第97話 復活の賢者

 回収作業がだいたいおわったところで――。


「ファー様」


 手に高純度の魔石を持った石木さんに、真剣な顔で声をかけられた。

 それは勇者パーティーの魔術師が持っていたものだ。


「うん。なぁに?」

「この魔石をいただくことはできませんでしょうか?」

「いいけど、どうして?」

「僕は、元の自分に戻りたく思います」

「元の自分って……」

「今の戦いで、僕は自らの無力を痛感しました。ただの人間では、僕は何もできないのだと。だから戻りたいのです。魔人に」

「それって、その魔石を体の中に入れるってこと?」

「はい。この魔石は、ニンゲンどもはどこで手に入れたのか――。大帝国時代でも貴重だった超高密度の魔石に間違いはありません。かつて僕が身に埋めたのと同等の品です。この魔石であれば僕は自分へと戻ることができます」

「痛くない……?」

「二度目なので問題はありません。お願いします」

「んー」


 私は返答に迷った。

 だって、です。

 それはつまり、こちらの異世界で生きていくという覚悟があればこそのことだ。


 石木さんは、時田さんと根本さんより信頼できる。

 あの2人は、やっぱりどこか怪しい。

 私に実害はないとしても、何か企んでいることは確実なのだ。


 なので石木さんには、まだ現代世界にいてほしい。


 パラディンでは頼りにならないしね。


 私が正直にそのあたりを語ると……。


 感涙の後、深く頭を下げられた。


「ありがとうございます……。この僕にそこまでの信頼を置いていただけるとは……。ですがどうかご安心ください。魔人に戻ればこそ、さらなる忠誠を尽くします。もちろん現代世界の方もお任せ下さい。どちらもこなして見せます」


 なら、まあ、いいか。


 私はとっても利己主義的に、石木さんが魔人になることを認めた。


「あ、それなら、私がやってあげるよ」

「ファー様が、ですか?」

「うん。任せて」


 まず間違いなくできるだろう。

 なにしろ私には、闇魔法『ダーク・リライト』があるのだ。


 これは、生き物の属性を書き換える恐ろしい魔法。

 ただし闇属性のみだけど。

 さらに媒体として、書き換えに適応した魔石が必要とのことなので、気楽に使えるものではないようだけど――。

 今はちょうど、ぴったりの魔石がある。


 私は魔法を覚えた。

 スキルポイントには余裕がある。

 大サービスで、ランク『Ⅹ』にまで上げた。

 これで成功率は300%。

 普通なら絶対に失敗する脆弱な一般人が対象でも、強制的に成功させられる。

 衰弱時間はゼロ。

 さらにレベルダウンやスキルロストと言ったペナルティもなしだ。

 適合する魔石さえあれば、実に気軽に生まれ変わることができる。


「じゃあ、いくね。魔石を胸に抱いて、しっかりと理想を描いてね」

「はい……!」


 変更属性は、種族。

 人間⇒魔人。

 設定は『ユーザーインターフェース』で簡単に決められた。


 発動。


 すると石木さんの体が黒い輝きに包まれた。


「う、うおおおおおおお! 力が漲る……! 僕は、僕はあああああ!」


 石木さんの高揚する声が聞こえた。

 しばらくすると、黒い輝きは石木さんの中に収束される。


 残るのは、溢れた魔力をオーラみたいに揺らめかせる石木さんの姿だった。

 まるでバトル漫画のスーパー野菜人のようだ。


 石木さんの胸の中に、大きな魔力の塊が生まれたのを私も確かに感じる。


 うむ。


 どうやらバッチリ成功したようだ。

 さすがは私。


 石木さんが片膝をついた。


「最大の感謝を。偉大なる闇の女王陛下。僕は無事、元の自分へと戻ることができました。これほどの喜びはありません」

「あはは。いいよー。これからもよろしくねー」

「はい。全身全霊を懸けて。――と」


 石木さんが脇に目を向ける。


 溢れた魔力の余波で、眠らせていた勇者パーティーが目覚めてしまったようだ。

 もっとも装備は剥がしたので、ただのインナー姿だけど。


「――試しても?」

「どうぞ」


 魔眼で昏倒させた勇者は寝たままだし、危険性はないだろう。


「ありがとうございます」


 石木さんが身を起こす。


「さあ、僕も素手ですよ。来るなら来なさい」


 両手を広げて、石木さんが勇者パーティーを戦いに誘う。


「ひ……。ひぃ……」


 とっくに心の折れているらしき神官の少女が、恐怖におののいて後ずさる。


 だけど他の面々は違った。

 戦意は戻ったようで――。

 目配せだけで作戦を決めて襲いかかってくる。


 石木さんは彼等の攻撃を避けなかった。

 正面から殴られて、蹴られる。

 だけど平然としていた。


「ふ。ふふふ。あーははははは! 貴方がたがどれだけの精鋭かは知りませんが、やはりたかがニンゲンなど、武具で身を固めなければこの程度のものですね! 残念ですが効きません! 痛くも痒くもありませんよ!」


 高笑いする石木さんの姿は、以前に出会ったアンタンタラスさんに似ていた。


 なるほど、友達だねー。


 私は、石木さんが魔人として生まれ変わった体を試しつつ、装備なしの勇者パーティーを蹂躙する様子を見ながら――。

 のんびりと、思うのであった。

 いや、うん。

 のんびりしている場合ではないのだけど。


 私は動けないでいる神官少女の首を掴んで持ち上げた。


 乱暴だけど――。

 仕方がない。


「目を見ろ」


 命じると、息を詰まらせて苦しむ神官少女は素直に言うことを聞いた。

 そして私は『魔眼』を使う。

 強烈に使った。

 少女は、さすがに神官だけはあって――。

 かなりの抵抗力はあるようだった。


 少女は水の魔力を持っていて、光と水の加護に守られていた。

 それを私は闇で染める。


 水の加護は、簡単に破れた。

 この世界において、光と闇の力は完全上位なのだ。


 光の加護には抵抗を感じたけど――。


 最終的には闇に染めて――。

 完全に魔眼の力を浸透させることができた。

 浸透させた効果は、魅惑。

 少女の私を見る顔が完全に蕩けたものになったところで、私は手を離した。


 いや、うん。


 こんな凶悪なことをやっているのは、いったい、誰なんだろう。

 私なのですが。


 とはいえ、さすがに、お城の人たちを殺しまくった輩に礼儀はいらない。

 これでも優しい方だろう。

 なにしろこの子は、生かしてあげているのだから。


「石木さん、そいつらは全員しばらく動けないようにしておいて」


 魔人と化した石木さんは余裕であしらっているけど――。

 やはり勇者パーティーは強い。

 並の人間ではなかった。

 いくら装備を剥いたとしても、元気なままお城に残していくのはリスクだと思えた。

 殺した方が無難だけどそれは憚られるので……。

 十分に弱らせた上で、魔王城に捕虜として残していこう。


 私は冷静にそう結論を出した。

 いや、うん。

 そんな結論を出してしまう私は、本当に何者なんだろうね。


「承知いたしました。――ダーク・プレス」


 石木さんは即座に、闇の重圧で残る面々を潰した。

 見事な弱らせだ。


「強靭な肉体に、強大な魔力。石木さんは、本当に魔人になったんだねえ」

「はい。すべてはファー様のおかげです」

「ちなみに賢者イキシオイレスとしては、どの属性が得意なの?」

「主軸となる属性はもちろん闇ですが、魔法としては火土水風――基本の4属性もすべて操ることができます」

「へえ、万能なんだね」

「4属性の中では、水魔法を最も得意としております。なので回復等の治療行為は、どうぞ私めにお任せ下さい」

「それは頼もしいね。今回は一緒にやろう」

「はい! 光栄です!」


 話したいことは多いけど、のんびりしている暇はない。

 まずは魔王城の人たちを助けないと。

 その後で神官少女から話を聞いて、ウルミアも助けに行かないとね。

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