずねました。


「わかりません。みなさんを置いて、すぐに消えてしまいました」

「そうですか……」


 光の化身の召喚は成されたはずです。

 妨害がなければ、魔族の軍勢は壊滅していることでしょう。


「あの、みなさんは、異世界の方なんですよね?」

「ええ。そうです」

「やっぱり、そうなんですね。そうだとは思いましたけど、びっくりです」

「ヒロさんは、異世界のことはご存知だったのですか?」

「実は一度、ファーさんに連れて行ってもらったことがあるんです」

「ファーさんは、自由に世界を行き来できるのですね」

「はい。すごいですよね」

「本当に――。すごいですね――」


 やはり私は本当に、日本に帰ってきたのか。

 そのことをあらためて実感しました。


「メルフィーナ様、どんなことを話されているんですか? 私にも教えて下さいよー!」


 リアナさんが好奇心旺盛に目を輝かせます。


 教えてあげたいところでしたが――。


「――リアナさん。ヒロさんと少し、廊下に出ていて下さい」


 そうもいかないようです。


 なぜなら、魔王ウルミアと魔人フレインが――。

 同時に意識を取り戻して、ベッドからゆっくりと身を起こしました。

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