第98話 私は戦場にいる(リアナ視点)




「……私、こんなところで、本当に何をしているんだろう」


 今更ながら、そう思わずにはいられない。

 何をしているのかはわかる。

 戦争だ。

 だけど、わからない。

 だって私は、何もしていないし。


 私、リアナ・アステールが今いるのは、人族の支配する北方大陸と、魔族の支配する南方大陸の中間地帯――。

 キナーエ浮遊島帯域と呼ばれる領域だった。


 話には聞いていたけど、キナーエは本当に不思議な場所だった。


 海の上に、大きく輪を描くように、たくさんの浮遊島があった。

 浮遊島と浮遊島は空間の歪みでつながっていて、歪みに飛び込めば、先にある浮遊島へと転移して渡ることができた。

 浮遊島には、たくさんの遺跡がある。

 魔素にも満ちた場所だった。


 なにしろここは――。


 北方大陸と南方大陸をつなぐキナーエという地帯は、かつての大帝国時代に大帝都と呼ばれる首都が存在していた場所なのだ。


 大帝都の中枢は、ドーナツの輪のように広がる浮遊島の内側――内海にあったという。


 その内海は暗い。

 真っ暗だ。


 今は昼で、空はどこまでも青くて、見渡す限りに光が満ちているのに――。

 内海だけは深い闇に染まっていた。

 一切の光をきらめかせることなく、どこまでも深く深く内海は沈んでいる。

 魔素に満ちたキナーエだけど、内海の領域には魔素が存在しない。

 飛行魔術等で迂闊に内海に近寄れば、力を失くして吸い込まれるように落下して二度と出てくることはできないという。

 かといって船で行こうとすれば――。

 内海の外周には、凶暴で巨大な海の魔物が多数生息していて――。

 近づく前に、たちどころに襲われてしまう。


 人間も魔族も、近寄れない場所だ。


 なので私たちは、ドーナツ状に広がる浮遊島で戦っている。


 そう――。


 今は戦争の只中なのだ。


 もっとも、今、私がいるのは北方大陸に近い浮遊島で――。

 すでに人類連合軍によって安全は確保されている。


 なので私のまわりに戦火はないけど。


 私は常に最後尾にいて、戦いがおわった後に移動してきただけだ。


 聖女として。




「はぁ……。どうしてこうなったのか」


 私は全身の力を落として、1人、ため息をついた。


 どうしてなのか――。


 愚痴ってみたものの、それはわかっている。


 それは3ヶ月前のことだ。


 私はヒュドラ防衛戦の中で光の力に目覚めた者として、あるいは聖女の資質を持つかもしれないと期待されて――。

 本当は違うのに、鑑定のために王都へと赴いた。


 光の力を使ったのはファーなのだ。

 私ではない。


 だから私は、鑑定を受けて、晴れて一般人認定されて――。

 すぐに町へと戻る気でいた。

 ファーとダンジョンに行こうって約束もしていたしね。

 ファーに負けないように、ただの足手まといにはならないように、早く町に帰って剣と魔術の訓練をしたかったのだ。


 王都についた私は、光の神殿で検査を受けて――。

 無事、私には光の魔力はなかった。

 私は正直、ほんの少しだけ残念に思いつつも、これで晴れて自由の身になれることにはホッとしたものだった。


 だけど私は帰れなかった。


 検査のおわった私に、面会者があるというのだった。

 本当に驚いた。

 それは、まさかの人物。

 ミシェイラ神聖国の国家元首である、聖女メルフィーナ様だった。


 光の神殿で、私は聖女様に言われた。


「強い目をしていますね」


 と。


 聖女様は美しいお方だった。

 わずか5歳の時に聖女となって、それから20年――。

 その姿は今日も光り輝いている。


 そんな方に、まっすぐに目を見つめられて、何やら肯定された私は――。


「ありがとうございます!」


 思わず思いっきり頭を下げてしまって――。


「話には聞いていましたが、本当に元気なお方のようですね」


 聖女様にクスクスと笑われて――。


「す、すみせまん……」


 赤面してしまったのは今でも覚えている。


「リアナ・アステール。その目を見込んで、実は貴女にお願いしたいことがあります」


 聖女様のお願いは、とんでもないことだった。

 なんと私に――。

 光の魔力のないことはわかった上で――。

 聖女になってほしいと言うのだ。


「光の神ルクシスより神託が降りたのです。闇の化身がこの大陸に現れ、人類は最大の危機を迎えることになる、と。それ故、それに対抗するため、光の化身を求めねばならないと」

「その話は存じていますが……。でも……。あの……。実は私の友達に、光の力を使うすごい子がいまして――」

「ええ。ファーというエルフですね」

「はい。そうです」


 私はファーこそ光の化身だと信じていた。

 だけど聖女様は言うのだ。


「その者は、残念ながら、どうやら魔族のようです。魔道具で擬態して、アステリア領への襲撃を補佐していたのでしょう」


 話を聞いて、私は本当に驚いた。

 なんとファーは……。

 魔物の一斉討伐の時、力を無くしてふらついていた魔族の少女を助けて逃げたというのだ。

 しかもその魔族の少女は、魔王を名乗ったという。


 魔王ジルゼイタ。


 幼い少女の姿をした、吸血鬼だという。


 私は知らなかったけど……。


 魔王ジルゼイダは、以前に他国に現れたことがあるという。

 その時には町のひとつが壊滅的な被害を受けた。

 ファーが助けたという魔族は、その時にジルゼイダを名乗った魔族の少女と、完全に同じ容姿なのだという。

 つまりはおそらく、本当に魔王だったのだ……。

 それをファーは助けた……。


「貴女が受けた光の力は、光の神ルクシスによる加護に間違いありません。それをファーという者は誤魔化したのです。貴女が光とつながり、覚醒することを阻止するために」

「そんな……」


 私はファーのはにかんだ笑顔を思い出す。

 不器用で実直な笑顔だ。

 いくら強くても、私にはとてもファーが陰謀を巡らす人間には思えない。


 だけど同時に、聖女様がそんな嘘をつくとは思えなかった。


「私は神託に従い、光の化身を求めて、かつての光の大神殿があった場所に行かねばなりません。そこは最前線です。当然、魔族側とは激しい戦いになることでしょう。戦争か儀式か、私は命を落とすことになるかも知れません。万が一、そうなった場合に備えて、私は新しい聖女を用意しておかねばなりません」

「それが私、ですか……?」


 私だった。


 私はすでに、王国限定ながら、聖女としての存在が広まっている。

 その噂は広まっていくことだろう。


 そして、私は貴族令嬢。


 演技くらいは、できて当然の存在だ。


「悪い言い方をすればお飾りとして、次の聖女が生まれるまでの間、居てさえくれれば良いのです。交代はスムーズに行われることでしょう。もっとも私は、貴女が覚醒すると信じていますが。リアナさん、突然のことで申し訳ないのですが、私たち人類の未来を守るために、これより私に従い、光の魔力に目覚めるための修行をしてくれますか?」


 嫌です。

 無理です。


 なんて言える雰囲気ではなかった。


 私はそうして、聖女様付きの見習い神官となって――。

 聖女様の魔術で即座に神聖国へと飛んで――。

 光の魔力に目覚めるための修行をすることになった。


 結果は、まあ、はい。

 目覚めることはなかったけど。

 光の神の声を聞くことは、私にはできなかった。


 でも、目覚めたことになった。


 私は、新しい聖女として――。


 メルフィーナ様と共に人類連合軍に同行することになった。


 我ながら、とんでもない話だ。


 なんの力もないのに、聖女として最前線に来るなんて。


 本当に……。どうしてこうなった!

 としか言い様はない。

 私は叫びたかった。以前のように、「助けて、ファー!」と。


 でも……。


 ファーは、実は魔族だという。

 魔王を助けて去ったというのは、本当のことのようだ。



 …………。

 ……。


「はぁ」


 私は深く深くため息をついて、青空と、青空に広がる浮遊する島々を見た。


 島々では、今――。


 私のいる場所からではわからないけど――。

 音も聞こえないけど――。

 きっと、人間と魔族が戦っている。

 みんなは、これからメルフィーナ様が行う召喚の大儀式を守るために、危険を承知で前線を拡大させているのだ。


 大丈夫だとは思う。


 魔族は強い。


 強いけど、強いからこそ、自らの力を過信しすぎている。


 そこを突けば、勝てる。


 実際、初戦は作戦通りに大勝利を収めたのだ。

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