第85話 自動的な私は、やっぱり怖かった
転移魔法を実行する。
私はすぐに、目的の場所に到達した。
躊躇することなくドアを開けて、パラディンがいるであろうお店の中に入った。
そこは普通なら、私には一生、縁のないだろう世界だった。
いわゆる夜のお店。
キャバクラというところだ。
お店に入ると、すぐにボーイさんがやってきて――。
いらっしゃいませ、と言おうとしたのだろう。
だけど彼は何も言えず、その場に崩れ落ちた。
私が問答無用で『スリープ・クラウド』の魔法を使ったからだ。
派手な照明の輝く店内から、完全に人の声が消えた。
私はその中を歩いて――。
髪を金髪に染めた派手な装いの20代の男、パラディン北川を見つけた。
私はここでも新しい魔法を習得する。
闇魔法『マインド・コントロール』。ランク『Ⅹ』。
私は、私のやろうとしていることを理解した。
『マインド・コントロール』は恐ろしい魔法だ。魔法にかかった相手を、こちらの思うがままの人格へと改変できる。
私はパラディンを温厚で謙虚な善人にして、ヒロへの暴言を詫びさせて、その後はひたすら静かに隠居生活をさせるつもりなのだ。
そうすれば、事件解決と共に今後の憂いもなくなる。
バッチリだ。
まさに完璧な対応と言えよう。
ただ、うん……。
私はギリギリのところで、『マインド・コントロール』の使用をやめた。
幸いなことに、私の意思で私は止まってくれた。
だってさ、いくらなんでも、人格の改変はやりすぎだろう。
しかもその後は隠居だなんて。
さすがは自動対応らしく、容赦がなさすぎる。
私は正直、パラディンのことは嫌いだけど、今回のことだけで彼の人生そのものをおわらせるのなんてよくない。
では、どうするか……。
「はぁ」
とっても嫌だし、とっても気は重いけど、私がオハナシをするしかないだろう。
それが嫌で自動対応に頼ったんだけどね……。
私はパラディンを肩に担いで――。
転移。
先日の日曜、ヒロと撮影会をしたダムのほとりへと飛んだ。
パラディンを床に置いて、眠りの魔法を解除する。
同時に『キュア・ポイズン』の魔法で酔いを強制的に覚まさせた。
私は少し距離を取って――。
パラディンのことだから、下手をするといきなり触って来かねないしね……。
そんなことをされたら、それこそ蹴り殺してしまいそうだし。
ダム際の手すりに持たれて、声をかけた。
「おはよう。酔いは覚めた?」
「お、おう……。覚めたけど、ここはどこだよ……。夜? 山?」
「ダムのほとり」
「って。えええええええ!? てててて、天使様!?」
「そ」
驚くパラディンに、私はそっけなくうなずいた。
パラディンに愛想を振りまく必要はない。というか、振りまきたくない。
「ここはヒロと撮影会をした場所。ご要望のようだから連れてきてあげたわ。これで満足でしょ。帰ったらヒロに謝りなさい。そうすれば今回だけは許すから」
「って――。俺、店で飲んでたんだけど……」
「連れてきたの」
「どうやって、だよ……」
「魔法」
「魔法……。魔法!?」
「そ」
パラディンが近づいてきたので――。
逃げる意味も込めて私は宙に浮いた。
「う、うお……。うおおおおおおおおおおおおお! 飛んでる! 飛んでるよな! さすがは天使様だぜ! すげーすげー!」
「そういうのはいいから、ヒロに謝りなさいよ。貴方のことを忘れていたのは向こうにもほんの少しだけ問題はあるけど、そもそも貴方は世間の嫌われ者なんだし、避けられて当然だし、向こうは高校生になったばかりの子でしょ。そんな子に影響力のある貴方が攻撃してどうするの。いくらなんでも可愛そうでしょ」
「嫌われ者って……。俺、こう見えて人気者……」
「誰が? 少なくとも私は嫌いだけど?」
「そんなぁ! 俺は天使様に会いたくて会いたかったのに!」
「今、会ってるでしょ」
「光栄です!」
「で、会って何がしたかったの? 言っとくけど、愛の告白はいらないからね?」
私は先手を打ってお断りした。
「天使様が冷たい……。のけ者にされたのは俺なのにぃ……」
パラディンがわざとらしくいじける。
「だから今、目の前にいるでしょ」
「そうだっ! 何がしたいかと言えば応援がしたいぜ! 天使様、この世界で悪の組織と戦っているんだよな!」
「安心して下さい。この世界に悪の組織なんてないし、私は誰とも戦っていません。自由気ままに生きているだけです」
「でも、この間の日曜日に……」
「あれはただの事故です。そう発表もされたでしょ」
「ならなんで、天使様はあそこに……」
「ヒロのことが心配だから見に来たの」
「……ヒロとは仲いいんだな」
「そうね。妹だし」
「妹!?」
「そ。私はね、この世界では、ヒロの姉として姿を変えているの」
証拠として、一瞬だけカナタの姿になってみせた。
「すげーな、ホントかよ……。昭和の魔法少女みてーだな! なんだっけ、魔女っ子メグちゃんとかそういうの!」
以外なことに、パラディンは魔法少女に造詣があるらしい。
「ここまで教えたのは、最低限の友好の証ね。ヒロは前からパラディンのファンで、後援会に入れてもらえて喜んでいたから」
「わかったよ、俺から謝るよ。考えてみれば、確かにヒロのヤツは俺の大ファンだったわ。俺のことが大好きだったよな、あいつ」
「ヒロに変なことをしたら、存在ごと消すからね?」
「え。でも、恋愛は自由……。うおわああああ!」
私は即座にパラディンの腕を掴むと、そのまま吊り上げて――。
ぶん回して、夜のダムの中に放り投げた。
うん。
はい。
絶対にやってはいけないことです。
私は特別な力があるので万が一に殺してしまっても蘇生できるので平気ですが、それでもやってはいけないことです。
ごめんなさい。
私はご世間様に謝りつつも、パラディンには謝らず……。
あぷあぷっ!
と、すぐには沈まず、必死に顔を出すパラディンのところまで飛んで――。
上から冷たく見下ろした。
「ほらね。君を消すなんて、簡単だよね?」
「た、たす……っ! 天使様ー!」
「ヒロに手を出したら、ううん、出そうとする素振りすら見せたら、君という存在はこの世界から消滅させるからね?」
もちろん、殺すつもりはない。
だけど、うん。
その時には、容赦なく人格を変えさせてもらおう。
私はパラディンを背中から抱き上げて、ダムのほとりにもどしてあげた。
『ヒール』の魔法もかけてあげる。
「な、これ……。体がすっげー軽くなって……。あれ……。痛めてた肩も、普通に動くんだけど気のせいか……」
「回復魔法だよ。サービスね」
なぜか不思議なことに、濡れている服まで乾いた。
さすがはランク『Ⅹ』だ。
「ありがとうございます!」
ははーっ!
と、パラディンが土下座して感謝する。
「そういうのはいいから」
私は苦笑した。
「とにかく、よーくわかりました。俺は天使様に付いていくので! ヒロにもキチンと謝らせてもらいます! あと、いいものをありがとうございました!」
よかった。
何はともかく、ちゃんと謝ってくれるようだ。
「ちゃんといい子にしていたら、また少しは何かしてあげるから」
「え。いいんですか!?」
「少しなら、ね」
面倒だし嫌だけど、少しはサービスもいるだろう。
ヒロが後援会にいる限りは。
「ならまた、今日みたいな感じでお願いします!」
「えっと。今日って……」
「俺、天使様に対して贅沢は言わないので! 今日くらいで大満足なので!」
えええ……。
こいつ、マゾなのか。
ダムに落とされて殺されかけておいて……。
何を嬉しそうに……。
回復魔法が、そんなに気持ちよかったのだろうか……。
と思ったら、違った。
「派手なパンツに、胸の感触……。本当に最高でした……」
「は? なにそれ?」
「なにって……。アタシコ、だよな? パンツを上から見せつけて、運ぶ時には胸をピタッと背中につけて……。つまりは、ヒロなんかより、自分の方がエロいと。うわあああああ!」
私は再びパラディンをダムに放り投げた。
「はぁ……」
言われてみれば、確かそうだった。
真上から普通に見下ろして、運ぶ時はうしろから体をくっつけたよ。
完全に私のミス、不覚だ。
だいたい、アタシコってなんだ。
いや、うん。
私もネット民なので、意味は知っているけど……。
断じて、それはない。
「まったく。本当にヒロも、どうしてこんなクズのファンなのか。今回の件で、もうファンなんてやめてくれるといいけど」
ともかくなんとか、解決はできたよね。
よかった。
というか、疲れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます