第80話 秘密の会話
午後2時過ぎ。
まだ空は十分に明るかったけど、今日はここまでということにした。
駅裏の静かなロータリーでヒロとクルミちゃんとお別れする。
「今日は本当にありがとうございました! とっても楽しかったです!」
ヒロが深々とお辞儀をしてくる。
「私も楽しかったよ。動画、自分の顔や声は出さないように気をつけてね。私はいいけどヒロさんは身バレすると大変だし」
「はい! お気遣い、ありがとうございます!」
「またね」
「はい! ぜひまた!」
ヒロの後、クルミちゃんとも挨拶を交わした。
もっともクルミちゃんの方は、石木さんがメインだったけど。
「気を付けて帰ってね」
私は手を振って、駐輪場へと歩く2人の姿を見送った。
石木さんと2人きりになる。
「じゃあ、石木さん。本題に入ろうか。自動車を適当に走らせてもらえる? その方が人目も気にしなくていいよね」
「――はい。畏まりました」
私は助手席に座らせてもらった。
自動車が発進する。
さて、何からどう話を始めるべきか……。
石木さんは私の言葉を待っている。
まず確認したいのは、やはり、石木さんと異世界の関係か。
石木さんは賢者と名乗っていた。
賢者と言えば、心当たりはある。
「……アンタンタラス」
私がその名前をつぶやくと、自動車が大きく揺らいだ。
あやうくガードレールにぶつかるところだった。
「どうしたの?」
私はあえてたずねてみた。
「失礼しました……。懐かしい名前が出たものですから、つい……」
「そう」
つまりは、知っているということか。
「先日、私が殺した相手なんだけどね」
私がそういうと、再び自動車が大きく揺らいで反対車線に飛び出しかけた。
「と言っても吸血鬼だし、生きているんだけどね」
少なくともウルミアはそう言っていた。
「そうですか……。しかし、ヤツは生きているのですか? 『大崩壊』の日、ヤツは大帝都にいたはずですが……」
「生き延びているよ、1000年の間」
「1000年――。アレから、それだけの月日が流れたというのですか?」
ファーエイルさんの国が崩壊してからの年月は、1000年。
私はそう聞いている。
「そうだけど、石木さんはそれに驚くんだ?」
「私の感覚では、つい数年前のことで……。いえ、私はやはり、不規則な時間の流れに取り込まれていたのですね……」
なんとなくだけど、石木さんのことはわかった。
彼の言葉を信じるならば、彼は異世界の関係者であり、『大帝国』というファーエイルさんの時代の人間なのだ。
ただ、本当かはわからない。
私を利用するため、上手に誘導している可能性はある。
どうしようか迷っていると、石木さんが言葉を続けた。
「陛下、私のことは覚えておいででしょうか? 私の名はイキシオイレス。この世界から向こうへと流れついたところを陛下に救われ、陛下から賢者の称号をいただき、北方大陸に住まう者たちの指導と育成を任されていた者です」
私はどう答えるべきか。
その名前は知っている。
ウルミアから聞いた、アンタンタラスさんの親友の名前だ。
あと、そういえばフレインが言っていた。
イキシオイレスは、あるいは異世界人だったのかも知れない、と。
フレインは噂以上の情報を持っていなかったけど――。
アンタンタラスなら真実を知っているはずだ、と。
「私のことなんだけどね――。まず、多分だけど、その陛下っていうのは私のことで間違いないと思うよ。私はファーだけどね」
「失礼いたしました、ファー様。しかし、多分というのは……」
「私は生まれ変わりのようなものなんだよ。自分の名前は理解していて、魔法もスキルも使いこなせるけど、かつての私の記憶はない。同一人物でも別人なの。だから申し訳ないけど石木さんと関わった記憶もない」
私は、ウルミアとフレインに語ったのと同じように自分のことを説明した。
ガワをもらっただけです。
と、言った方が事実だし簡単かも知れないけど――。
完全に別人ですと言ってしまうより、保身のためにもファーエイルとしての存在は残しておいた方が良い気がするのだ。
なにしろ、それはもう偉大な存在だったようだし。
「ファー様は今、この世界でどのように暮らしていらっしゃるのですか?」
「それは秘密かな」
さすがにカナタですとは言えない。
ところ、だ。
「私の推測を語っても?」
「どうぞ」
「ファー様は今、羽崎ヒロの姉として日本にいらっしゃるのではありませんか?」
なんとズバリと言い当てられた。
平常心がなければ、私はきっと叫んでいたことだろう。
「どうして、そう思ったの?」
「昨夜の配信でのファー様と本日のファー様の口調が同一のものでしたので。実はヒロさんから姉の動画のことでと相談を受けておりまして――。私は、あのサイトがヒロさんの姉のものであることを知っていました。さらに異世界の景色を映した動画もあり、それらの情報から総合的に判断させていただきました」
「ヒロには秘密だからね? 私、普段は姿を変えているし」
私は『ポリモーフ・セルフ』を使って――。
そもそもの私、羽崎彼方になった。
「この姿ね?」
「よろしいのですか? 私になど見せてしまって――」
「そこまで看破されていればね」
否定したところで、どうしようもないだろう。
「信頼していただき、ありがとうございます。秘密は守ります。ただ私の他にも気づく者はいると思いますので――。あえて口にさせていただきました」
「あーうん。だよねえ……」
「私にお手伝いさせていただけることはあるでしょうか? あと、あの……」
「どうしたの?」
「ファー様は現代と異世界を行き来できるのですか? ファー様の名義で異世界の魔石を売っておられるところも拝見いたしましたが……」
「その質問に答える前に、まずは石木さんのことを教えてくれる? 賢者イキシオイレスがどうして日本にいるのか」
「畏まりました。すべて話させていただきます」
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