第86話 もしかして、大勝利ですか?
パラディンと大騒ぎをした翌日――。
今日は時田さんと会う。
昨日、魔石を売ると言ったら、なんとすぐに来ると言うので。
時田さんに魔石を売ることにはリスクがある。
なぜなら、この現代世界において、異世界の魔石は異世界で使うよりも遥かに大きな力を発揮することができるらしいからだ。
下手をすれば、魔石ひとつで町ごと崩壊させるほどの。
だけど私は、魔石を売る。
なぜなら、私にはお金がないからだ。
ついでに仕事もない。
無職なのだ。
引きこもりなのだ。
そして、無駄にプライドはあって、何もせずに大金を得るのは嫌だった。
石木さんは、いくらでもくれると言っていたけど……。
魔石は5個、いや、10個。
最大で10個までは売ろう。
売値は、前回はひとつ10万円だった。
今回はどうするか。
熟考の結果、前回のは初回のお試し価格ということにして、今回は100万円にしようと考えているけど……。
果たして、上手くいくのか。
スキル『平常心』のある今の私ならば対処できるとは思うけど。
ちなみに朝、ヒロは元気だった。
パラディンが謝ってきてくれたそうだ。
さすがにムキになりすぎた、と。
怖がらせてごめんな、と。
大人気なくて済まなかったよ、と。
なんと天使様が来てよ、怒られちまったぜ、と。
ヒロは、「許してもらえた」「仲直りできた」と素直に喜んでいた。
「お姉ちゃん、ありがとね。ファーさんにもお礼をお願い」
「うん。わかった」
残念ながら、これを機にパラディンとは縁を切る――。
という思考にはならなかったようだ。
ヒロは将来、DV男に捕まらなければいいけど……。
姉として、ちょっとだけ心配だ。
時田さんとは昼に会った。
場所は、いつもの駅前。
「こんにちは、時田さん。お待たせしました」
「君は――。いや、こんにちは。羽崎彼方さん、と呼べばいいかな?」
「はい」
私はニッコリとうなずいた。
そう。
今日の私は、羽崎彼方に変身して来ている。
これなら目立たないしね。
そして石木さんの言う通り、私の素性はとっくに割れているようだ。
恐ろしいね……。
国家権力者の前では、ネットに匿名性なんてないようだ……。
時田さんはスーツ姿で、アタッシュケースを持っていた。
まさにイケてるサラリーマンだ。
2人で近くのファミレスに入る。
テーブル席に着いた。
昼食時とあって、店内にそれなりに混み合っていて、騒がしかった。
遠くで聞き耳を立てられる心配はなさそうだ。
まずは普通にランチを注文した。
「しかし、その姿で来るとは思わなかった。驚いたよ」
「知っていましたよね?」
「そうだな。調べさせてはもらった」
「羨ましいですね、その力は」
「君の力ほどではないよ。羨ましいのは私の方さ。ところで石木と会ったのだろう? どのような話をしたのかな?」
「時田さんのことはすべて伺いました」
「その上で私と?」
「はい。問題はありませんので」
「そうか。くくく」
「可笑しいですか?」
「つまりは私など、どうとでもできるということだろう?」
「いざとなれば、ですけれどね。関係者全員を支配すれば済むことなので」
「なるほど。それはそうだ。ははは」
私は落ち着いて会話する。
さすがは私。
ではなく、さすがはスキル『平常心』なのです。
ここでランチが運ばれてきた。
ハンバーグとご飯だ。
ゆっくりといただきながら、会話を続ける。
「しかし、石木君にも困ったものだな。口の端も乾かぬ内から、もう約束を破るとは」
「それは許してあげて下さい。私がわかってしまうだけなので」
そういうことにしておこう。
私は話を変えた。
「それで、今回なんですが、できれば前回と同程度の魔石を10個、お譲りさせていただけると嬉しいのですが」
「ほお。それはまた結構な数だ」
「つきましては、価格についてですが……」
さあ、本題だ。
頑張ろう。
と思ったら――。
「まとめて1億でどうかね」
「はい。いいです」
即決。
なんと私の希望価格の10倍がいきなり来ました。
「君にも知り合いが増えれば、購入希望者は自然と増えることだろう。できれば今後も私に優先してほしいものだ」
「そうですね。善処させていただきます」
「支払いだが、ここで現金で渡してもいいかね? 非課税の方がよかろう?」
「非課税って、非合法ですよね?」
「当然だ。故に現金で渡す」
「うーん。できれば、ちゃんとしたいんですけど……。1億円の取引って、普通にやろうと思うとどうなるんですか?」
私はそのあたり、完全に無知だ。
よくわからない。
それどころか意識もしていなかった。恥ずかしながら。
私は時田さんから話を聞いて――。
かなり大変なことを知った。
キチンと売買をすれば、国への申告が必要になって――。
1億円儲けても、半分近くは税金で取られるらしい。
怖いね、現代社会。
ただ結局、合法で行うことにした。
私が川で珍しい石を拾ってネットで紹介したところ、時田さんの目に止まった――。
ということで。
支払いは振込でお願いした。
時田さんは現金も持ってきたそうだけど、現金でもらうのはやめておいた。
取引金額は明示できたほうがいいよね。
「君は真面目なのだな。わざわざ高い税金を好んで払うとは」
「私は臆病なんですよ。後からバレる方が怖いですし」
「では両親にも先に言うのかね?」
「んー。ですよねえ。いきなり1億円を手に入れました、かぁ……」
税金の内、保険料は世帯主たる親にかかるらしい。
すごい金額になることだろう。
説明しておかないと大変なことになる。
「せっかくだ、私が君の家に行って、君の両親に直接話すのはどうかね? その方が話は早いし説得力もあると思うが?」
「んー。それはさすがに……」
断ろうと思いつつ――。
「いえ、そうですね……。お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。任されよう」
時田さんはとっくに私の個人情報を掴んでいる。
なので隠しても仕方がない。
それに、確かに、時田さんが話してくれた方が親も納得してくれるだろう。
いやぁ、しかし。
1億円かぁ。
税金でかなり抜かれるとはいえ……。
私、人生に勝ったねえ……。
ファーエイルさん、本当にありがとう……。
「あ、そうだ。先に魔石は渡しちゃいますね。確認もして下さい」
「うむ。確認はさせてもらおう。信用はしているがな」
「あはは。どうぞ」
10個の魔石をテーブルの上に置いた。
そのひとつひとつを、時田さんは熱心に見つめる。
「ちなみにその魔石で何をするつもりですか?」
「気になるかね?」
「さすがに火山の噴火とかに使われたら、私も寝心地が悪いですからね」
「私は純粋に魔術の真理をどこまでも探求したいのだ。魔石はそのために使う。この魔石があれば術的に研究が済んでいても実現は不可能だった数々の超階位魔術を行使することができる。たかが破壊行為に使うにはもったいなさすぎる」
「ならいいですけど」
「しかし――」
魔石を手にしたまま、時田さんが私に目を向けた。
熱を帯びた目だった。
「なんですか?」
敵対感知に反応はない。
私は普通にたずねた。
「異世界では、これはありふれた品なのだろう? 異世界の魔術とは、いったい、どれほどの領域にあるものなのかね?」
「サービスで見せてあげましょうか?」
「……いいのかね?」
「はい。親が帰ってくる夕方までには時間がありますし」
おすし。
おすしはともかく、1億円もいただくのなら、それくらいはお安い御用だ。
それに、うん。
圧倒的実力を見せつけておけば、ちゃんと振り込んでくれるだろうし。
侮られて、バックレられたら悲しいしね。
私はそんな打算の元、時田さんに魔法を見せてあげることにした。
魔石はすべて、時田さんがアタッシュケースに入れた。
アタッシュケースの中は、現金なのかなぁとも思っていたけど、残念ながら違いました。
現金は車の中に置いてあるらしい。
車の中なんて無防備では、とも思ったけど、魔術で結界が張ってあって一般人では絶対に破ることはできないそうだ。
そもそも1億円なんて、たいした金額ではないらしい。
すごいね。
まさに住んでいる世界が違うようです。
ランチを食べた後は、『テレポート』の魔法でまたもやダムのほとりに飛んだ。
そこで飛行魔法を初めとして、いろいろな魔法を見せてあげ――。
ようと思ったのだけど。
考えてみると、私が覚えている魔法は少なかった。
ただ、うん。
幸いにも『魔眼』が圧倒的にウケた。
魔眼を受けると、ダイレクトに私の魔力が入ってきて――。
それはとんでもない力の濁流で――。
時田さんに、今まで見たことのない、深い深い世界を見せてくれるのだそうだ……。
なんか、うん。
いろいろな意味で怖いんですけど……。
とりあえず仕方がないので……。
夕方まで魔眼で酩酊みたいな状態にはしてあげましたのでした。
あと、ちょっとだけ……。
私とは、ずっと仲良くでお願いね……。
裏切らないでね……。
私のこと、大好きでいてね……。
と、こっそり、魔眼でお願いもしちゃいましたとさ。
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