第79話 秘密の撮影会





 ダムのほとりには問題なく到着した。

 ダムを見学できる広場があって、そこの駐車場に車を止める。

 あたりは無人だった。

 山奥で、観光地化されている場所でもないしね。


 車から降りて背伸びをすると、新鮮な空気をいっぱいに吸うことができた。

 風も涼しくて心地よい。


「ありがとう、石木さん。いい場所だね」

「光栄にございます」


 お礼を言うと、石木さんが恭しく頭を垂れる。


「でも、すごいですね……。駅からたった30分でダムに来れるなんて……。私、こんな場所があるなんて全然知りませんでした」

「だよねー。私もー」


 たしカニ。


 ヒロの言葉に、私もクルミちゃんと同じく同意する。

 たまにお父さんの車で出かけることはあるけど、ほぼ行き先はショッピングモールで、山の中になんて行かないしね。


 自分で車に乗れれば、いろいろ出かけて発見もするのだろうけど。

 残念ながら私は運転免許を持っていない。


 とはいえ今なら、自由に空を飛んで、どこにでも行けるのか。

 実際、異世界ではあちこちに行った。

 今度、現代日本でも、空の旅をしてみようかな。

 きっと楽しいだろう。


「では、ファーさん。お願いしてもいいですか?」

「うん。いいよ」


 撮影会となる。

 まずはヒロに頼まれて挨拶をした。


「こんにちは、初めまして。ファーと言います。どこから来たのか、どこにいるのか、そういうのは不明な謎の子ですが、よろしくお願いします」

「年齢をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「14歳だよ」


 設定は、異世界と合わせておこう。

 実際、それくらいに見えるだろうしね。


「私よりお若いんですね」


 ヒロには驚いたように言われたけど。


「フケて見えた?」

「とても風格がありましたので。てっきり1000歳とか2000歳のレベルかと思って」


 さすがはヒロ、鋭い。

 実際のところ、ガワとしては約1万歳だと聞いている。


 この後は好きな食べ物とか趣味を聞かれて、無難にインタビューはおわった。

 ただ、まあ、うん。

 あまりに正直に答えすぎて――。


「なんだかうちの姉と同じですね」


 とヒロには言われてしまったけど。


「あはは。だから気が合ったのかな」

「なるほど、そうなんですね」


 誤魔化したら、ヒロは納得してくれたけど。


 次は撮影会。

 本番だ。


「じゃあ、まずはくるって回ってもらえますか? 笑顔もお願いしますー! あ、できれば、こうなんというか手を可愛らしく」

「こうかな?」

「はい。それです。いいですよいいですよー。可愛いです」


 私はヒロに言われるまま、まさにモデルとなって頑張ってポーズを取った。

 正直、かなり恥ずかしい。


「さすがはファー様。僕の目から見ても、プロのモデルですら相手にもならない完璧な動きです」

「そうですねぇ。羨ましいです。本当に天使様ですよねえ」

「ええ。まったくその通りです」


 クルミちゃんと石木さんに思いっきり見られているし。


 とはいえ、スキル『平常心』のパワーで実際に照れることはなく、私はヒロに言われるまま美少女スマイルを浮かべたりしていった。

 その中では、照れた顔も要求されて作ったりしました。

 ヒロは、カメラマンなんて初めてのはずなのに、まるでプロのように要求が細かくて、しかも上手にこちらをおだててきて――。

 ホント、うん。

 私の知っていたクールな優等生というヒロのイメージとは大違いの姿だった。

 今日一日だけで、本当に印象が変わったよ。


 撮影は延々と続いて――。



「ありがとうございました! ファーさんの素敵なところ、これでもかと撮れました!」


 ようやくヒロが明るい顔でそう言ってくれた時には――。

 すでに時刻はお昼を過ぎていた。


 パチパチパチパチ!


 ヒロの終了宣言を受けて、石木さんが拍手をする。


「最高の一時でした! まさかファー様の、明るい顔に照れた顔、怒る顔に笑った顔まで見ることができるとは! この石木セリオ、生涯、この感動を忘れることはありません! 本当にありがとうございました!」

「本当にセリ様はファー様のことが大好きなんですね。恋とかも、しちゃってたり……?」

「何を言っているのですか、クルミさん。そんなわけがありますか」

「……違うんですか?」

「当然です。僕がファー様に恋慕の感情を抱くなど決してありえないことです。僕にあるのは終生変わらぬただ一筋の忠誠。それのみです」

「そっかー。やっぱり騎士みたいですねー。でも、そっかー。それならよかったー」


 クルミちゃんが実に素直に喜ぶ。


「ちなみに僕は騎士ではありませんよ。賢者です」

「すごいんですねっ!」

「ええ。そうですね。ありがとう。それは僕の、ただひとつの誇りです」


 忠誠心とか賢者とか。

 本当に石木さんは何者なんだろうか。

 賢者と言えば、異世界で何度か耳にしたことのある称号だ。

 私のことを知っているようだし、あるいは本当に異世界の関係者なのかも知れない。

 ヒロとの時間がおわった後、しっかりと聞かねば。


 ただ、私にはまだやることがあった。


「ねえ。でも、これだけでいいの?」


 私はヒロにたずねた。


「と言いますと?」

「だって、私のすごいところをいろいろと撮りたいんだよね? そう聞いていたけど」

「はい。ですが、ご迷惑になりますよね」


 ヒロは遠慮してくるけど――。

 私としては、姉のすごいところを見せたい気持ちがある。

 そう。

 ヒロに何かをしてあげることなんて、普段のカナタでは無理だしね。


「スマホの容量は大丈夫? まだ撮れそう?」

「はい。まだ平気ですけど」


 さすがは最新スマホのハイグレードタイプ。

 抜群の容量のようだ。


「公開する時は、絶対、キミが映っていないことは、よく確認してからにするんだよ?」

「え。あの」

「ほいっと」

「きゃっ」


 不意打ちみたいにお姫様だっこすると、ヒロが可愛い悲鳴を上げた。


「さ、行くよー。スマホ、落とさないようにねー」

「え。あの。行くって、どこに?」

「空に」

「え? うわあああああ!」


 風魔法『フライ』発動。

 私はヒロを連れて、一気に空の上に舞った。


「ほら、空の上」

「はい……。すごいです……」


 しばらく遊覧して、たっぷりと動画は撮らせてあげた。

 大サービスです。

 着地するとクルミちゃんも「すごいすごい!」と興奮して空に行きたがったので、同じように連れて行ってあげた。

 その後、一応、私は石木さんにも聞いたけど……。


「石木さんも抱っこされたいですか?」

「はい。ぜひ……」


 石木さんはうなずいてから、慌てて手を振って、


「いえ! 失礼しました! 僕はさすがに遠慮しますのでお気遣いなく!」


 と言ってくれた。

 よかった。

 抱っこしてと言われたらするしかないところだったけど……。

 さすがに男の人を抱っこするのは恥ずかしい。


「でもファーさんって、本当に天使様なんですね! 私、本気で感動しました! 空を飛べるなんて夢みたいでした!」


 興奮冷めやまぬクルミちゃんが迫ってくる。


「あはは。ありがとう。でも、天使ではないけどね」

「なら、何なんでしょうか!?」

「エルフって言われることが多いかなー」


 異世界では。


「……エルフって、あのファンタジーの種族の、ですか?」

「そうだよ」

「わかりました! エルフのファーさんですね!」



 無事に撮影会はおわった。


 私たちは車で町に戻ると、石木さんの奢りで豪華なランチをいただいた。

 和食のお店で個室だった。

 ずっと住んできた町なのに私たちは初めて入るお店だった。


「知らなかったよぉ……。うちの町に、こんな綺麗な料亭があったんだねえ……」


 クルミちゃんがポカンとするのに私は完全同意した。

 顔にも口にも出さなかったけど。


 しかし、高級店をスムーズに探して、予約して、連れて行ってくれるとは――。

 石木さんは本当にスマートだ。

 さすが人気インフルエンサーは違うものだと私は関心したのでした。


 ただ、うん。


 その豪華な食事の中で……。


 撮影した写真、僕もどうしてもほしいです!

 どうかどうか下さい!

 お願いします!

 と必死に懇願されて、そのイメージはあっさりと崩れたのですけれども。


 ともかく、こうして――。


 トラブルなく、秘密の撮影会はおわった。

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