第113話 閑話・聖女メルフィーナは日本に目覚めて……。2




「おはようございます。お目覚めはいかがかしら」


 私、メルフィーナは、自分から竜人族の2人に声をかけました。


「悪くはないわね」

「同意」


 そういって2人は私の前に立ちました。

 本当に幸いにも――。

 即座に攻撃してくる様子はありませんでした。


「ねえ、私たちのことは、ファー様が助けてくれたのかしら」


 魔王ウルミアが言います。


「どうしてすぐに、そう思われたのですか?」

「だってここ、ファー様の部屋よね。来たことがあるから知っているわ。どうして貴女まで普通にいるのかが謎だけど」

「私も彼女に助けられたのですよ」

「ふーん」


 魔王ウルミアが、じろじろと私のことを見つめます。

 ただ本当に攻撃の意思はないようで、魔眼の力は使ってきませんでした。


「本来なら貴様など、即座に殺すところ――。だが、この世界での殺害行為はファー様から禁止されている。話を聞かせろ」


 フレインの声と目には明確な殺意がありましたが――。

 それでも彼女もまた、手は出してきません。


 しかし2人の口ぶりからして、魔族はこの現代日本にすでに来ていたのですね。

 嘘とは思えません。

 本当のことなのでしょう。


 それは一度きりのことなのか、それともすでに交流があるのか。


 気になるところですが――。


 まずはそれよりも、私もまたここで争うつもりがないことを示すために、ヒロさんを紹介させてもらうことにしました。

 ヒロさんには否定されましたが、ファーさんの妹として。

 その方が話の通りは早いでしょう。


「ファー様から妹のことは聞いているわ! しっかり者で優秀で頼りになるそうね! よろしくお願いするわ!」


 魔王ウルミアが友好的にヒロさんの手を握ります。

 言葉については、妹の部分はスルーして私が通訳します。


「はい。こちらこそ」


 ヒロさんはそれに笑顔で応じました。


「ファー様の妹……。すわなち、亜神。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」


 フレインとも、ヒロさんは握手を交わしました。

 亜神の部分についても翻訳は不要でしょう。スルーしておきました。


 その様子を見てリアナさんがつぶやきます。


「……魔族って、こんな風に普通に挨拶もするんですね」


 と。


「そうですね」


 私も小さな声で答えました。

 私たちの知る魔族――。

 それは、人間のことを下等生物としか考えていない――。

 人間が独立し、繁栄することを許せない――。

 基本的にはわかりあえることのない、血に飢えた凶暴な攻撃者です。


 歴史の中では――。

 互いに合意して、停戦等をしたこともありますし――。


 魔族が高い知性と社会性を有する存在であることは、知っていますが――。


 笑顔なんて、今まで見たこともありませんでした。


 ヒロさんと接する魔王ウルミアは、無垢な少女にすら見えます。

 もっともそれは、ヒロさんがファーさんの妹だから、というのが大きいのでしょうが。

 魔族にとってファーさんは――。

 銀色の髪と金色の瞳を有する伝説のその姿は――。

 まさに彼等の信奉する闇の神ザーナスであり――。

 異世界転移の魔法まで軽々と使うファーさんは、私には未だに不明ですが、それそのものである可能性が高いのですから。


「それで、我等を生贄に使って、そちらの儀式はどうなった?」


 フレインが私に問うてきます。


「成功しましたよ」


 私は普通に答えました。


「そうか。しかし、貴様は運がなかった」

「そうですか?」

「光の化身は、とっくにファー様の餌。見つかったのが運の尽き」


 私は返事をしませんでした。


 ピンポーン。


 と、1階の玄関から、家のチャイムが鳴ったからです。


「あ、どうしよう……」


 ヒロさんが困った顔をします。


「どうされたのですか?」

「私、学校をサボって家にいるので……」

「なら放っておく方がいいですね」

「はい。すみませんが、少し静かにお願いします」


 私はお願いされたことを、ウルミアとフレイン、リアナさんに伝えました。

 3人は黙ってくれます。


 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ピンポーン。


 チャイムは繰り返し、しつこく鳴らされました。

 呼び声は聞こえません。

 近所や知り合いの急用なら声をかけてきそうなものですが……。


「なんだろう……」


 ヒロさんが不安な顔を見せます。


「フレイン」

「りょ」


 魔王ウルミアが名前だけでフレインに何かを命じます。

 フレインが慣れた仕草で窓を開けます。


 どうする気でしょうか。


 次の瞬間、フレインの姿が消えます。

 窓から外に出たのです。


「ぐ。が」


 若い男性の、断末魔のような短い声が聞こえて――。


「ちょ。何!? あ」


 さらに若い女性の悲鳴のような声が聞こえて――。


「完了」


 と、2人の男女を肩に担いだフレインが、部屋に戻ってきました。

 フレインが2人を床に寝かせます。


 派手な格好をした、いかにもイケイケな若者たちでした。


 私は一目見て、その2人が覚醒した魔力持ちであることを理解しました。

 脅威にはなり得ません。

 初心者程度の力ではありますが……。

 それでも驚きました。

 さらに2人の指にはめられた指輪と、腰につけたワンドは、こちらも程度の低い品ながら間違いなく魔道具です。

 ここは現代日本のはずです。

 ヒロさんの話からも、それは確かなはずです。

 なのにどうして、魔術師としか思えない存在がいるのでしょうか。

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