第91話 異世界見学ツアー、集合編
3連休初日、午前8時。
東京の、とある大きな公園の片隅。
私が転移すると、すでにツアーの参加者たちは集まっていた。
「おはよう」
銀色の髪を朝日にきらめかせて、私は爽やかにご挨拶。
すると真っ先にヨヨピーナさんが言った。
「……ファーさん、この日傘の青白い顔のお方、吸血鬼だとおっしゃるのですけど、それは本当のことなのでしょうか?」
ヨヨピーナさんは、映画に出てくるような探検家スタイルをしていた。
よく似合っている。
「うん。そうだね」
会うのは初めてだけど、確かに人外だ。
闇の魔力を内包している。
「そ、そうですか……。いきなりびっくりですね……」
というわけで、メンバーの確認。
今日のツアーは、関係者1名の同行を許している。
時田さんと石木さん、それにパラディンからもお願いされたので特別に許可したのだ。
「おはようございます、お姉様! 今日という日の到来を、僕はこの数年、一日千秋の思いで待ち焦がれていました! 本日はよろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げるのは石木さん。
石木さんは、バッチリ気合の入った服装をしていた。
まるで執事のようなスーツ姿だ。
普通ならおかしいと思うところだけど、これがまた似合いすぎているのが怖い。
違和感がなかった。
まあ、うん。
衣服については、必要なら向こうのお店で買えばいい。
お金はあるので。
「アーシャと申しますー。お会いできて光栄ですー。その節はご無礼申し上げましたー」
石木さんのとなりにいるのが、初対面になる吸血鬼のお姉さん。
美人だけどトロンとしていて、なんとなく眠たげな感じの人だ。
同じ吸血鬼族のジルに印象は似ている。
日傘に長袖のワンピース姿。
流暢に日本語を話しているけど、見た目的は外国人だ。
まあ、それを言ったら私もだけど。
ちなみに彼女が以前、日曜日の公園で霧を発生させて、ヒロたちのことを襲おうとした石木さんの自作自演については、すでに時田さんから聞いている。
石木さんは「うっかり言い忘れていたのです! 確かめたかっただけで危害を加えるつもりはありませんでした!」と、必死に弁明していたね。
二度とヒロにはちょっかいをかけないと誓約したので、許してはあげた。
まあ、うん。
時田さんも石木さんも、同じ穴のムジナな策士ということだね。
ちなみにアーシャさんは……。
石木さんと同じで異世界への移住を希望している。
今回は見学だけだけどね。
「おはようございます、お姉様。本日はよろしくお願いします」
次には時田さんと挨拶した。
時田さんも正装、スーツにネクタイ姿だ。
ビシッとしている。
「こちらこそ。でも、さすがに時田さんにお姉様呼ばわりされると恥ずかしいですね」
「フフ。いずれは社長と変えさせていただきますので」
「あー、会社ですよね」
「私は公務員なので役員にはなれませんが、全力で環境は整えさせていただいております。お借りさせていただいた大量の魔石での魔道具制作も順調です。年内には目処をつけますので、どうぞ楽しみにお待ち下さい」
「フンッ! 制作しているのはほとんど僕だがな!」
「フ。普通では手に入らぬ貴重な素材を提供しているのは私だが?」
会社設立は、石木さんと時田さんが主導して進めている。
すべて任せてあるので詳細は不明だ。
魔道具って、どんなものなんだろうねえ。
しかし時田さんも、石木さんに合わせてか、いつの間にか、私に対して当然のように敬語を使うようになっている。
まあ、いいけど。
私は華麗にスルーすることを決めている。
時田さんと石木さんが不毛な言い争いをしていると――。
「コホン」
となりにいた男性が息をついた。
こちらもビシッとスーツを着込んだ――。
え。
私はあらためて、その顔を見て気づいた。
時田さんが言う。
「失礼。お姉様に彼のことを紹介せねばなりませんでした。彼は、衆議院議員の根本颯太朗。私とは旧知の仲です。今回、1人の同行が許されるということで連れてきました」
「根本颯太朗です。お会いできて光栄です。異世界のお方」
「どうも……」
今日の同行者には私のことを伝えていいとは言ってある。
なので異世界のお方と呼ばれても別におかしくはない。
ただ、とはいえ、よく来たものだと思う。普通は信じないだろう。
「ククク。疑われる気持ちはわかりますが、彼とは本当に旧知の仲なのです」
「実は時田には、いろいろと助けてもらっています」
「というと、魔術で、ですか?」
「はい。魔術世界のこともよく知っているので、どうぞご安心下さい。余計なことは決して言わないとお約束します」
根本颯太朗は、私でも知っている新進気鋭の政治家だ。
年齢は30代半ば。
ニュースに出てくることも多い。
人気も高くて、将来は総理大臣になるかも、なんて言われている男だ。
「将来、異世界と日本と――。もしも国交を開くことがあれば、その時にはぜひ、この私、根本が仕事をしたいと思っております」
「そうですか。その時にはよろしくお願いします」
「私もお姉様とお呼びすれば?」
「失礼しました。まだ私は、名乗ってもいませんでしたね。ファーと申します。ただ、そうですね……。呼び方については、申し訳ありませんが、お姉様でよろしいですか? 私の名前は異世界で恐怖の対象なので」
「わかりました。しかし、恐怖の対象とは」
ここで私は石木さんに目配せした。
石木さんが言う。
「こちらにおわしますのは、かつて世界規模の大帝国を築き上げ、絶対皇帝、大魔王、そして闇の女王として君臨あそばされた偉大なる御方にございます。今は神となり、こうしてヒトとしての余生も楽しんでおられるのです。ただ人間世界では、その存在が偉大すぎたために、恐怖の象徴として今でも恐れられているようです」
また大げさな。
とは思ったけど、だいたいそんな感じするので否定はしなかった。
大きく見られていた方が安全だしね。
侮られると、笑顔の裏で何をされるかわからないし。
ちなみに今の異世界で恐怖の象徴になっているというのは私が石木さんに教えた。
「つまり異世界の元首は、まさに彼女であると……?」
「当然です」
石木さんが堂々とうなずく。
「これは失礼を」
根本さんが深々と頭を下げてくる。
「石木さん、さすがに大げさ。根本さん、それはすべて、1000年前におわった過去の出来事ですからね。今の私は、人間世界でも魔族世界でもまったく権力を持たない、異世界とこちらをフラフラするだけの普通の子です」
「はい。承知しました」
根本さんは、すぐに笑顔でうなずいてくれた。
さすがだ。
と、ここで私はパラディンに目を向けた。
「珍しくおとなしいね?」
私は言った。
今日のパラディンは、とっても静かだ。
同行者のアシスタントの人と共に、脇で黙って立っていた。
「いや、そりゃそうだろ……。なんで有名な政治家がいるんだよって話だろ……。それにおい、時田のヤロウ――、あ、いや、時田さんなんて、警察の人間なんだって? しかも偉様? 一言も聞いていなかったぞ俺は……」
「そりゃ、普通はペラペラと言わないでしょ」
特に私たちとは、警察として活動しているわけではないし。
「私もいいですか?」
ヨヨピーナさんが手を上げる。
彼女は同行者なく1人だ。
「うん。なぁに?」
私が聞き返すと――。
「何と言いますか……。異世界旅行とは聞いていましたが……。今日は、不思議スポットを巡る旅なんですよね……?」
「あー、そっか。そうだよね。詳しいことは話していないもんね」
「あと、あの、当然のように魔道具とか魔術とか、そんな言葉が出ているんですけど……。私、そういうのを探して、ひたすら生きてきたんですけど……」
「あー、それもね。世間には秘密らしいからね。一般人は知らなくて当然だと思うよ」
「というと……。冗談ではないと?」
「私もそうだよね?」
「はい。言われてみればそうなんですが……」
「何にしても今日、わかると思うよ」
「そ、そうですよねっ! 楽しみにさせていただきます!」
私が笑いかけると、背筋を伸ばしてヨヨピーナさんは納得してくれた。
よし。
いいね。
「じゃあ、行くね。みんな、私に触れて。パラディンは、私の胸とかお尻に触ったら、今度こそ水の底に沈めるからね?」
私は一応注意しておいた。
「な、なななな! き、貴様ぁぁぁぁぁぁ! いつもの迷惑配信のノリで、偉大なるファーエイル様にまで破廉恥な真似をしたのかぁぁぁぁ!」
すると、なぜか石木さんが激昂した。
「陛下、このイキシオイレス、帝国貴族の権限において、これより重罪人の始末を即決執行させていただきます」
手に業火を巻いて、石木さんがとんでもないことを言う。
「駄目です。ここは帝国じゃないからね? そもそも単なる事故です」
「し、しかし!」
「はーん。なんだおまえ、女なんていくらでも自由にできそうなのに、羨ましいのか? 火なんて起こしやがってよ」
火のことは気にせず、パラディンが石木さんを煽る。
パラディンは、以外と大物になるかもだね。
もう大物か。
登録者100万名以上の人気者だった。
「貴様という男は! ファーエイル様に対して、なんという無礼な!」
「はいはい。そこまでね、いくよ。そもそも石木さん、私の正式名称を言わないでね。普通に禁則事項だよ」
「失礼しましたぁぁぁぁぁ! かくなる上は死んでお詫びを!」
「これから異世界に行くのに?」
「あ、いえ、はい。では、」
「いいから。いくよ」
「ねえ、ねえ、ファーさん、あ、お姉様……。今、石木さんの手に火が……」
ヨヨピーナさんが震える声で言う。
「彼も魔術師だしね」
私は普通に答えた。
どうせ異世界に行くのだし、隠す必要もないだろう。
「そうなんですか……。今日は、すごい1日になりそうですね……」
ともかく、みんなに体に触れされて――。
光魔法『テレポート』実行。
私たちは、私の家の庭に飛んだ。
庭に飛ぶと、すでにヒロとクルミちゃんが待っていた。
ヒロとクルミちゃんは異世界の服を着ている。
以前に私が屋台のお姉さんから買ったものだ。
今日はこれを着てきてね、と、事前にカナタから渡しておいた。
「おはよ、ヒロさん、クルミさん」
私が笑いかけると――。
2人には思いっきり呆然とされたけど――。
なにしろ唐突に現れたしね、しかもみんな揃って。
まあ、うん。
気にしない。
「さあ、2人も私に触れて。これより異世界見学ツアーに出発するよー!」
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