第81話 異世界帰りの者


 石木さんは、なんと異世界帰りの賢者だった。

 中学生の時、イジメで暴行を受けて死にかけた刹那、なぜか異世界に転移して偶然にもファーエイルさんに拾われて――。

 魔法の才能を開花させ、自ら進んで魔人となり、ファーエイルさんの目指す平和世界実現のために働き――。

 そして、『大崩壊』によって国家が瓦解した後――。

 それまで教え導いてきた人間たちに殺されて――。

 再びこちらの世界に戻ってきて、今に至るそうだ。


「ちなみに今の姿は、異世界で魔人となった時に手に入れたものです。戻ってきたのは皮肉にも暴行を受けていた場面でしたが、おかげで暴行していた連中をひとり残らず灰燼と帰すことができました」

「それって、向こうで手に入れた力を持ったまま帰ったってこと?」

「はい」


 体内の魔石だけはなくなって、人間に戻っていたそうだけど。

 それでも魔力は十分にあって無詠唱でも魔法は使えるそうだ。


「不幸中の――だけど、帰れたのはよかったね」


 暴行していた連中は、まさに「ざまぁ」だ。

 他の感想はない。


「でも、不思議な時間の流れだね。向こうで500年を過ごして、戻ってきたら数秒後だなんて。しかも私がいるのと同時代なんて」

「これもまた闇の神ザーナスの導きなのかも知れませんが」

「それも私かもだよ」


 正確には私の元の中の人だけど。


「その記憶はおありなのですか?」

「少しだけ、ね」


 ファーエイルさんとのやりとりは、よく覚えている。


「では、『大崩壊』と呼ばれた、あの夜の――」

「ごめん。それはわからないや。隠しているわけじゃなくて、本当に記憶にないんだよ」

「そう……ですか……」

「少しは知っているけどね。大帝国が滅びたんだよね。異世界の方で、魔王からそのあたりは聞いているから」

「やはりファー様は、現代と異世界を行き来できるのですね」

「うん。そう。それでお金もないから、異世界で取ってきた魔石をこっちで売ろと思っていてね――」

「取引相手は時田京一郎でしょうか?」

「うん。そう。実は今日、石木さんに会いたかったのは、時田さんについて知っていれば教えてほしかったからなの」

「ファー様は、どれだけの金額を必要とされているのでしょうか?」

「そうだねえ……。私が地味に生きられる程度かな」

「5億程度ならすぐにご用意できますが――」

「それって、お金?」

「はい」


 ごくり。思わず私は息を呑んだ。

 石木さんに冗談を言っている様子はない。

 本気のようだ。

 つまり、ここで私がプライドを捨ててお願いすれば――。

 本当にもらえてしまうのかも知れない……。


 ちょーだい☆


 って言うだけで、人生が変わる……。


 だけど私は我慢した。


「それはやめておくよ。気持ちだけありがとう」

「時田京一郎は、『スカラ・センチネル』と呼ばれるこちらの世界の魔術組織に属する正規の魔術師であり、日本では公務員であり、警察組織において魔術関連の事件を取り扱う部署のトップのようです」

「それって、それなりには安全ということ、なのかな?」

「ヤツからの連絡はあるのですか? 直接、訪問されたことは?」

「メールだけかな。住所は教えていないし……」

「ファー様の住所はすでに割れているかと。時田は、ネット上の登録情報を知ることもできる立場にあるので」

「えええ……」

「その上で手を出して来ていないということは、友好的に接するつもりなのでしょう。取引については問題なく行えるかと思います」

「そっか。それならいいのかな」

「しかし、異世界の魔石は、こちらの世界の基準から見れば、かなり小さなものでも極めて高濃度です。たとえば火の小魔石がひとつあれば、火山を活性化させて噴火を引き起こし、地域を壊滅させられるくらいに」

「……そんなに危険なんだ?」


 小さな魔石なんて、異世界では、それこそこちらの電池みたいに、気楽に小銭で取引されているのに。


「はい。ちなみにファー様は、どれくらいの量を売るおつもりなのですか?」

「小さな魔石を100個かな」

「それだけあれば世界を破壊することもできるかと」

「魔石ひとつで火山ひとつなら、余裕だよねえ。でも、時田さんって、世界の壊滅とかを望んでしまうタイプなの?」

「不明ですが、良心に呵責を覚えるタイプではありません」

「うーん。そっかぁ……」


 どうしようね。

 私が悩んでいると――。


「実は時田とは、お互いに他人でいるという約束をしています」


 石木さんが言った。


「そうなんだ?」

「先週の日曜日に死霊の群れを呼び出し、僕たちを殺そうとしたのは時田です。彼はファー様との接触を独占しようとしていました。時田は上手く誤魔化したようですが、ファー様には真実としてお伝えしておきます」

「そうなんだぁ……」


 それはきっと、本当のことなのだろう。

 そう思えた。


「ただ、だからこそ、取引はするべきなのかも知れませんが……」

「私の安全のため?」

「敵対すれば何をしてくるかわかりません。下手をすれば、今のご家族が冤罪に巻き込まれる危険があります」

「権力があれば、そういうのもできちゃうのかぁ」

「はい。ファー様が本気を出されるのであれば、それもただの杞憂ですが」

「というと……?」

「関わる者すべて、支配してしまえばよろしいかと。最悪、主要な権力者全員を従属させてしまえば安全は担保されます」


 そういえば私には、そんな闇魔法もあったね。

 怖いから取得していないけど。


「なんか、私が本気になれば、日本とか支配できそうだね」

「当然です。世界征服すら容易いかと。ファー様の力に抗える者など、この現代世界にいるとは到底思えません」

「あはは。そっかぁ」


 真顔で肯定されても困るね、うん。


「……今のファー様には、夢や理想はあるのですか?」

「それって、昔の私にはあったってこと?」

「はい」

「聞かせて?」

「すべての民が平和に暮らせる理想世界の建設――。それが、ファーエイル・エイス・オーシ・セルファ・ザーナス陛下の夢と理想でした」

「でも、壊しちゃったんだよね?」

「なぜだったのでしょう」

「ごめんね。私にはわからないよ。その時の私と今の私は別の人間だし」

「失礼しました。そうでした」


 なんだか空気が重くなってしまった。

 自動車は国道を進む。


「――ファー様、お願いがあります」

「なに?」

「僕を異世界に戻して下さい」



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