第100話 光の大神殿(リアナ視点)




 光の大神殿――。


 それはかつて今から1000年の昔、この世界の大半を支配していた大帝国の首都に存在した光の神ルクシスを祀る神殿だ。


 大帝国の時代は、魔族の時代。


 当時の人間は家畜同然、奴隷のような存在で、人権なんてなかったという。

 なので神殿は、魔族が作って、魔族が利用していたものだ。

 つまりは魔族も、光の神を信仰していたのだ。


 魔族は闇の眷属。

 闇の神ザーナスだけを信奉していると私は学んできたけど。


 ただザーナスは、考えてみれば、1000年前に生まれたばかりの若い神だった。

 ザーナスは、元は大帝国の皇帝。

 大帝国が崩壊した夜に昇神したと伝わる。

 その姿はファーにそっくりな、夜の星光をまぶした銀色の髪と、満月のような金色の目を持っていたという。


 ファーは今頃、どこで何をしているんだろう……。

 本当に魔族だったのだろうか。

 行方は、まったくわからないらしいけど……。

 今は魔族領にいるのだろうか……。



 過去とファーのことはともかく――。


 今の大神殿は廃墟だった。

 かつては荘厳な高い建物だったのだろうけど、上の部分が崩れて、はじめて見た時には瓦礫の山と化していた。


 私は思ったものだ。

 これは駄目かも知れない、と。


 だけどそんなことはなかった。


 瓦礫を撤去すると、礼拝堂は崩れることなく残っていた。


 大神殿の前では聖女様が待っていてくれた。

 私はあわてて走った。


「申し訳ありません! 聖女様をお待たせするなんて!」

「ふふ。聖女というなら貴女もでしょう」

「そうでした。お待たせして申し訳ありませんでした、メルフィーナ様」


 私はすぐに言い直した。

 するとメルフィーナ様は満足げにうなずかれる。


「さあ、行きましょう」

「はい」


 メルフィーナ様に並んで、私は礼拝堂に入った。

 礼拝堂は明るい。

 陽光が多く差し込んでいた。


 礼拝堂の様式は、私たちの知るものに近い。

 大帝国の文化は、人間の国家にも受け継がれているようだ。


 私は床にも目を向ける。

 清掃された石畳の床には、白い線の魔法陣が描かれていた。

 それは昔からあったものではない。

 メルフィーナ様が描かれたものだ。


 魔法陣は、アーティファクト『帰還の宝珠』の帰還先に設定されている。

 勇者アレス一行は、ここに帰って来る予定だった。


 私は礼拝堂を見渡す。


 礼拝堂には多くの神官や神聖騎士の姿があったけど――。

 勇者アレスたちの姿はなかった。


 魔法陣にも反応した様子はない。


 まだ帰っていないのだろう。


 では、なぜ、呼ばれたのか。


 その理由をメルフィーナ様は教えてくれなかった。


「こちらに」

「はい」


 私はメルフィーナ様に導かれて、礼拝堂から短い通路を抜けて奥の部屋へと入った。

 礼拝堂にまでは来たことがあるけど、その奥に行くのは初めてだった。


 そこは真っ白な空間だった。

 飾り気はない。

 奥の壁に扉がひとつあるだけだった。

 扉には幾筋かの青い光が走っている。


 よくわからないけど――。

 扉はきっと魔道具で、今は起動しているのだろう。


 部屋には高位の神官が3人いて、私たちが入ると会釈してくる。


「聖域に行きます」

「畏まりました」


 メルフィーナ様が扉の前に立った。

 そして、扉に光の魔力を注ぐ。

 すると扉が消えた。


 現れたのは、闇。


 私は息を呑んだ。


 一寸先すら見えない暗闇が、光の力で消えた扉の向こう側にはあった。


「リアナさん、この先は現実世界から切り離された閉鎖空間です。中は真っ暗ですが明かりは効きますのでご安心下さい」


 メルフィーナ様が光の球を呼び出す。

 すると暗闇が照らされた。

 現れたのは通路だ。

 ただその通路は、まるで陽炎のように明らかに揺らいでいた。

 どこまでも、まっすぐに続いているように見える。


 閉鎖空間……。


 それが何なのか私は知らないけど、特殊な場所であることは理解できた。


 メルフィーナ様に続いて、私は通路に入った。

 冷たい空気が肌に触れる。


 神官の人たちはついてこなかった。


 私たちは2人きりで歩く。


 歩いても足音はない。


 床は、確かにあるはずなのに、足の裏には何も感じない。

 空気の上を歩いているかのようだ。



「不思議な場所でしょう?」

「はい……」


 メルフィーナ様に問われて、私は素直にうなずく。


「でも仕組みとしては、ダンジョンと同じだそうよ。コアと呼ばれる魔力の集積体による、空間への干渉と形成によって作られているの」

「さすがはメルフィーナ様、ご存知なのですね」

「聖者の書に記された内容だけね」

「聖者の書、ですか……。聞いたことはあります。読めたりするんですね」


 それは伝説の人物――。

 最初の聖者と呼ばれる偉人が記したとされる書物だ。

 その書物によって私たち人間は魔術を始めとした多くの知識を得て――。

 魔族に立ち向かう力を得た――。

 と、言われている。


 ただ、それはあくまでも1000年前の伝説だった。


 聖者の書については、メルフィーナ様の住むミシェイラ神聖国の神殿の奥に厳重に保管されていると聞いてはいたけど――。

 その具体的な内容については秘匿されていて――。

 一度も公開されたことはない。

 それどころか、最初の聖者が作者だと伝わってはいても――。


 それは、どこの誰だったのか。

 どう生きた方だったのか。


 私はこれでも侯爵家の娘だけど、それでも何も伝わってくることはなかった。


 聖者の書は、すべてが隠された、まさに秘密の書なのだ。


「賢者の書は、実は魔族が書いたものなのですよ」

「え?」

「それは、ミシェイラの聖女と聖者だけに伝えられる歴史の事実です。賢者の書の著者は、イキシオイレス。明らかに魔族の名ですよね。公表はできません」

「そうですね……。それは……」

「――人類の未来のために、賢者イキシオイレスがこれを記す。願わくば、この知識を以て、すべての種族との平和と共栄のあらんことを。これが賢者の書の冒頭の一文です」

「すべての種族、ですか……」

「魔族と争い、オークやゴブリンといった亜人種を害獣認定して駆除しようとしている今の人類を見たら、きっと賢者様は泣くわね」

「それは――。そうかも知れませんね――」


 私はファーの姿を思い出して、メルフィーナ様の言葉を肯定した。


「――でも、やるしかありません。やらねば、滅びるのですから」

「闇の化身、ですか……?」

「ええ。闇の化身はこの世に降りました。それは神託によって明らかです。ならば私たちは対抗手段を得ねばならない」

「戦うために、ですよね?」

「ええ。そうです」


 メルフィーナ様の答えに迷いはない。

 強い決意を感じた。


 それは当然か。


 だからこそ人類連合軍は結成され、多くの人が命を賭けているのだ。


「どうせならルクシス様が現れてくれるといいですね」

「そうなれば闇の神ザーナスも現れて、『大崩壊』以上の大惨事となりますよ」

「そっかぁ……」

「だからこそ私たちは自分の手で勝たねばならないのです」

「――はい」


 私には何の力もないけど。

 それでもお飾りとして、逃げることだけはしまいと――。

 私は心に誓った。


「あ、そうだ。肝心なことを聞いていなかったのですが……。メルフィーナ様、まだ勇者アレスは帰還していませんが、どうしてお急ぎに?」

「アレスは討たれました。彼とのつながりが途切れたので、間違いはありません。……とても残念なことではありますが」

「……え。……そんな」

「大丈夫です。儀式は必ず成功させます。リアナさん、私に何かあれば、光の化身への対応はお願いしますね」

「――はい。――わかりました」


 私には、うなずくことしかできなかった。

 私は無力だ。

 でも、つい先程誓った通り、逃げることだけはしなかった。



 やがてしばらくすると、不意に目の前に扉が現れた。


「着きましたよ。この先が聖域――。世界の中心に、最も近き場所です」



 ☆


100話! なんだかんだで、ついにここまで書いてしまいました!

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お話は、まだしばし続きます。

お付き合いいただけると嬉しいです。

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