第78話 出発っ!




「さあ、どうしようか。してほしいことがあれば何でもしてあげるよ」

「お願い、いいでしょうか……」


 ヒロがおずおずと手を上げる。


「うん。いいよ」

「実は私、ファーさんの撮影がしたくて。ファーさんの素晴らしさを、ぜひ、もっとたくさんの人に知ってほしいなぁ、と」

「あー。そっか。そう言えば言っていたね」

「お姉ちゃんから、ですか?」

「うん。そうだね」


 私は平然と答えたけど危ないところだった。

 ヒロから聞いたのは、カナタとしてだった。


「あと、インタビューもお願いしたくて。ファーさんは、どこから来て、どういう人なのか。答えられる範囲でいいので教えて下さい」

「うん。いいよ」


 私は快くうなずきつつ、どうしようかと思考を巡らせた。


「……よろしいのですか?」


 石木さんが心配した顔で私にたずねる。


「心配があると思う?」

「失礼しました!」


 私的には、懸念事項があれば教えて?的に言ったつもりだったけど、石木さんには全力で謝られて敬礼されてしまった。

 下手に反応すると面倒な状況になりそうだし、申し訳ないけどスルーする。


「それでヒロさんは、私にどんなことをしてほしいの?」

「はい。できればファーさんのすごいところを、たくさん見せてほしいなぁと……」

「たとえば?」

「飛んだり、走ったり、とか」

「なるほど。でもそれだと、ここでもマズイかなぁ」


 河川敷に人影は少ない。

 だけど、完全に無人というわけではない。

 土手を越えれば、すぐに町だし。


「それでしたら僕が車を持って来ましょうか? どこか郊外に移動しましょう」

「お願いできる?」


「あ、でも、セリ様の車って、スポーツカーですよね? 2人乗りの」


 クルミちゃんが心配そうに言う。


「大丈夫だよ。今日は移動もあるかも知れないと、ちゃんと別の車で来たから。4人で乗ることはできるよ」

「うわぁ! さすがはセリ様! 完璧ですね!」

「ファー様と比べれば月とカメだけどね」

「じゃあ、お願いしてもいいかな」


 私は言った。


「はい! お任せ下さい!」


 一礼して、石木さんは背を返すと、全力で駆けていった。

 ヒュン!

 と、風を残して――。


「セリ様、すごいね……。弾丸みたい……。弾丸の飛んでるところは見たことないけど」

「オリンピックに出たら金メダルも取れそうね」


 確かに人間離れした速度だった。

 詠唱した様子はなかったけど、身体強化の魔術を使ったのはわかった。

 石木さんは一流のようだ。

 魔石を体に持たない人間は、魔力を発揮させるのに呪文の詠唱や魔道具の補佐を必要とする。

 とはいえ人間でも、たとえば勇者や聖女――。

 そこまで行かなくても宮廷魔術師やAランク冒険者なら――。

 自らの強い意思力のみで魔力の収縮と制御を行って、無詠唱で魔術を発動させることができると私はリアナから聞いた。


 ともかく石木さんは行ってしまって――。


 私たちは3人になった。


「あの、ファーさん。繰り返しになってしまいますが、先日もその前も、助けていただいてありがとうございました!」


 ヒロが深々と頭を下げてくる。


「ありがとうございました」


 クルミちゃんもそれに続いた。


「いいよ、気にしないで」

「でも、あの……。聞いてもいいですか?」

「うん。どうぞ」


 ヒロに問われて、私はうなずいた。


「どうして助けてくれたんですか? 私、ファーさんのことは何も知らなかったのに」

「お姉さんが心配していたからだよ」

「うちの姉、カナタがですか?」

「うん。そう。だから君のことを、少し見守っていたの」

「そうなんですか……」


「ファーさんは、カナちゃんとはネット友達なんですよね? どこで知り合ったんですか?」


 クルミちゃんが聞いてくる。

 カナちゃんとは、懐かしい呼ばれ方だ。

 クルミちゃんは、昔はちょくちょくうちに遊びに来ていたんだよね。

 私が引きこもって、来なくなったけど……。


「それは秘密かな」

「じゃあ、どこに住んでいるんですか? 空の上なんですか? 天界から降りて、今日はここに来てくれたんですか?」

「んー。それも秘密かなー」

「じゃあじゃあ!」


「クルミ、矢継ぎ早に聞きすぎ。すみません、ファーさん」

「あはは。いいけどね。あんまり答えられなくて申し訳ないけど」


「なら、もうひとつだけいいですかっ!」


 クルミちゃんが迫ってくる。


「うん。いいよー」

「セリ様とはどういう関係なんですか? 生き別れた主従なんですか?」


 なかなかよい質問をしてくる。

 実は私も、そんな雰囲気すら感じていた。


「彼は、誰かと勘違いしているんだよ。私は彼と会ったのは先週の日曜日が初めてで、会話するのは今日が初めてだよ」

「そうなんですかぁ……。不思議な話ですね……」

「だね」


 私は気楽に笑ったけど――。

 クルミちゃんには、なにやら訝しがられてしまったようだ。

 クルミちゃんは石木さんの大ファンらしいので、仕方のないことではあるけど。


 石木さんは、ほんの数分で戻ってきた。

 土手上の車に案内される。


 車は、どう見ても高級車だった。

 それこそ、何千万円もしそうな。


「うわぁ! すごーい! セリ様、先週のスポーツカーだけじゃなくて、こんなVIP御用達みたいな車もお持ちなんですねー!」

「資産運用の一貫でね」


 素直に大感激するクルミちゃんを先頭に、車に乗せてもらう。

 私はヒロと並んで後部座席に座った。

 キャッキャするクルミちゃんと比べて、ヒロは実に落ち着いた姿だった。

 さすがは私の妹です。

 いや、うん。

 なんて思っては見たものの、スキル『平常心』がなければ、私なんてクルミちゃん以上に興奮していただろうけど。

 それくらいの高級感と座り心地だった。


「ファー様、ここから30分ほど離れた先にダムがあるようですが、まずはそちらに向かうのはどうでしょうか?」

「うん。じゃあ、それでお願い」

「畏まりました」


 車が発進する。


 移動中の車内は静かだった。

 きっと、私が最初にしゃべりかけなくてはいけないのだろう。

 だけど、何を会話するべきなのか。

 考えると難しい。


「今日はいい天気だね」


 私は、思いっきり当たり障りのないことを言ってみた。


「はい。そうですね」


 となりにヒロが座るヒロがうなずく。

 続けてクルミちゃんが、待ってましたとばかりに喋りだした。


「ホントにそうですよね! 今日は晴れてよかったです! 気温も30度にはいかないみたいだしお散歩日和ですよね!」


 今は6月。

 まだ外で普通に遊べる時期だ。


 会話が始まって、車内の雰囲気は明るくなった。

 まあ、うん。

 ほんどクルミちゃんが石木さんにしゃべりかけているだけで、私とヒロはたまに会話を振られて相槌を打つ程度だったけど。

 それでも、シーンとしているよりはいい。

 私はのんびりと、外の景色を楽しませてもらうことにした。


 景色はどんどん流れて――。


 市街地から郊外へ移るにつれて自然の量が増えていく。


 道中、ヒロはちらちらとこちらを見てきて、たまに気づいた私と視線が重なった。


「ご、ごめんなさい……!」


 すると顔を赤くしてヒロはうつむく。


「あはは。どうしたの?」


 私はなんでもないことのように笑って応えつつも――。

 思った。


 なにこの可愛い子、と。


 いや、うん。


 間違いなく私の妹なんですけれどもね……。

 同時に普段、冷たい視線しか向けられることのない相手でもあるのですが……。


 ヒロにもこんな顔があるんだねえ。


 と私は冷静に思うのでした。

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