第90話 あっという間に9月です




 こんにちは、カナタです。

 私は今、いつもの我が家のいつもの自室で、ファーの姿でぼんやりとしていた。

 ベッドに寝転んで、ゴロゴロしています。


 季節は晩夏。

 9月。


 時の流れは早いもので、世間ではとっくに夏休みもおわって――。

 学校では2学期が始まっていた。


 なのに未だに日本は暑くて連日の猛暑だけど――。


 それは私にはあまり関係ない。


 なにしろ私、冷房の効いた空間から外に出ることがほとんどないのです。

 私の部屋はエアコン完備なのです。

 私、夏の思い出はいりません。

 灼熱の季節は私にとって、早く過ぎ去ってほしい厄災なのです。

 季節よ変われ……!

 なのです。



 ちなみに今日も家には私1人。


 お父さんとお母さんは仕事。

 ヒロは学校。



 あれから――。


 時田さんと石木さんとパラディンが我が家に押し寄せてから――。


 すでに3ヶ月近くが過ぎていた。


 取引は無事におわった。


 私の銀行口座には今、1億円の大金がある。

 もっとも半分くらいは税金で取られるそうだけど。


 それでも5000万円。


 私のように無駄遣いしない子なら、余裕で引きこもっていられる。

 いつまでも、永遠に……。

 というには少し足りないけど。

 おそらく私は死ぬまで自由だ。

 実は時田さんには、さらに追加で魔石を渡した。

 石木さんにも渡した。

 合計100個。

 いや、うん。

 もうね、10個も100個も同じかな、と思いまして。

 この際だから、このチャンスを逃さず、一生分のお金を稼いでしまおうと冷静に考えて判断したわけなのです。

 ただ、そのお金はまだ受け取っていない。

 なにしろ高額になる。


 あと魔石は100個もあるのならば、今後も調達が可能だと言うなら、他国の魔術師にもいくらか流すことで更なる利益を狙える。

 加工すれば、魔道具として世界の大富豪にも売れる。

 との話も出てきて……。


 さすがに個人で扱える金額ではなくなるので、本当に会社を作ることになった。

 現在は、その準備が進められているところだ。


 まあ、とはいえ。


 詳細については、実はよく知らない。

 すべて「よきにはからえ」で、完全にお任せしてあります。

 それが無事におわれば……。

 私は18歳にして「億り人」というわけなのです。


 もはや、頑張る必要もない。


 異世界にも行かなくなった。


 異世界には、行かなくちゃいけないなぁ、とは思っているけど……。


 魔石も、もっとあればいいみたいだしね……。


 だらけている内、時間ばかりが過ぎてしまった。


「……リアナ、どうなったかなぁ」


 とっくに王都に着いて鑑定は受けたことだろう。

 そして、うん。

 私が魔族を助けて逃げたことも、とっくに聞いていることだろう。


「……ウルミアとフレインも元気かなぁ。あのジルって子も、ちゃんとおうちに帰って魔王をしているのかなぁ。アンタンタラスさんにも謝りにいかないとなぁ。殺してごめんなさい以外で適切な言葉を探さないとねえ」


 とはいえ、私の体は動かない。

 お金はあるしね。

 外は暑いし。

 我が家にいれば、いつも通りに涼しくて平和だし。


 動画については、上手くいった。


 なんと。


 ななんと。


 ずーっと停滞していた私のチャンネルは、今、登録者5000人を超えた。

 収益化は余裕で成し遂げた。

 私はついに、動画でお金を稼げる立場になったのだ。


 だけど感動はない。


 なぜか。


 まるで私の手柄ではないからだ。


 私の動画シリーズ『私が見てきた異世界の景色』は、現在、5本アップしたけど、どれも10万再生を超えている。

 すごい数字だ。

 今まで1000再生すらいくことはなかったのに。


 こんなにも伸びたのは、ヨヨピーナさんとパラディンのおかげだ。


 2人とも、私の異世界動画を自分の配信で話題に出して――。

 パラディンは「これは本物に違いない!」と叫び――。

 ヨヨピーナさんは「たしかに綺麗だけど、どう見てもゲーム画面」と言い――。

 見事な対立煽りを展開した。


 結果、私の動画は伸びているわけだ。

 うん。

 はい。

 私は何もしていない。


 まあ、動画を作ったのは私なのでありますけれども……。


 ちなみにヨヨピーナさんとパラディンは、裏でつながっている。


 私がいつもやっているMMORPGのゲーム内で合流して、私の動画を盛り上げるための作戦会議をしていた。


 私は、ヨヨピーナさんとは、なぜか普通にゲームで遊んでいる。

 最初は逃げていた私だけど……。

 何度も誘われる内――。

 いつの間にか一緒にレイドに行く仲になっていた。


 ホント、うん。


 パラディンといい、石木さんといい、時田さんといい……。


 どうしてここまで積極的に動けるのか、うちのお父さんも言っていたけど、やっぱり成功している人たちのバイタリティはすごいのです。


 私はすっかり取り込まれて、今では流されるままです。


「まあ、うん。いいけどさ」


 だって、その代わり、なーんにもしなくても、自由に生きていられる。

 私は部屋の中で、のんびりしていられれば、それでいいのです。


 私はカメでいいのです。


 いや、うん。


 カメは懸命に生きているか。


「なら私は、いったい、何なんだろうねえ……」


 謎の生物だ。


「あーでも、動くかぁ。このままだと私、謎の生物どころかスライムだよねえ」


 私はベッドから飛び起きて、うんと背伸びをした。

 実は、こちらの現代世界でも、先延ばしにしていたことがある。

 時田さんには異世界、ヨヨピーナさんには魔法のことが聞きたいと言われて、話すと言ったのにまだ一度も話していなかった。


 あと、石木さんには異世界行きを切望されていた。

 これも先延ばしにしていた。


「やりますか。異世界見学ツアー」


 サービスしすぎな気もするけど、実際に見た方が最高の体験になるだろう。

 私もそろそろ出歩かないとだし。

 自然の豊かな異世界なら、現代日本よりも涼しいだろうし。

 なにより面白そうだし。


 ただ問題なのは、ヒロとクルミちゃんをどうするかだ。

 正直、連れて行きたくはない。

 非日常の世界に2人を巻き込まない方がいいし。


 ただ以前、除け者にされたパラディンが発狂して、大騒動になった。


 万が一、除け者にされて、ヒロが発狂……。

 まではしなくても闇落ちしたりしたら……。


 考えるだけで恐ろしい。


 ヒロとは今、良好な関係を築けている。

 なんと最近では普通に、私のことをお姉ちゃんと呼んでくれるのだ。

 それは素晴らしいことだ。


 その状態を壊さないためには……。


「連れて行くしかないかぁ」


 幸いにもヒロは口が固い。


 クルミちゃんは危険な気がするけど……。

 現状、ネットに口軽な投稿をしている様子はない。

 なので、大丈夫だと思おう。


 ちなみにヒロとクルミちゃんは、羽崎彼方がファーであることを知らない。


 お姉ちゃんはお姉ちゃん。

 ファーさんはファーさんのままだ。


 このラインは守るつもりでいる。

 石木さんたちにも、絶対に秘密だと強く言ってある。

 もっともそのおかげで――。

 カナタとしての私は、年上で社会的にも成功しているみなさんから、なぜか「お姉様」と呼ばれることになりましたが。

 ゲームで世話をして大いに尊敬された、などという……。

 かなりかなり無理のある設定で……。



 みんなに連絡するのは簡単だ。


 SNSでグループを組んでいるので、そこにメッセージを入れればいい。


 私はこう入れた。


 ――ファーからの伝言です。次の3連休の初日に異世界見学ツアーを開催します。希望者はコメントをお願いします。


 やるなら休みが連続している時がいいよね。

 思いっきり遊んでも疲れが取れるし。


 返事はすぐに来た。


 全員参加となった。


 そして、9月の3連休の初日はすぐにやってきた。


 当日となる。

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