第111話 閑話・不滅のアンタンタラスは戦いの中で




「なっ――! バカな――。聖剣で胸を貫かれて、何故動けるのだ――」

「フン。この程度の聖剣で何を言っているのですか」

「が……は……」


 喉を裂かれて崩れ落ちる眼前の士官兵を投げ捨て、胸に刺さっていた聖剣を引き抜き、渾身の力で刃を砕いてやると――。

 その様子を見ていた人間どもの士気は崩壊したようで――。


「も、もう駄目だぁ」

「隊長までやられたぁぁぁぁ!」


 ついに人間どもは惨めな潰走を始めました。

 聖女の祝福は、すでに薄らいでいます。

 祝福さえなければ、人間など本当に脆弱なものですね。


「追って、食い尽くしなさい」


 私は、温存してきた低級アンデッドの群れを召喚し、追撃に向かわせます。


「ふう。ようやくこの浮遊島の敵は一掃できるな」


 肩で息をついて、我が友、イキシオイレスがとなりに並びます。


「ええ。そうですね」

「しかし、アンタンタラス。君は剣を学ぶべきだな。簡単なフェイントに引っかかって懐に飛び込まれるとは情けない。相手が勇者なら、君は消されていたぞ」

「ふ。消されたところで、私は死にませんよ」

「それはそうだが戦いには支障が出る」

「それはそうですね。検討しておきましょう」


 基本的に私、アンタンタラスの戦いは魔法によります。

 しかし、時に聖剣は魔法を破ります。

 今の戦いでも攻撃魔法と防御魔法を一気に破られて、ほんの少しだけヒヤリとしました。

 聖剣のレベルが高ければ、確かに消されていたでしょう。


 ともかく、ようやく手を止めることができて――。


 私は空を見上げました。


 朝が近づき、黒から青へとその色彩を移しつつある天頂の空は――。

 すでにいつもの、ありふれた空です。


 空を二分した光と闇は、すでに薄らいで消えています。

 光の化身とファーエイル様は、激しく戦って――。

 最後にはもろとも内海へ――。

 魔力の効かない、無の領域へと落ちていきました。

 それからしばらくの時間が経ちましたが、ファーエイル様は戻ってきていません。

 偉大なるかの御方が負けるなど考えられませんが――。


 いったい、どうなされたのか。


 わずかな懸念を覚えた私の顔色を見てか、イキシオイレスが言います。


「無の領域は、かつての大帝都の中枢。ファーエイル様は何かをされているのだ。僕たちは僕たちのすべきことをしていけばいい」

「ええ。そうですね」

「他の浮遊島では、まだ戦いは続いているようだが――」

「そちらは放っておけばいいですよ。今の魔王にとって、他の魔王からの援軍など、むしろ攻撃としか受け取られませんから」

「1000年の間に、いろいろあったのだね」

「ええ。本当にですよ」

「しかし、君たちは違うようだが?」

「我々は例外です。ジルゼイダ様とウルミアは友人関係にありますから」


 息を整えているとジル様が来ました。


「2人とも、よくやってくれたのお。おかげでジルたちは大勝利なのお」


 撤退予定だったジル様も、状況が変わって前線に戻っています。

 とはいえ万が一のことがあるといけませんので、後方支援をお願いしていましたが。


「先程は戦いの中でしたので、あらためて確認しますが――。ウルミアとフレインについては問題ないのですよね?」

「ああ。すでに保護済みだ」

「本当によかったのお。ウルミアの馬鹿は心配させるななのお」


「ちなみにどのような手段を取ったのですか? キナーエの一帯では転移魔法も影渡りもまともに使えませんが」

「そんな阻害など、陛下には関係ないさ」

「陛下――。まさかファーエイル様がお助けになられたのですか!?」

「ああ。その通りだ」

「それは最初に言ってほしかったですね!」


 陛下の行いを聞き返すなど、不敬もいいところです。


「そういう反応をされると思ったから、言わなかったのさ。戦いの中では隙になるだろう?」

「――まったく。忌々しい男です」


 私が睨みつけると、イキシオイレスのヤツは鷹揚に笑いました。

 イキシオイレスは笑った後、他の島々に目を向けます。


「しかし本当に、他の魔王の援軍には行かなくてもいいのかい? 間違いなく、人間軍に勇者のいるところは苦戦していると思うが」


 他の島々では、未だに戦いが続いています。

 暴れ狂う光の獣の姿も見て取れます。


「そうですね――。どうしたものか――」


 私は即座に返答できませんでした。


 するとジル様があくび混じりに言います。


「ふぁぁぁあ。まったく、魔王はみんな自己顕示欲が強くて困ったものなのお。でも、この戦いに負けることは許されないのお。なにしろ、偉大なる陛下の復活をお祝いする戦いなの。だからここは救援に動くのお」

「わかりました。では、私とイキシオイレスで。頼めるか?」

「ああ、もちろんさ、友よ」

「ふ。ははは。では、頼みますよ、友よ」


 1000年ぶりに友と呼ばれ、つい私は相好を崩してしまいました。

 本当に、まさかイキシオイレスが生きていたとは。

 未だに現実感がなくて困りますが。


 私たちは浮き上がって――。

 別の島へと移ろうとした――。


 その時のことでした。


 突然、真っ暗闇の中にあった内海が――無の領域が――、海の底から広がる青い光と共に、大きく波立ったのです。


「陛下が何かを――。ですか――」


 私は自然につぶやいていました。


「アンタンタラス! これはまさか――!」

「ええ。そうでしょう」


 その光がなんであるのか。


 大帝国の時代から生きてきた私とイキシオイレスには、理解することができます。


 大きな波を立てて、無の領域から現れたもの――。


 私たちは呆然と――。

 もうすぐ朝焼けの始まろうとする空に――。

 それが昇っていくのを見つめました。


 それはかつて、世界の大半を蹂躙した、偉大なる支配者の居城です。

 空に浮かぶ最強無比の砦です。


 間違いはありません。


 それは真実――。


 超機動戦艦ハイネリスでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る