第94話 異世界見学




 私がエアコンの効いた自室で灼熱の季節から逃避している内――。

 久しぶりに訪れた異世界は大変なことになっていた。

 広場で酔っ払いが言っていた。

 聖女リアナ様が勇者様と共に人類連合軍を率いて、魔族軍を打ち破って、竜王の魔王を光の遺跡に囚えたと。

 リアナとは、私の友達のリアナのことだろう。

 竜王の魔王とは、ウルミアのことだろう。

 ウルミアとフレインは竜人族と言っていたし。


 つまり……。


 リアナとウルミアが戦って、リアナが勝ったのか。


 私の知るリアナは、なんちゃって聖女で、光の力なんて持たない子だったけれど……。

 光の神殿で覚醒とかをしたのだろうか。

 あるいは、リアナは飾りで、勇者様とやらがウルミアを倒したのか。


 なんにしても、捕まっている――。

 すなわち、まだ生きている。


 ならば私は、助けに行かねばならないだろう。


 ウルミアを見殺しにはできない。


 とはいえ、その話は酔っ払いから聞いただけだ。

 情報の精査は必要だろう。

 本当は惨敗していて、真逆の情報が流れている可能性だってある。

 日本も戦時中はそうだったと言うし。


 ならまず行くべきは、ウルミアの魔王城か……。

 そこなら真偽は判明するはずだ。



 そんなことを考えつつ、私は異世界ツアーを続けた。

 中央広場を出て通りに入る。

 通りには、たくさんのお店が軒を連ねていた。

 食料品店が一番に多くて、衣服や装飾品の店も数は多かった。

 剣や防具を並べている店もあった。


 ツアー自体は楽しく進んだ。


 途中、パラディンが足をもつらせて人にぶつかってしまう事故があったけど、どうやらそれはわざとのようで――。

 言葉が通じないながらも相手に謝って――。

 ちなみに相手は、いかにも陽気な雰囲気の若い獣人の女の子だった。

 白い獣耳と白い尻尾が、日差しにきらめいて綺麗だ。

 近所で働いている子なのだろう。

 女の子はエプロン姿だった。

 手に持ったカゴには、いくつかのフルーツが入っていた。


 仕方がないので様子を見ていたら――。

 すぐに打ち解けて、楽しそうに言葉を交わす。


「ファルシ? ファルシって名前なのか? 俺は、パラディン! おう、いえす! マイネーム!」


 ただ、話は噛み合っていない。

 言語が違うから、お互いに言葉は理解できないしね。


「はぁ、もう。ファルシは名前じゃないよ。多分、料理の名前。彼女は、うちの名物のファルシを食べに来ない?と言っているの」


 私は仕方なく通訳してあげた。


「おお! いくいく! お姉様、名前も聞いてくれよ!」

「はいはい」


 聞くと教えてくれた。


「スクレだって」

「スクレ? ファルシのスクレな! ファルシ! スクレ! ファルシスクレ!」


 パラディンがノリノリでそう言うと――。

 なんかスクレさんにはウケた。

 私は呆れつつも感心した。

 言葉も通じないのに、あっという間に仲良しとは。

 恐るべきコミュ力だ。


 というわけで、私たちはスクレさんの働く食堂に行くことになった。


 時刻は、ちょうどお昼時になっていた。


 通りにオープンになっているお店は、かなり大きかった。

 繁盛店のようだ。

 たくさんのテーブルが置かれている。

 お店にはすでにお客さんの姿も多かったけど、まだ空いているテーブルもあったので、私たちは二手に別れて席についた。


 私のテーブルは、パラディン、アシスタントさん、ヨヨピーナさん、ヒロ。


 もうひとつのテーブルは、石木さん、アーシャさん、時田さん、根本さん、クルミちゃん。


 石木さんは、こちらの世界の言葉を理解できる。

 なのでお願いした。

 石木さんは、ついに念願の異世界に戻ってきたせいか……。

 それとも戦争の話を聞いたせいか……。

 広場を出てから、ずっと心ここにあらずだったけど。


「はい、どうぞー! これがうちの名物のファルシだよー! せっかく王都に来たなら、まずはこれを食べないとねー!」


 スクレさんは料理を持ってきてくれる。

 あとで知ったんだけど、ファルシとは詰め料理の総称らしい。

 出てきたのは、縦に切ったパプリカに、刻み肉と刻み野菜を詰めて焼き上げたものだった。

 サイズは大きい。

 コンビニで売っている肉まんくらいの大きさがあった。

 ひとつでも十分にお腹が膨れそうだ。


「他はどうする?」

「普通に昼のおすすめでお願い」

「はーい!」


 お店の中でも、話題はもっぱら戦争に勝ったことだった。

 昨日、王都に届いたばかりの速報らしい。


 食事はおいしくいただいた。

 水も冷たくて美味しかった。


 ちなみに水は、水の魔石をセットした魔道具のポットから出されていた。

 コンロには火の魔石が使われているようだった。


 時田さんに頼まれて質問すると、スクレさんは快く見せてくれた。


 王都では庶民でも普通に魔道具が使えるようだ。

 さすがは国の中心といったところだろう。

 お店の照明も魔道具だった。


 時田さんと根本さんは、それらを見て酷く驚いていた。


「文明レベルは高いのか低いのか、判断が難しくなるね、これは。建物や人々の姿を見る限り中世レベルだと思えていたが」


 根本さんが言う。


「魔法の文化圏だ。我々の尺度で安易に推し量るのはよした方がよかろう」

「うむ……。そうだな……。懐中電灯やライターやトランシーバーを持ち込めば、奇跡の品物扱いで大儲けできるかとも思っていたが、その程度の品では難しいか。お姉様、コンピュータ等の電子機器のようなものはあるのだろうか?」

「さあ、どうでしょうか。少なくとも私は見たことがありませんけど」


 問われて、私は答えた。


「そうか。それなら――。あるいは食品でもよいかもしれんか」


 根本さんは異世界と交易をする気満々のようだ。

 それについてはキチンと言わせてもらった。


「今のところ、異世界と取引をするつもりはありませんからね? 私が持ち込む魔石だけで何かやるとしても考えて下さい」

「これは失礼。今のは可能性を述べていただけです。もちろんお姉様の意思次第であることは承知しております」


 根本さんはすぐに引いてくれたけど――。

 気持ち自体はわかる。

 未知の世界、未知の市場が目の前に広がっているのだ。

 可能性は追求したいよね。

 ウルミアやフレインみたいに、いきなり戦うことを考えないだけマシとも言えるし。


 食事をおえて、私たちは店から出た。


「スクレさん、可愛かったな! 俺は今、運命の出会いを感じている! 俺の人生は、実はこの世界にこそあったのかもしれない!」


 パラディンが、懲りることなく1人で愛を語った。


「またですかぁ」


 それを聞いたヒロが苦笑する。


 この後は、いろいろなお店を巡った。

 お土産タイムだ。

 交易はしなくとも、せっかく異世界の来たのだからお土産くらいはいいよね。


 根本さんは、特に熱心に、現代世界にないような野菜を買っていた。

 いいのだろうか……。

 とは思ったけど、政治家なのだし上手くやれるだろう。

 あまり駄目駄目いうのも雰囲気が悪くなるので、私は許容することにした。


 時田さんは、ポットの魔道具を購入した。

 価格は金貨1枚。

 庶民でも気楽に、とはいっても、それは王都に限った話なのかも知れない。


 ちなみにお買い物の途中では一度だけトラブルがあった。


 なんとヒロが男の人にぶつかってしまったのだ。

 もちろんわざとではない。

 軒先に置かれていた木工品に、つい目が行ってしまっていたのだ。


 残念ながら男の人は、荒っぽいタイプだった。


 ヒロは異世界語で怒鳴られて、ビクリと肩をすくめた。


 すぐさま石木さんが前に出ようとする。

 それは私が制した。

 なにしろ石木さんは、びっくりするほど迷いなく殺意を漲らせたから。


 ここは、まあ、うん。


 私が適当に『魔眼』で困惑させておわりにしよう。


 と思ったのだけど――。


 なんとここでもパラディンがうまくやった。

 謝りつつも下手には出ない態度で、言葉も通じないままやりとりして、すぐにお互いに肩を叩き合って笑った。

 男の人は笑顔で去って行った。


「おう。またな」


 それをパラディンは笑顔で見送る。

 陽キャ、恐るべし。

 やはり、人にはひとつくらい誰にでも長所があるものだね。

 と私はつくづく思うのだった。


 そんな中、石木さんにコッソリと言われた。


「……ファー様、魔族領に行くのであれば、どうか僕も同行させて下さい」

「うん。わかった」

「ありがとうございます」


 アンタンタラスさんとは旧知の仲だと言うしね。

 まあ、いいだろう。


 こうしてつつがなく――。


 初めての異世界見学ツアーはおわった。



 みんなを送り届けた後、変更していた髪の色を元に戻して――。

 石木さんを拾い直して――。

 私は、ウルミアの魔王城へと飛んだ。


 飛ぶ前には、カナタとして、ヒロのSNSにメッセージを入れておいた。


 今夜は遅くなるかも知れないけど心配しないでね。

 仕事関係です。

 警察にも連絡はいらないから、お父さんとお母さんに伝えておいて。


 と。


 門限までには帰りたいけど……。

 さすがに今夜は、無理かも知れないしね……。


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