第99話 初戦のこと(リアナ視点)





 初戦のことは覚えている。


 私たちは最初、キナーエ浮遊島帯域に近い海岸に陣を張った。

 海岸の先には岬があり、その岬には浮遊島へとつづく空間の歪みがあった。


 私は本陣で軍議に参加する。


 作戦を指揮するのは、ミシェイラ神聖国が誇る3人の勇者の内の1人オーリーだった。

 オーリーは今年で19歳の青年。

 体格は細身で、決して強そうには見えないのに――。

 騎士10人を相手にしても勝ててしまうくらいの猛者だ。

 だけど彼の本領は、その知略。

 常に魔族を手玉に取り、味方の被害を最小限に抑えて勝利する――。

 知の勇者とも呼ばれる存在だった。

 今回もオーリーは、万全の作戦で臨んでいた。


 陣を張ると――。


 ほどなくして、浮遊島から魔族の軍勢が飛んできた。

 翼を持つ者たちの軍勢だ。

 100に近いワイバーンにドラゴン、竜人族。


 私たちは5000の先発隊と共にいる。

 数で言えば50倍だけど、それは参考にもならないだろう。


 戦闘には、すぐにはならなかった。


 それもオーリーの読み通りだ。


 背後の空に軍勢を従えて、2人の竜人族が降りてきた。


 私たちはそれを出迎える。


 そう。


 なぜか、私も……。


 竜人族は2人とも少女の外見をしていた。

 魔人フレイン、そして魔王ウルミアと、2人は名乗りを上げた。


 私たちも名乗る。

 聖女と、勇者と。


 浮遊島は、基本的には中立地帯だ。

 なぜなら浮遊島には、多くの危険な魔物が生息している。


 ただし例外的に、ワイバーンやドラゴンが生息する区域は古くから竜人族が支配している。

 竜人族には、ワイバーンやドラゴンを従える種族的な力があるからだ。


 なのでキナーエ浮遊島帯域を見据える海岸に軍を敷けば、最初にやってくるのは竜人族だとオーリーは読んでいた。

 竜人族は、魔族の中でも特に誇り高く、武断派。

 直行できる機動力があり、強さにも自信がある。 

 故に他の魔族の援軍を待つことなく、必ず単軍で来るだろう、と――。


 オーリーの読み通り、竜人族は堂々と現れた。


「まったく。負けても負けても懲りないのね。それで、挨拶もおわったことだし、このまま攻めてもいいのかしら?」


 魔王ウルミアが呆れた声で言う。

 それに対して、勇者アレスが同じように呆れた態度で答えた。


「まったくなのはこっちだぜ。敵の首魁が堂々と、たったの2人で現れやがってよ。このままおまえらを殺せば、こっちの勝ちは決まりだろうがよ」

「できるとでも?」


 魔人フレインの表情は淡々としたものだったけど、私はゾッとした。

 なぜならその瞳が深く輝いたから。


「なあ、ならよ。正々堂々、一騎打ちなんていうのはどうだ? 俺とおまえ、魔王とソニア。人間と魔族、どっちがツエーのか、ここで決めようぜ」


 勇者アレスの挑発に、フレインとウルミアは簡単に乗った。


 2つの一騎打ちとなる。


 私と聖女様、それに勇者オーリーは、それに合わせて軍勢と共に下がった。

 私と聖女様は、そのまま軍勢の後方へと下がる。

 途中で勇者オーリーには愚痴られたものだった。


「僕は自分の作戦には自信がありますが、しかしヒヤヒヤしました。ないと確信はしていましたが万が一にも聖女様が害されれば、すべては破綻していましたよ」

「ふふ。でも、平気だったわね」

「はい。よかったです」


 そう。


 オーリーの作戦では、私とメルフィーナ様は最初からうしろにいる予定だったのだ。

 それをメルフィーナ様がわざわざ前に出たのだ。

 魔王が現れるというなら、こちらも私がいなければ失礼だろう、と。

 私は関係ないのに、なぜか当然のように同行させられた。

 まあ、うん。

 とっくにあきらめているから、平気でしたけどね!


「作戦自体は卑怯なものですが、せめて最初だけは。偽善も良いところですが」

「――申し訳ありません」

「いいえ。勝つためなのは理解しています」


 私たちが下がったのは、左右に断崖のそびえる谷の底だった。

 人類連合軍は総勢10万。

 その大半は、崖の上に潜んで奇襲の機会を伺っている。


 一騎打ちが始まる。


 勇者は、光の神ルクシスの加護を受けて、その身体能力を何倍にも増幅させた人間を超えた超人と呼ぶべき存在だ。

 選ばれし者、人類の決戦兵力とも呼ばれる。

 その武力は、魔王に対しても引けを取ることはない。


 だけど戦いは――。


 勇者アレスと勇者ソニアの敗走でおわった。


「うわああああ! 駄目だ! 勝てねえ! いったん逃げるぞおおおお!」

「そうね! 逃げるしかないわ!」


 兵士たちの逃げ足も早かった。

 勇者2人が身を返したのを見るや否や、もう駄目だと一目散に逃げ出す。


「不利になったらすぐに逃げるなんて、腑抜けにもほどがあるわね! フレイン! このまま奴等を押し潰すわよ!」

「りょ」


 魔王ウルミアと魔人フレインは、即座に追撃を決めた。

 背後の軍勢も動かして私たちの殲滅を図る。

 空を飛んできたワイバーンやドラゴンが逃げる兵士たちを蹂躙しようとする。


 だけど――。


 それこそがオーリーの狙いだった。


 翼を持つ魔物たちが谷間に入り、高度を下げて爪や牙をたぎらせる。


「今です!」


 完璧なタイミングでオーリーが攻撃指示を下す。

 事前に打ち合わせを重ねて、連携は完璧だった。


 崖上に隠れていた人類連合軍が、一斉に姿を見せて魔術と矢の雨を降らせる。


「まさにこれぞ、正々堂々騙し討ちです」


 オーリーの作戦は成功した。


 ただ、それでもワイバーンやドラゴンは強くて……。

 多くの被害者は出たけど……。


 ウルミアとフレインについては、光の魔力を込めた網でからめ取った。

 正面から突っ込んでくるところを、アレスとソニアが受け止めて――。

 閃光の魔術で目眩ましをして――。

 岩陰に潜んでいた精鋭が背後から。

 ――それもまた、正々堂々の騙し討ちだった。


 魔王には、「卑怯者、恥知らず」と、ののしられたけど――。


 オーリーは、竜人族の行動を完璧に見抜いた。

 彼の作戦勝ちだった。


 ウルミアについては、即座に無力化できた。

 勇者2人で聖剣を突き刺したのだ。

 そしてメルフィーナ様が、その圧倒的な光の魔力で昏倒の魔術を行使し、魔王の屈強な意識を完全に刈り取った。

 さすが、というしかなかった。

 勇者と聖女様は、魔王すら上回る力を持っているのだ。


 ただ、その後で被害が出た。


 剣で突き刺されたウルミアの姿を見たフレインが暴走状態に入ったのだ。

 その力は、メルフィーナ様の魔力が十分に込められた光の網を、半分は引きちぎるほどだった。

 鋭い牙の噛みつきでソニアが重傷を負わされた。

 だけど、幸いにもそこまでだった。


 ソニアに噛みついたフレインの背中をアレスが聖剣で斬り裂いて――。


 斬り裂いて――。

 斬り裂いて――。


 5度、斬られたところで、ようやくフレインは倒れた。

 そしてフレインもまた、メルフィーナ様の魔術で意識を刈り取られた。


 ソニアはメルフィーナ様が癒やしたけど、竜人の牙は彼女の精神にまで届いていた。

 精神の回復には時間がかかる。

 ソニアが即座に前線に復帰することは不可能だった。


 ウルミアとフレインにとどめは刺さなかった。


 それもまたオーリーの計画だ。


 これからメルフィーナ様が行おうとしていること――。

 召喚の大儀式には、とんでもない魔力が必要になる。

 それこそメルフィーナ様の心身を捧げ尽くすほどの。

 それを少しでも軽減させるために、魔族の魔力を使おうと言うのだった。


 魔王ウルミアとその腹心のフレインは、死なないギリギリのところで生存させて、昏倒させたまま儀式の場へと連れて行く。


 2人をつなげば、少なくとも魔力不足に陥ることはないでしょう、と――。

 オーリーは冷徹に告げた。


 そして、その後――。


 休む暇なく、勇者アレスは次の作戦への準備を始めた。

 手薄になっているはずの魔王ウルミアの居城へと転移して、召喚の大儀式の助けとなる神器を奪いにいくというのだ。

 その神器があれば、さらにメルフィーナ様の負担は軽減されて、無事に儀式をおえる可能性は大きく高まるという。


 私はつくづくと思ったものだった。


 本当にメルフィーナ様は、愛されているのだなぁ、と。

 メルフィーナ様がいなくなることのないように、みんなが命を賭けている。


 それは当然かも知れないけど。


 なにしろ本物の聖女様として、多くの人々を救い、多くの人間同士の争いを諌め、魔族から国を守り、人類の平和を築いてきた方なのだ。


 対して私は、すべて、何もかも、見ているだけだ。

 何もできなかった。

 できるわけもない。


 なにしろ私には、経験も力も……。

 ないのだから……。


 私は最初から何も期待されているわけではなかったけど……。

 それは、とても。

 とてもとても、虚しいことだった。


 だけど、ともかく、すべては計画通りに進んでいた。


 あとは勇者アレスが、無事に魔王城から神器を持ち帰って来れば完璧だ。


 私は青空と島々と眺めて――。


 ぼんやりしているだけだけど。


 メルフィーナ様を始めとした神官たちは、今、この島にある光の大神殿の廃墟で儀式の準備を進めている。


 私は休憩していて良いと言われて――。

 その通りにしている。



「――リアナ様」

「ひゃっ! な、なに!?」


 ぼんやりしていると、不意に声がかかって驚いた。

 思わず変な声を出してしまった。


「メルフィーナ様がお呼びです。至急とのことです」


 きっと勇者アレスが凱旋してきたのだ。

 儀式を見届けるため――。

 私は身を返して、かつての光の大神殿へと走った。


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