第103話 救出
こんにちは、ファーです。
私は今、どこかよくわからない場所にいます。
そこは言うならば……。
思いっきり全力稼働しているコントロール・センターといった、ファンタジーとSFが融合したような趣の場所でした。
壁や装置は機械作りっぽくて、だけど私の足元で光っているのは魔法陣です。
そして目の前には、気絶した女性を支えるリアナの姿がありました。
リアナと女性は、いかにも聖女な姿をしています。
私はとりあえずリアナに挨拶した後、ポカンとするリアナを横目に石木さんにたずねた。
「ねえ、ここってどこかな?」
「おそらく、本来の転移先ではないかと。途中で、より強い召喚魔法を行使していたこちら側に引き寄せられたようです」
私と石木さんは、魔王城に襲撃してきた勇者から『帰還の宝珠』というアーティファクトを手に入れて、それを使ってここに転移した。
だけど石木さんの言う通り、転移の途中で違和感を覚えた。
私は部屋を見渡す。
ただ、うん……。
それほど大きな座標の変化ではなかったようだ。
むしろ逆に、核心に近づいたのだろう。
「ウィンド・アロー」
私は冷静に狙いを定めて、ウルミアとフレインの拘束具を破壊した。
2人が床に落ちて倒れる。
2人は今にも死にそうな悲惨な姿だったけれど――。
私に動揺はない。
怒りも悲しみもない。
スキル「平常心」のおかげだ。
私は2人に近づいて、まずはウルミアの容態を見る。
いや、うん。
見たところでよくわからないので、
「リガルジテーション」
対象の時間を巻き戻す禁断の闇魔法で強制的に回復させた。
同じくフレインにもかけた。
2人の体から、傷や汚れが綺麗に消える。
成功したようだ。
我ながらチートが過ぎるとは思うけど、とにかく助けられて良かった。
ただ残念ながら――。
ダメージは心身の深くまで届いていたようで――。
しばらくは衰弱状態のようだ。
回復させたはずだけど、すぐに意識を取り戻すことはなかった。
本当に、何をされていたのか。
想像することはできるけど。
「ねえ、リアナ。この2人を生贄にして、儀式をしていたんだよね?」
私はリアナにたずねた。
「そ、それは、その……」
「少しは罪悪感もあったんだね?」
その様子からすると。
「だって、しょうがないでしょ。私たちが生き残るためなんだし……」
「そっか。そうだよね」
人間社会は、神託でパニックになっているんだったか。
私は冷静に考えることができた。
「ねえ、ファー。ここに現れたってことは、やっぱりファーが光の化身なの? 私たちを助けてくれる奇跡の存在なの?」
「どうなんだろ?」
私は石木さんにたずねた。
「我々は引き寄せられただけです。この儀式の対象ではないかと」
「というと……」
「魔法はすでに発動しています。おそらくもうすぐ、本命の召喚が成されるかと」
「ここに?」
間に合わなかったことについては、覚悟していたので絶望はなかった。
かわりに魔王城で被害を受けたヒトたちは、全員、助けられた。
それに、うん。
私ならなんとかできるという自信もあった。
「いえ、おそらくは、この外に――。通常の空間にでしょう」
「だよねえ」
少なくともここに何かの出てくる気配は感じない。
「ファー様、ともかくこの2人を安全な場所に連れていくべきかと。大帝国時代に作られたこの閉鎖空間が破壊されることはないとしても、魔素の奔流に晒される危険があります。そうなれば衰弱した状態では心身が持ちません」
「うん。わかった」
私はウルミアとフレインをそれぞれ肩に担いだ。
担いだ後、私はリアナにたずねた。
「リアナはどうする? 自力でここから出られる?」
「私は、私たちは通路から――」
リアナは背後に目を向ける。
だけど、そこに通路はない。
「通路はすでに切断されています。高位の転移魔法か専用のアーティファクトがなければ閉鎖空間から出ることは不可能です」
石木さんが冷徹に告げた。
実際、部屋のどこにも通路に続くような出入り口はなかった。
あったのも知れないけど、すでに消えている。
部屋は明滅して、激しく揺れ始めていた。
まるで嵐の只中にあるようだ。
あるいは、とんでもないモノが召喚されようとしているのか――。
光の化身――。
それはいったい、何なのか。
「ねえ……。ファーは、魔族の子を助けに来たの?」
「うん。そうだよ」
「なら私たちは敵よね……。酷いことをしたし……」
リアナはうつむいた。
「酷いことをした自覚はあるんだね」
「そりゃ、あるわよ……。でも、これしか方法はなかったのよ……。ねえ、ファーは結局、闇の化身なの? 人類の敵なの?」
「悲しいけど、闇の化身ではあるかも知れないかな」
「そうなんだ……」
「でも、人類の敵になる気はないよ? 私はみんなと仲良くしたいし。私からも聞いていい? リアナは聖女になったんだ?」
「私は形だけよ。知ってるでしょ」
リアナと話していると、ひときわはげしく部屋が揺れた。
「ファー様、急ぎましょう」
「そうだね。リアナも一緒に逃げよう」
「……でも」
「いいよ。その倒れている人もね。その人が噂の本物の聖女様だよね」
「ええ。メルフィーナ様よ」
とんでもなく高い魔力の持ち主だったことは見ればわかる。
間違いなく特別な存在だ。
だけどすでに彼女も事切れていたけど。
凄まじいことに自身の命も儀式に注ぎ込んだようだ。
「石木さん、いいよね?」
私は一応、石木さんにも確認した。
「私に異存はありません。すべてはファー様のご意思のままに」
石木さんは恭しく頭を垂れた。
私はメルフィーナという人も魔法で蘇生させて、ヒールの魔法もかけた。
こちらも、とはいえ、意識は戻らない。
「今のって……。ねえ、ファー……。もしかしてメルティーナ様を助けてくれたの?」
「うん。一応はね」
「……どうして?」
リアナには聞かれたけど――。
「どうしてと言われても困るけど……。なんとなくね」
「ありがとう」
「じゃあ、飛ぶね」
光魔法『テレポート』発動。
次の瞬間には――。
私たちは、私の部屋へと移動していた。
部屋は明るかった。
レースのカーテンごしに新鮮な陽射しが広がっていた。
時計を見れば、時刻は午前6時。
朝だった。
いろいろなことがありすぎて、時間の感覚が喪失していたけど――。
私、どうやら……。
生まれて初めて、朝帰りをしてしまったようです。
「ここは……?」
見慣れない部屋を見渡して、リアナが言う。
「私の家。私の部屋だよ。しばらく、ここにいて。絶対に暴れたりしないでね。外に出るのも駄目だよ。何しろここは異世界だから」
「異世界……。って……」
ぼんやりとされる。
まあ、当然か。
だけど、のんびり説明している暇はない。
と、その時だった。
トントントン。
ドアがノックされて、ガチャリと開いた。
「お姉ちゃん? 帰ってるの?」
現れたのはヒロだった。
「うん。ただいま」
私は普通に答えたけど――。
「て。え。ファーさん!? 石木さん!? それに、その人たちは……」
あーしまった。
今の私は、カナタではなくてファーだった。
だけど私は慌てなかった。
なにしろ私には平常心があるのだ。
「ごめんね、少しいろいろとあって。カナタも無事だから安心して。それでヒロさんに実はお願いがあるんだけど、この子たちをお願い」
リアナにも、この子は私の妹だから平気だから、と早口で伝えて――。
私はすぐに転移しようとした。
戻る先はもちろん、キナーエ浮遊島帯域、その上空だ。
だけど――。
なぜか魔法は発動しなかった。
ユーザーインターフェースにメッセージが現れる。
――該当地域には、転移を阻害する高密度の魔力渦が発生しています。
――魔力を収束させ、強制転移しますか?
――はい/いいえ
もちろん答えは「はい」だ。
ただ、魔力を収束させると、体が闇の魔力に包まれる。
なのでいったん私は、石木さんを連れて私は夜明けの時刻の空に飛んだ。
うしろからはヒロが何か言ってきたけど――。
それは当然だろうけど――。
ごめん。
今は、ゆっくり受け答えしている時間がない。
家から遠く離れて、十分に空へと上がったところで、私は魔力の収束を始める。
ユーザーインターフェースにカウントダウンの数字が現れる。
転移開始まで、9950。
長い……!
長過ぎる!
でも、それだけのことが起きているということか。
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