第77話 集合!
朝、早めに起きてリビングに行くと、今日もヒロが先に起きていて目が合った。
「おはよう」
私は明るく挨拶したけど――。
あれ。
ツーン、と、あからさまに冷たく無視されてしまいました……。
なんで?
とは思ったけど、よく考えてみると、よくあることなので、私はとりあえずスルーして洗面台へと向かいました。
リビングに戻ると機嫌が治っていて――。
「おはよう、お姉ちゃん」
と、ややそっけない感じながらも挨拶されましたが。
その後はいつも通り。
そして、午後9時を過ぎて――。
お出かけの時間が来ました。
私は2階の部屋から、ヒロが家を出ていき、駅へと向かっていくのを見届ける。
「では、私も行きますか」
ヒロが会うのは実は私。
私といっても羽崎彼方ではなくファーの方だけど。
私は『ポリモーフ・セルフ』の魔法を解除した。
スキル『平常心』のおかげで変身魔法は解けることもなくなって、この数日、現代世界では完全に彼方として過ごしていた。
なのでこちらでは、久しぶりのファーだ。
「服はどうしようかな」
いつものドレスにするか、彼方の私服にするか。
ほんの少しだけ迷って――。
私は私服に決めた。
以前にウルミアたちと買った、爽やかなブラウスにスカート、ツバの広い帽子だ。
初めて着るので、ヒロに姉の服と思われることもないだろう。
準備をおえて、転移。
私は待ち合わせの駅の上空に飛んだ。
駅前は妙な雰囲気になっていた。
人だかりができているわけではない。
だけど、居合わせた人の多くが噴水前の方に目を向けているのがわかる。
噴水前には、すでに石木セリオさんが来ていた。
さすがは人気モデルだけあって注目されるのもわかる美男子っぷりだ。
ただ、うん。
なぜか直立不動だけど。
ピンと背筋を伸ばして、指先までまっすぐで、まるで恐ろしい上官を待つ兵士のように緊張した雰囲気すら感じる。
そのせいで、ますます目立っている。
ともかく待ち合わせは、もっと人気のない場所にするべきだったね。
というか石木セリオさんも、もう少し目立たない自然な態度を取るべきというか、私たちが来るまで物陰にいればいいのに……。
とは思うけど。
有名人なんだから重役出勤でいいのにね。
なぜ時間前に、バカ正直に待ち合わせの場所にいるか。
しばらくするとヒロとクルミが来る。
2人も人目には気づいていて、かなり恥ずかしそうだ。
だけど石木さんと並んで私を待ち始めた。
これは、うん……。
まだ集合10分前だけど、私も早々に出向いて場所を変えた方が良さそうだ。
ただ、どう出向くか。
普通に歩いていけばいいとは思うけど……。
すでに人目が集まる中で、噂の天使様たる私まで現れていいものか。
ヒロに変な噂がつくのは困る。
「うーむ。どうしようね」
少し考えて、私は決めた。
姿を消して、そのままヒロたちのところにまで降りて――。
小さな声で囁いた。
「……ごめんね。人目が多いから、少し移動しよ。そのまま歩いて河川敷に出て」
「え、ねえ、ヒロ、今のって……」
「ファーさん、よね」
クルミちゃんとヒロが戸惑った顔を見せる。
「2人とも行こう。河川敷というのはどちらの方向だい?」
そんな2人の手を取って、石木さんは迷うことなく歩き始めてくれた。
まわりの人には見られているけど……。
幸いにも、不躾にスマホを向けている人はいない。
なので平気だろう。
「はい、こっちです」
ヒロの誘導で足早に進んでいく。
商店街を抜けて、やがて問題なく河川敷の広場についた。
私は透明化を解除して、3人の前に姿を見せた。
「はじめまして、ファーです。いきなり移動させちゃってごめんね。最初から人目のない場所を指定すればよかったね」
私は友好的に微笑んだ。
第一印象は大切だよね、親しみある感じでいこう。
ヒロたちも挨拶してくれたら、まずは握手かな。
と私は考えていたのだけど……。
「陛下……。偉大なる大帝国の主、至高の大魔王、全ての価値の根源、ザーナス陛下……」
石木さんが震える目で私のことを見つめて、そうつぶやいた。
私は返答に迷った。
大帝国とか、大魔王とか、ザーナスとか。
どうして石木さんの口から、そんな禁断のキーワードが出てくるのか。
石木さんは言葉を続ける。
「ああ……。ああああ……。僕にはわかります。そのお姿、いえ、その存在のお力……。どれだけ隠蔽されていても、ハッキリと……」
石木さんの目からは、大粒の涙がこぼれていた。
「石木さん、それはゲームの話ですか?」
私はニッコリと笑って言った。
すると石木さんは、我に返ったかのようにハッと目を見開いた。
石木さんが涙を拭う。
「こ、これは失礼しました……。僕ともあろう者が、ゲームをやりすぎたようです」
そして、よろめいて――。
倒れそうになったところをこらえて――。
最終的に石木さんは片膝をついた。
その姿は実に様になっていた。
まさにモデルのようだった。
いや、うん。
石木さんが、人気のモデルなのだとは知っているけど。
「失礼いたしました。ファー様におかれましては、ご機嫌麗しく。この石木セリオ、心より嬉しく思います」
「うん。ありがとう、石木さん」
私は明るく挨拶を返した。
聞きたいことは多くても、今はヒロたちがいるしね。
石木さんも察してくれたようだ。
よかった。
しかし、石木さんは何者なのか。
先の言葉からして、異世界の私のことを知っている様子だけれど……。
「こんにちは、ヒロさん、クルミさん」
私はあらためて、ポカンとしていた2人に笑いかけた。
「こここ、こんにちはっ!」
クルミちゃんが深々とお辞儀をする。
ヒロは冷静だった。
「あの、どうして私たちの名前をご存知で……」
と言ってくる。
ふむ。
言われてみれば、そうなのか。
だけど私は冷静だった。
「それはわかるよ」
私は余裕のある態度でそう答えた。
ファーのイメージからして、なんだかよくわからないけど知っている、という雰囲気だけで納得してもらえるだろう。
しかしそこに、片膝をついたままの石木さんがヨイショを重ねてきた。
「それは当然です。当然のことです! ファー様は全知全能たるお方! この宇宙においてわからないことなどはないのです!」
「石木さん、そういう大げさなのはいらないので、やめてもらえますか」
「失礼しましたぁぁぁぁぁ!」
やりにくい。
冷静な私でよかったよ。
しかしなぜ、本当に、どうして石木さんはテンションMAXなのか。
せっかくの超イケメンが台無しどころではなく、完全崩壊している。
「こんにちは、ヒロさん」
「あ、はい……。はじめまして、ではないけど……。はじめまして、ですよね……。羽崎ヒロと言います。先日は助けていただき、ありがとうございました」
ふふ。私は心の中でだけ笑った。
いつも塩対応のヒロが、この私を前にして、思いっきり緊張しているとは……。
私はヒロと握手して、クルミちゃんとも握手した。
石木さんとは、どうしようかと思ったけど、握手の気配を察知して素早く立ち上がってきたので握手してあげた。
「石木さん、私のことをどう見ているかは知りませんが、私は特別扱いを好みません。普通に接して下さいね」
「ハッ! 肝に銘じます、ファー様!」
「そういうもいいので。あと、せめて、さん付けでお願いします」
「失礼しました。しかし、さすがにそれは……」
「まあ、いいですけど。様だけは許します」
強引に呼ばせても、むしろ不自然になりそうだし。
「ありがとうございます、ファー様! この石木セリオ、絶対の忠誠を以て――」
「こほん」
「失礼しました。よろしくお願い致します、ファー様」
「なんだかセリ様、騎士みたいですね」
私たちのやりとりを見て、クルミちゃんが朗らかに笑った。
「気持ちはわかります。感激しますよね。まさか本当にファー、様が来てくれるなんて」
ヒロが言う。
「ヒロさんとクルミさんは、さすがに様は禁止ね」
「はい……。じゃあ、えっと、ファーさん」
ヒロが照れつつも訂正した。
「うん。それでよし」
私は笑顔でうなずいた。
ちなみにスキル『危機感知』は反応はない。
広域モードで試しても同じだった。
とりあえずは安心して、今日を楽しむことはできそうだ。
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