第87話 我が家の前にて




 夕方、時田さんを連れて家に帰ると――。

 家の前に見覚えのない高級車が止まっていて――。


 なぜか庭の玄関先で、金髪のお兄さんが深々と土下座をして、玄関から出てきていたヒロを大いに困惑させていた。

 金髪のお兄さんはパラディン北川だ……。



「もうわかりましたから顔を上げて下さい、パラディンさん」

「いいや。せめてあと10分はこのままで」


 何を言っているか。

 庭に入ると、ヒロと視線が合った。


「ただいまー」

「おかりえなさい、お姉ちゃん……。えっと、これはね、大したことじゃないんだけど……」


「迷惑行為なら逮捕するが?」


 時田さんが言う。


「残念ながら知り合いなので」


 話していると、顔を上げたパラディンがこちらを向いた。

 で……。


「お姉様ー!」


 と、なぜか両腕を広げて駆けてくる。


「うわあああ!」

「ぐはっ」


 危機対応はオフにしてあったのに、つい反射で蹴ってしまった。

 我ながら冷静で的確な反応ではあるけど、パラディンは白目を剥いて倒れた。


「お姉ちゃん、格闘技とかやってたんだ……?」


 ヒロが呆然と言った。


「あ、うん。まあね」


 あはは。

 もはや笑って誤魔化すしかない。


 ともかく解放するフリをして、こっそりと『ヒール』。

 パラディンは元気になった。

 元気になると、また、


「お姉様! おかえりなさいませ!」


 と、迫ってくるので、今度は手で押し留めた。


「なに?」


 私は思いっきり嫌そうにたずねた。


「俺は一晩考えた。お姉様! これからはそう呼ばせてもらうぜ! いや、もらいます! ヒロと共に俺は弟になる!」

「で、何してるの?」

「今はヒロに謝っていました」

「どうやってここにきたの?」

「車です!」

「住所はどこで知ったの?」

「ヒロに聞いたら、すぐに教えてくれましたが」


「ヒロ……。なんで知らない男の人に、住所なんて教えたの……?」


 私は呆れて、ヒロに目を向けた。


「知らない人じゃないし、直接会いたいって言うから。駄目というのも失礼かと思って。それに来てくれるのなら嬉しいし……」

「はぁ。もう。普段はしっかりしているのに、パラディンさんには弱いから」


 大ファンなのも困りものだ。


「お姉ちゃんこそ、そっちの人は?」

「この人は時田さん。私の取引相手だよ」

「取引相手……?」

「商売のね」

「商売って……」


 ヒロが驚いた顔をする。

 いやむしろ、お姉ちゃんこそ騙されてる? と疑っている顔だ。


「時田京一郎と申します。お姉様からは貴重な品を購入させていただいた者です」


 時田さんが、それはもう礼儀正しくお辞儀をした。

 なぜ時田さんまでお姉様呼びなのか。


「……何をですか?」

「こういうものです」


 時田さんがアタッシュケースを開いて、魔石のひとつを手のひらに乗せた。


 その時だった。


「うおおおおおおおお! させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突然、空から飛び込んできてた超イケメンこと石木さんが――。

 全力で時田さんにタックルをかましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「大丈夫ですか! 陛下!」

「陛下はやめて。せめてお姉様にして」

「お姉様! お怪我はありませんか! やはりどうしても気になってしまったので、仕事を早めにおわらせて様子を見に来て正解でした! 時田! 貴様、魔石で何をするつもりだ! お姉様への不敬行為は絶対に許さんぞ!」


「何もするつもりはない」


 タックルされて倒れたまま動じず、時田さんは答えた。


「本当だよ。それ、私が売った石だからね? 壊したら弁償してもらうからね」


 幸いにも魔石は無事だった。

 時田さんの傷は、すぐに『ヒール』で癒やした。


 私はため息をついた。


「とにかく家に入ろう。外じゃ目立つから」

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