第93話 閑話・石木セリオは異世界に戻って……。





 魔素に満ちた懐かしい空気に、見覚えのある懐かしい双頭の岩山。

 そして、現代日本には決していない牙の長い虎。


 僕、石木セリオは――。


 数年ぶりに戻ってくることのできた異世界に、感動することを止められなかった。


 数年――。


 僕にとってそれは、本当に数年のことだったが――。


 なんと異世界では、イキシオイレスとしての僕が死んでから1000年前後の時間が経過してしまっているという。

 それは、とてつもなく長い年月だが――。

 アンタンタラスは存命だというし、10座の魔王も健在だという。


 そして、『大崩壊』の後――。


 人間どもは団結して力を得て、北方大陸を支配し、国を作り――。

 南方大陸の魔王たちと抗争を繰り返しているという。


 戦況は互角らしい。


 現代世界と比べれば魔素に満ちた今の異世界も、僕のいた『大帝国』の時代から考えれば遥かに魔素は薄くなっている。

 故に魔族は、『大帝国』時代のように魔法を使えず――。

 圧倒的に数で勝る人間どもに、苦戦を強いられることも多いらしい。


 と、僕はファーエイル様から聞いた。


 人間ども……か。


 考えて、僕は小さく自嘲する。


 僕は『大帝国』時代、確かに魔人だった。

 自ら体に魔石を埋め込み、進化したのだ。


 だけど今の僕は、ただの人間。


 死んで現代日本に巻き戻った時、なぜか魔石だけは体から分離してしまった。

 肉体自体は、進化したそのままだったのに。


「さあ、みんな。飛ぶからね」


 ファー様が言う。


 陛下がこれから連れて行ってくれるのは、なんと人間の町だという。


 魔族の町ではないのか――。

 僕は落胆して思ったが、今の僕は人間だった。

 同行するメンバーも、吸血鬼のアーシャ以外は全員が人間だ。

 なので人間の町に行くのは当然か。


 ファー様の転移魔法は、一瞬で完了した。


 気づけばそこは、人間の町。


 ネスティア王国の王都、その中心たる中央広場の一角だった。


「……アーシャ、油断するなよ。ここは人間の町。君にとっては敵の領域だ」

「はーいー。勝手には動かないから安心してー」

「うん。それがいい」


 ファー様の近くにさえいれば、危険はないだろう。

 あったとしても一掃できる。


 間近に見る王都は、僕の記憶に残るかつての町とそれほど変わらなかった。

 石と木で組まれた西洋的な景観だ。

 馬車の姿もある。

 文明のレベルとしては、それほど進化していないようだ。


 広場は賑わしかった。


 まだ午前なのに、大勢の人が出てきていて、まるでお祭り騒ぎだ。


「じゃあ、まずは広場をくるっと一周しようか。石木さん、最後尾をお願いしてもいい? 何かあれば声をかけるか対応して」

「了解しました」


 ファー様の命に従って、僕は同行者たちの後に続いた。


 パラディンも今は、異世界の町に入ったばかりとあって、さすがに大人しい。

 ただ早くも、女ばかり見ているようだが。


「すげー。獣人ってヤツだよな、あの子。尻尾と耳がフリフリで可愛いよなー。触ったらどんな感触がするんだろうな」

「柔らかそうですよね」


 パラディンのとなりにはヒロが並んで、笑顔で受け答えしている。

 ヒロは特に警護対象だ。

 妙なことに巻き込まれないように、よく見ていなくては。


「セリ様、なんだか怖いですね……」


 クルミは僕の右にいて、僕の服を軽く掴んでいた。

 今のところ、楽しむよりは怯えている。


 僕の左にはアーシャ。

 彼女は口を開かず、日傘の下で興味深げに景色を見ていた。


 時田と政治家も静かに様子を見ていた。


 ヨヨピーナは生意気にもファー様のとなりにいた。


「本当に異世界なんですね……。景色だけならヨーロッパでも通じるかも知れませんが、人の姿が違いすぎますよね……」

「だねー」

「私、夢を見ているわけじゃないですよね。ちゃんと自分で歩いているんですよね」

「感触はあるよね?」

「はい……。ありすぎて怖いですよ……」


 ファー様と普通に会話している。

 羨ましい。


 広場には人間だけでなく、獣人族の姿もある。

 さらにはドワーフもいた。

 他にも少数ながら、リザードマンの姿さえ見られる。

 獣人やリザードマンは魔族としても存在するが、ここにいる彼等は体内に魔石を持たず、総じてヒトに似た外観をしている。


 広場を歩く中、午前中から酒を飲んで乾杯する男たちの声が聞こえた。


「かんぱーい! 勝利に!」

「勝利に!」


 なるほど……。

 お祭り騒ぎは、まさにお祭り騒ぎだったわけだ。

 勝利と叫んでいるということは、魔族との戦いで勝ったのか。

 どうせ小競り合いだろうが――。


 と、僕は思ったのだが――。


「いやあ、まさか、魔王を生け捕るとはな! 聖女様と勇者様はすごいわ!」

「特に聖女様だろ! なんつってもこの王国のお方だぞ!」

「だな! 聖女リアナ様に乾杯!」


 なんて声までもが聞こえて、僕は一瞬、激しい怒りを覚えたが――。

 それは我慢して飲み込んだ。


 ただ、その会話はファー様にも聞こえたようだ。

 足を止めたファー様が、その男たちにたずねる。


「ねえ、魔王が捕まったってホントなの? 聖女はリアナって名前なの?」

「はぁ!? 何いってんだよ、今さら」

「私、今日ここに来たんだよ」

「ああ、よそもんか。ていうか、エルフか。珍しいな」

「ねえ、教えて?」

「安心しろ。本当のことだよ。新しく聖女に選ばれたリアナ様が、勇者様と共に人類連合を率いて魔王軍を打ち破ったのさ。で、その時に魔王を、キナーエ浮遊島帯域で奪還した光の神の遺跡に封印したんだよ」

「そーそー。すげーなよ。これで光の化身様の召喚にも成功すれば、もう俺等の勝利! 魔族連中なんて全滅さ!」


 わははははははは!


 酒を飲み、男たちが上機嫌に笑う。


「ねえ、捕まった魔王は、なんていう名前なの?」

「名前は知らねぇけど竜王って話だぞ。バカすぎて簡単に罠にかかったんだとよ」

「そっか。ありがと」


 ファー様は顔色ひとつ変えず、その場を離れた。

 そんなファー様にヨヨピーナが再び話しかける。


「今、どんな会話をしていたんですか?」

「お祭りは楽しいねって話だよ」

「あー。そうですねー。ここって、まさにお祭りって雰囲気ですよねー。本当にお祭りだったんですね、今日は」


 ヨヨピーナたちはこの世界の言葉を理解できない。

 なので楽しい雰囲気だけを感じているようだった。


 僕は、理解できる。


 年月が流れていても大帝国時代の共通語は、ほぼそのまま使われていた。


 僕は正直、内心で煮えくり返っていた。


 魔王が捕まるなど、決してあってはならないことだ。

 アンタンタラスは何をしているのか。

 ヤツがいながら、なぜそんな体たらくになっているのか。


 ファー様は何を思うのか。

 何も思わないはずがないことはわかる。


 ファー様はこちらの世界で、すでに魔王と交流したと言っていた。

 詳細までは教えてもらえなかったが――。

 友好的な関係であることは、ファー様の様子から確実ではあった。


「――ファー様、先程の件ですが、いかがいたしますか?」


 僕はタイミングを図って、他の者の注意が離れた隙に、ファー様に囁きかけた。


「……そっか。石木さんは、こっちの世界の言葉がわかるんだよね」

「はい。緊急事態のようですが」

「とりあえずツアーは進めよう。少し考えるよ」


 ただファー様に、すぐに何かをするつもりはないようだった。


 僕たちはトラブルに巻き込まれることなく、賑わう中央広場を一周して、王都の町並みと人々の様子を堪能した。

 多様な人々が集まる中、僕たちが奇異の目で見られることもなかった。


 僕は、できれば今すぐにでも飛んで、魔王領に行きたかった。

 そして、アンタンタラスのヤツを捕まえて、いったい、どうなっているのかを問いただして救出作戦を組みたかった。

 だけど、今の僕には無理な話でもあった。

 なぜなら今の僕は、ただの人間。

 いくら魔法が使えても、人間の体では魔人だった頃ほどの威力は出せない。

 そもそも魔族領に行けば、即座に殺されることだろう。


 魔人に戻りたい――。


 僕は心から、それを切望した。

 ただ口にはしない。

 なぜなら今は、楽しい異世界ツアーの途中だからだ。

 ファー様のうしろに、僕は黙って続いた。


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