第102話 儀式(リアナ視点)
儀式が始まる。
魔法陣の縁に立ったメルフィーナ様が、胸の前で両手を組んで意識集中を始める。
メルフィーナ様の体は白い光に包まれて――。
やがてそれは、眩しくて見ていられないほどの輝きとなった。
その輝きは魔法陣に伝わる。
あわせてオーリーが制御盤と呼んだ祭壇のようなものから青い光が広がって、虚空にスクリーンが表示された。
そこにはメッセージが流れる。
なんて書かれているかは、私のいる場所からはわからなかったけど……。
続けて、両脇の魔導柱に青い筋が走った。
びくん――。
と、柱に拘束された竜人族の少女たちの体が震える。
2人を生贄に――。
儀式への魔力供給が始まったのだ――。
私は思った。
……物語だと、むしろ私かメルフィーナ様が生贄よね。
運命の少女が攫われて、生贄にされそうになって――。
そこに颯爽と勇者が現れる――。
それが物語というものだ。
あるいは私たちが、悪党なのかも知れないけど。
だとすれば――。
魔族の勇者が、勇者オーリーたちを打ち破ってここに来るのかも知れない。
魔王ウルミアこそが主役というわけだ。
今の状態だけ見れば、そんな気もする。
もっとも――。
そうならないように、浮遊島の各地で人類連合は戦っているのだ。
神殿のあるこの島に魔族を近づけさせないために。
キナーエ浮遊島帯域には魔素が満ちる。
魔族にとっては、とても力を発揮させやすい環境だ。
だけど同時に、魔素の密度が濃いからこそ、転移魔法のような空間を歪める系統の魔法は行使が難しいという。
なので魔法で来られる心配はほとんどないらしい。
ほとんど、なので……。
警備は絶対に必要だけど。
実際、メルフィーナ様は可能としているし。
とはいえ神殿は、勇者オーリーを始めとする精鋭が固めている。
少数の奇襲なら、撃破は容易だろう。
それこそ相手が魔族の勇者でもない限り。
……あーでも、物語的には勇者が来るのかぁ。
ってダメダメ!
さっきからメルフィーナ様の頑張りを否定するような思考をしてしまっている。
今、私の目の前では――。
自分の命を賭けて、メルフィーナ様が奇跡を起こそうとしているのに。
光の化身――。
そう呼ばれる誰か、あるいは何かを、呼び出すために。
闇の化身に対抗して人類世界を守るために。
儀式は続いた。
気づけば聖域全体に青い筋が走って、魔法陣につながっている。
魔王ウルミアの嗚咽が聞こえた。
私がそちらに目を向けると――。
青い光に体を貫かれる激痛の中、彼女は意識を取り戻そうとしていた。
歪んだ顔の中で、わずかに瞼が開かれる。
「――ニン、ゲン。
コロ、シテ、ヤル……」
憎しみのこもったウルミアの声は私の耳にも届いた。
「ガァァァァアア!」
だけどそれは、すぐに悲鳴に変わった。
まるで雷に撃たれ続けているかのようにウルミアの小さな身体が痙攣する。
無理やり体を動かそうとしたせいか、血が飛び散る。
悲惨な光景だった。
だけどもちろん、助けることはできない。
「オ父サマノ仇ヲォォォォ! 殺ス! 殺ス! コロシテヤル!」
ウルミアが狂乱する。
竜人族の前魔王は勇者に討たれている。
すでに引退した先代勇者の功績だ。
竜人族の前魔王は、敗走する仲間を助けるために単身で前に出て、圧倒的に優勢にあった人類軍に大打撃を与えた。
そしてその末に、討たれたという。
それは、今から18年前――。
まだメルフィーナ様が7歳だった頃の話だ。
メルフィーナ様は、その年で戦争に出て、人類軍に光の祝福を与えた。力と勇気が湧き出る奇跡のような祝福だったという。
それをキッカケにメルフィーナ様は人類国家の中枢となった。
伝説的な逸話だ。
魔王ウルミアは狂乱して、また意識を無くした。
魔法陣が光が立ち昇る。
その光は聖域だけではなくて、その外側にも広がっているように感じられた。
いよいよ――。
現れるのだろうか。
人類の希望となる、その存在――。
光の化身が――。
だけどその前に……。
メルフィーナ様の体が大きく揺らいだ。
駄目だ!
そのまま倒れるように見えた。
「聖女様!」
私は駆け寄って、横からメルフィーナ様を支えた。
光に包まれたメルフィーナ様の体は熱い。
燃えているかのようだ。
「――大丈夫、です。儀式は、成せました。あとは――。待って――」
「聖女様!」
メルフィーナ様の体から力が抜ける。
あわせてメルフィーナ様の体を包んでいた光が――。
揺らいで、散った。
メルフィーナ様は、ほんの少しだけ私を見て、微笑むと――。
瞼を閉じて――。
そのまま意識を失ってしまった。
魔法陣が揺らめく。
現れる!
来る!
私は、光の化身を歓迎するために挨拶の言葉を準備した。
たとえ何が現れようとも――。
友好的に――。
第一印象はとても大切。
まずは笑顔で、接することだけは必須だ。
何の力もない――。
何もできない私だけど――。
ここからは、私の仕事だ。
魔法陣の上にシルエットが浮かび上がる。
シルエットは、2つ――。
2人だ――。
人間の形をしていた。
1人は、背の高い男性に見えた。
1人は、私と同年代の女の子に見えた。
「ふう……。はあ……」
私はゆっくりと呼吸して、必死に心を落ち着ける。
2人の姿が、霧が晴れるように――。
私の目の前に現れる。
その姿を見て――。
その知っている姿を見て――。
「え」
思わず私は、変な声を出してしまった。
視線が重なる。
満月のように輝く金色の双眸もまた、私を見て驚いたようだ。
それは――。
星空の光をまぶした銀色の髪を黒いドレスに流した、その彼女は――。
私が何もできないでいると――。
「やっほー、リアナ。久しぶりー。びっくりしたよー。どうしたのー?」
なんて、すっとぼけた声で言うのだった。
それは、見間違えるはずもなかった。
それは、私の友達。
間違いなく、ファーだった。
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