第89話 閑話・羽崎ヒロは姉に思う



 いったい、お姉ちゃんはどうしてしまったのだろう。

 私、羽崎ヒロは混乱していた。


 私の知る羽崎彼方は――。


 いつでも自信がなくて、オドオドして、本当にダメダメな姉だったのに――。

 ほんの数日で、まるで別人になった。

 視線も声も揺らぐことなく、笑顔は爽やかで、態度のひとつひとつに「できる人間」のオーラを感じてしまう。

 実際、石木さんやパラディンといった有名人を前に、萎縮するどころか堂々としている。

 2人の説明もお姉ちゃんが行った。

 お母さんも、後から帰ってきたお父さんも、カナタの説明で納得した。


 それで、今……。

 みんなで夕食を取っている……。

 親戚が来た時みたいにリビングに大きなテーブルを出して、みんなで座って仲良く……。


 不思議な光景だった。


「そうかぁ。しかし、ネットで喧嘩をして、ねえ。うちの娘がご迷惑をかけて申し訳ない」

「お父さん、迷惑はかけていないからね。こいつらが勝手に暴走して、迷惑をかけたの。ここに来たのだって完全に暴走だよね、実際」


 カナタは、パラディンさんと石木さんをこいつら扱いだ。

 いいのかなぁ、とは思うけど、2人はまったくカナタには頭が上がらない。

 不思議すぎる……。

 上下関係が出来上がっている。

 本当に、ゲームで何をしていたのだろうか。


「ねえ、貴方って、有名なモデルさんよね? テレビで見たことがあるわ」

「はい。ありがとうございます」

「すごいわねえ! 本当に肌も顔も綺麗なのね」


 お母さんは、石木さんがお気に入りの様子だ。

 ニコニコと話しかけている。


「ところで石木さんは、うちのカナタとヒロ、どちらと仲が良いのかしら」

「それはもちろんカナタさんです。カナタさんには昔からお世話になっておりまして。今の僕があるのはまさにカナタさんのお陰なんです。その大恩に報いるため、今後は身を粉にして尽くさせていただきたい所存です」


 石木さんが真顔で、とんでもないことを言う。


「ゲームの話ね。ちなみに私は、つい最近まで石木さんのことは知らなかったから。石木さんは冗談で言っているだけだからお母さんも本気にしないでね」


 すぐにお姉ちゃんが訂正した。


「あら。そうなの? なんにしても仲が良いのね」

「まあ、それなりにはね」


 お姉ちゃんが仕方なくと言った様子で肩をすくめると――。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 なんて感謝しながら、石木さんが滂沱した。

 本当にどういうことだろうか。

 わけがわからない。

 少なくとも石木さんに、私たちをからかっている様子はない。

 それは本当に、本気の涙に見えた。


「あと、時田さんでしたっけ……。先程の話は本当なのですか?」


 お父さんが心配そうな顔をして、時田さんにたずねた。


 先程の話とはカナタと1億円の取引をするという話だ。


 話を聞いて、私たち家族は驚くよりも先に揃って顔をしかめたものだ。

 だって絶対に詐欺だ。

 特にカナタなんてカモの中のカモだし。


 だけど結局、お父さんはカナタが石を売ることに同意した。


 石は実際に見せてもらったけど、中にぐるぐると渦巻く光があって、確かにものすごく価値がありそうだったし……。

 どこで見つけたのかは秘密らしいけど……。


 その後はなぜか、今後のことも考えてカナタが会社を持つのはどうだろう――。

 なんてことを時田さんが言い出して――。


 私にはチンプンカンプンだったけど……。

 パラディンさんと石木さんは、その話に大いに乗り気になっていた。


「……ねえ、お姉ちゃん。どういうことなの?」

「私にはわけがわからないよ。彼等は何がしたいんだろうね」

「そうなんだぁ……」


 いったい、3人は、私の姉のどこに、どんな可能性を見出しているのだろうか。

 石については、たまたま拾っただけって話なのに。

 ただ、うん。

 3人は間違いなくお金持ちだ。

 そのお金持ち3人が、カナタをハメる理由があるとは思えない。

 ドッキリなのだろうか。

 いや、でも、ドッキリだとしてもカナタを相手に選ぶだろうか。

 選ぶわけがない。


 3人は結局、好きなことを好きなようにしゃべって――。

 だけど結論はまた後日ということで――。

 帰って行った。

 再訪する気は満々の様子だった。


 そんな3人を見送った後、お父さんが言った。


「やっぱり、成功している人は違うね。すごい熱量で思わず呑まれてしまったよ」

「そうねえ。すごいわよねえ」


 それにお母さんも同意する。


「うん。そうだね」


 私もうなずいた。

 私たちは、3人に押されて、ほとんど何も言えなかった。


「しかしカナタ、大丈夫なのかい? 万が一のことがあっても、石木さんが全面的に保証してくれるとは言っていたけど」


 お父さんが心配してカナタに言う。


「平気だよ、任せて。と言っても私も好きにして状態だけど」

「……本当に大丈夫なのかい?」

「石を売るだけのことだよ。変な書類にはサインしないし、何も私は買わない。もちろん変な場所に行くこともないよ」


 カナタは平然としたものだった。

 しっかりしている――。

 と思う。

 1億円なんていう、とんでもないお金の取引をしようというのに、どうしてカナタは涼しい顔をしていられるのだろう。

 カナタを見ていると、1億円がはした金みたいに思える。


 本当に、私の姉はどうしてしまったのだろうか。

 謎だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る