第82話 その願いは……。


「その対価として、こちらの世界で築いた僕の全財産を支払う、というのはいかがでしょう。対等な取引だと思いますが」

「それって、とんでもない大金なんじゃ」


 石木さんの口から出た金額は……。

 なんと50億円前後!

 運用している資産が多いので、一概には言えないようだけど……。


 ただ、うん。


 もちろん断らせてもらった。


「お金のことはいいから、理由を聞かせて? せっかくこっちで大成功しているのに、どうして向こうに戻りたいの?」

「無論、陛下の理想とした世界を実現させるためです」

「そっかぁ」

「僕は失敗の中で多くを学びました。今度はやり遂げて見せます」

「ちなみに、どんなことを学んだの?」

「綺麗なものを作る前には掃除が必要――ということが何より一番でしょうか」

「人間共は皆殺しとか?」

「とんでもない。選別をするだけです」

「なるほど。でも異世界は、石木さんの知っている異世界では、もうないかも知れないよ?」


 なにしろ『大崩壊』からは1000年も経っている。

 時間に、かなりのズレが生じている。


「それは承知しております。動画のコメントを拝見させていただきました。なんでも人間と魔族が戦争をしているとか」

「大変みたいだよ。平和になってくれるといいけど」

「魔族側には、アンタンタラスがいるのですよね?」

「大暴れしているみたいだよ。人間側にも名前が知られていたし」


 アステール侯爵領も危ないところだった。

 私がいなければ、アンデッドの大群に呑まれて、滅びていたかも知れない。


「その割には膠着しているようですが……」

「人間は数が多いしね。あと、人間だって魔法――魔術だっけ、が使えるわけだし。そういえば人間の魔術は賢者イキシオイレスが考えたと聞いたけど」

「はい。私が体系化し、教え広めました」

「皮肉だけど、そのおかげだね」

「責任は取ります。悪しき性根の者共を粛清して、理想の世界を作るために」

「それについては、一旦、保留で」

「そんな! なぜですか!」

「運転、気をつけてね」


 またもや自動車が車線から飛び出しそうになった。

 しかし、なぜか、か。

 その理由は、ハッキリしている。

 粛清なんてよくないからだ。


 そのことを告げると、


「では、どうすれば!」

「前を見てねー」


 またもや車が横転しかけてちょっと怖かった。


「まあ、うん。それについては、私も今、どうしようかなーと考えているから、少し待っていてもらえるかなぁ」

「おおおおおおお……! 陛下が動かれるのですか!」

「前ね、前」


 アクセル全開しているけど、赤信号だよー。


「失礼しました!」


 車が急ブレーキがかかる。とはいえ、さすがは高級車。

 それでもピタリと綺麗に停止した。


「その時には声をかけるから。力を貸してくれると嬉しいかな」

「承知いたしました。その時が来たならばこのイキシオイレス、身命を賭して新大帝国のためにすべてのゴミを排することを誓約いたします」


 石木さんは納得してくれた。

 私はホッとした。

 暴走して付きまとわれたりしたら、それこそ大惨事だし。

 それこそ、『支配』の魔法が必要になる。


「しかし、そうですか……。アンタンタラスは、あいつは生きているのですね……」

「会いたい?」

「まさか。あんなヤツと会いたいなど思ったこともありません。あいつとは長い付き合いですが気の合ったことなど一度もありませんから」


 これはまさにツンデレだろう。

 口こそ悪いものの、石木さんの目には優しさしかなかった。


 その後も私はいろいろと石木さんと話して――。


 時田さんとの取引は、最低限で行うことにした。

 時田さんやヨヨピーナさんに異世界のことを話す時には、まとめて一緒に、石木さんも他人のフリで同席することになった。

 正直、現代に協力者がいるのは本当に有り難い。

 石木さんとは夕方までドライブしたけど、実に有意義な1日となったのでした。


 ただ、うん。


 最後に駅裏のロータリーで車から降りて、お別れたとなった時――。


 手をしっかりと握られて――。

 片膝を付かれて――。


「ファー様、どうか何かあった時には、遠慮なく連絡を下さい。何があっても駆けつけ、死力を尽くすことを誓約いたします」


 と言われた時には――。

 まさに正統派騎士様のようで、さすがの冷静な私も照れてしまったけど。

 ただ内心では複雑だったけれど。

 だって石木さんが見ているのはあくまで前世の私なのだ。

 彼の親愛と忠義は、すべてがファーエイルさんのものだ。

 私ではない。

 どれだけまっすぐに見つめられていても、その目は厳密には私を見ていないのだ。


「ありがとう。頼りにさせてもらうよ」

「ははーっ!」


 とはいえ私はそれを受け入れたけど。



 その日の夕食は、珍しくお父さんとお母さんと3人で取った。

 ヒロは部屋から出てこなかった。

 嫌なことがあったわけではなく、むしろ逆。

 動画制作のためだ。

 いったい、どんなファーの動画が完成するのだろう。

 楽しみにしておこう。


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