第106話 閑話・不滅のアンタンタラスは友と共に




「――言っておきますが、私は常に最善を尽くしているのです。唐突に現れた貴方ごときにどやされる謂れはありませんよ」

「あきらめかけていたヤツが何を言っているのか」

「誰があきらめていたものですか。私は次策を考えていただけです」


 イキシオイレスと共闘するのは、いつぶりのことか。


 私、アンタンタラスは、ヤツの言葉に苛立ちながらも、同時に懐かしさも覚えつつ過去の記憶を思い起こしていた。


 少なくとも1000年ぶり――。

 正確に言えば、『大崩壊』前のヤツは北方大陸に赴任していたので、さらに昔――。

 まだお互いが出世する前に――。

 1300年ほど前に、大帝都近郊の森林で勢力を築こうとしていたレッド・オーガの強盗団を討伐した時以来でしょうか。


 いずれにせよ、それは遠い遠い昔のことです。


「防御魔法は僕に任せろ。アンタンタラス、君は妨害魔法を。ニンゲンどもの足元に泥沼を作って奴等の進軍を止めるんだ」

「私と心中でもするつもりですか? 時間稼ぎだけなら1人で十分です。君は余力があるならジル様と共に――」

「言っておくが死ぬつもりはない。僕は帰ってきたばかりだぞ」

「ならわざわざ、ここに来なくても良いものを。――本当に君というヤツは、昔から他人のためにばかり体を張りすぎる」

「まったく。昔から素直になれないヤツだ。助けに来たのだから感謝くらいしろ」

「展望があれば、いくらでもしますよ」


 実際、状況は厳しいままです。


 イキシオイレスが来てくれたことで余力は生まれましたが――。

 おかげでジル様たちは無事に逃がせられそうですが――。

 しかし、とはいえ、ニンゲンどもと四足獣を駆逐できるわけではありません。

 耐えられる時間が増えただけのことです。

 いずれ押し潰される未来が、変わったわけではありません。


 私が絶望的な状況を分析していると――。


「ふふふ! ははは!」


 防御魔法で敵の攻撃を弾きながら、いきなりイキシオイレスが笑い始めました。


「どうしたのですか、いきなり。気でも狂いましたか?」


 あるいは、最初から狂っていたのか。

 私が呆れて声をかけると――。


「空を見ろ、アンタンタラス」

「空を見たところで――。そこには絶望しかありませんが?」


 なにしろ光の化身カリュブディスが居るのです。

 その神獣が我々の敵であることは、もはや自明。

 今さら確認する必要もありません。


「ははははっ! この空の、どこに絶望があるんだい? 昔、君によく言われていた言葉を返させてもらうか。君の目は節穴だね!」


 なのにヤツは笑い続けるのです。


「戯言は、いい加減にしてほしいものです」


 私は苛立ちました。


 見上げなくてもわかります。


 空には再び、真っ白に輝く巨大な八足獣からの咆哮が響きました。


 それは大気を震わせ――。

 体を痺れさせるほどの衝撃でしたが――。


 なぜでしょうか。


 そこには最初の時に感じた、自らの存在を誇示する圧倒的な迫力がありませんでした。

 むしろ強大な敵を前にした獣がそうするように――。

 それは威嚇にも聞こえました。


「さあ、空に目を向けたまえ」


 繰り返し促されて、私は顔を上げます。

 そして、見ました。

 光に包まれた空の上のことですので、鮮明な姿までは見えませんでしたが――。

 それは、光を飲み込む漆黒でした。


「ふふふ! ははは!」


 厳しい戦いの最中だというのに、私も笑いました。


「ははは!」


 イキシオイレスも笑います。


「それで、これはいったい、どういうことかね?」


 笑いつつ私はたずねました。


「実は僕は、かの御方と共に異世界にいてね。かの御方と共に帰ってきたのさ」

「異世界――。ですか――」

「詳しい話は、また後でな。今は――」

「ええ、そうですね」


 話を聞いている場合でないのは十分に理解できます。


 空でも戦いが始まりました。


 光に満ちていた白空が、一気に元の色彩を取り戻そうとします。

 それは闇。

 夜空です。

 しかし、一面に染まることはありませんでした。

 空が2つに割れます。

 それは完全なる超常の光景でした。

 光の化身たる獣と、かの御方とが、互いの力をぶつけ合っているのです。


 世界の半分が闇に染まったことで――。


 四足獣の力は、はっきりとわかるほどに弱まりました。

 逆に私には力が漲ります。


 空の異変は、当然、ニンゲンどもの目にも入りました。


「なんだよ、これ! どうしたんだよ!」

「空が、割れた……」

「まさか、闇の化身が現れたのか……?」

「闇だ……。闇が広がる……」

「撤退! 撤退! 状況を見極めるぞ! 一時下がれ!」


 ニンゲンどもの動揺と混乱の声が響きます。


 好機です。


「イキシオイレス、一気に押し返しますよ!」

「ああ。それなりにな」

「それなり!? 違うでしょう! ニンゲンどもは殲滅です!」

「冷静になれ、アンタンタラス。せっかくニンゲンどもが下がるのだから、まずは光の獣を駆逐してしまうのが先だ」

「――それは、そうですね。失礼しました」

「はははっ! なんだ、随分と素直になったものだな」

「君は成長したものですね」


 昔はむしろ君の方が、感情のまま動くタイプだったというのに。


「――短い時間だが、僕にもいろいろとあったのさ。あとで聞かせてやるよ」

「楽しみにしておきましょう」


 昔話をしている暇は、残念ながら今はありません。

 まずは戦況を落ち着かせるとしましょう。

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