第95話 異変の魔王城
転移は無事に完了。
またね、と言ってから、すでに数ヶ月。
私は本当に久しぶりに、ウルミアの魔王城のテラスに降り立った。
残念ながら出迎えはなかった。
まあ、しょうがない。
なにしろ久しぶりすぎるし。
「――ファー様、これは」
「うん」
ただ、感傷に浸っている余裕はなかった。
何かが起きている。
そのことを私はすぐに認識した。
血と鉄の匂いを感じる。
お城の中に入った。
お城の廊下は静まり返っていた。
血の匂いを辿っていくと、やがて殺されているヒトを見つけた。
鱗の肌と爬虫類系の尻尾を持つメイドの女の子が、3人。
逃げていたのだろう。
容赦なく背中を剣で斬られている。
私は新しい魔法を取得する。
闇魔法『リガルジテーションⅠ』。
対象の時間を巻き戻す魔法だ。
殺されて時間も経っていないようだし、『Ⅰ』でいいだろう。
蘇生ならば、光魔法『リザレクション』がそのまま蘇生魔法なので確実だけど、魔族の子なので闇魔法にしておいた。
魔法をかけると、3人はすぐに回復した。
「何があったのか教えて?」
私は優しくたずねた。
「いきなりニンゲンが攻めてきたんです……。1人は勇者と名乗っていました……。6人しかいないのにとんでもなく強くて、お城に残っていた兵士は、どんどん倒されて……。私たちは逃げようとしたんですけど……」
魔王城は、普段ならフレインを始めとした精鋭で固められているけど、今は大半の者が戦争に出ていて、守りは手薄になっていたようだ。
「容赦なく斬られたんだね?」
「はい……。あの、パーティーの時にお顔は拝見させていただいております。……ファーエイル様、ですよね?」
「うん。そうだよ」
「ウルミア様はご無事なんですよね? すでに殺されているというのは、ニンゲンどもの、ただの戯言ですよね?」
「うん。そうだよ」
「よかったです……。よかったあ」
女の子たちは、ウルミアの無事を聞いて安堵の表情を浮かべた。
「勇者たちはどこに行ったの? まだお城にいる?」
「わかりません……」
1人が首を横に振ると、別の子が教えてくれた。
彼女は即死せず、勇者たちの会話を最期に少しだけ聞いたという。
勇者たちは、お城の最上階を目指していた。
お城の最上階には『神託の間』があって――。
そこではなんと神様の声を聞くことができるという。
勇者は、そこにある何かを奪おうとしていたらしい。
ともかく私たちは最上階に急いだ。
途中にも、たくさんのヒトが倒れていた。
死んでいるヒトもいれば……。
まだ息のあるヒトもいた。
私はそれらのヒトも助けたかったけど、今は最上階に向かうのが先だ。
「失敗したね、私。噂を聞いた時に、すぐに来ていれば――」
走りつつ私は石木さんに愚痴った。
「いいえ、ファー様。それですとファー様は、襲撃よりも先にこの場所を去って、魔王救出へと向かわれている可能性が高いと」
「そっか……。そうだね……」
状況を見るに、襲撃は今まさに行われているところだ。
それは確かにそうかも知れない。
「でも勇者って、どうやってここまで来たんだろうね。やっぱり転移魔法なのかな」
長く続いた階段を上りながら、私は石木さんにたずねた。
「恐らくは。魔族の土地を抜けてここまで歩いてくるのは現実的ではないかと」
「だよねえ。人間にも使えるんだね」
聖女や勇者と呼ばれる存在なら十分に有り得るのか。
だとすれば――。
この先にいるのは強敵だろう。
そして、いつどこから奇襲が来るのかわからない。
私はアイテムBOXからハルバードを取り出して、手に構えた。
「――人間も強くなったものですね。僕がいた時代には、転移魔法など夢のまた夢、回復魔術を使うだけで精一杯だったものですが。もっともアーティファクト――大帝国時代の遺産を使っている可能性もありますが」
「ちなみに、狙われたアイテムに心当たりはある?」
「神との交信を可能とする魔道具と言えば、アルター・ディスクでしょうか。神階言語の刻まれた祭壇としての機能を持つ円形の石版で、大帝国時代では大魔法を行使する際の補助具として広く使われていました」
「そのアイテムがあれば神様と話せるんだ?」
「資質があれば、ですが」
「誰でも可能ってわけではないんだ?」
「対象とした神との間につながりがなければ、通じることはありません」
「なるほど」
聖女は、どうなんだろうか。
光の神と縁が深そうだし、つながりはありそうだ。
リアナが何かやろうとしているのか……。
まさかとは思うけど。
そもそもリアナは、普通の子だしね。
光の力なんて持っていない。
やろうとしているとするのならば、それは本物の聖女の方だろう。
あるいは、勇者か。
私たちは走って――。
走って――。
ついに階段の先に、最上階の空間が見えた。
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