第76話 日曜日までのこと
女の恨みは怖い。特に色恋沙汰は。
ヒロから相談されたクルミちゃんのことについては、快く同行を認めてあげた。
石木さんについては、どうやら私の動画で質問したのは本人のようだった。
異世界のことをどれだけ語るべきか。
今から考えておこう。
こんにちは、カナタです。
無事に日曜日の予定も組んだ、その翌日――。
私は今、異世界の空の上にいます。
北方大陸にある人間国家、ネスティア王国の上空です。
城郭都市ヨードルから水都メーゼを越えて、南へ南へと飛んでいるところです。
今日はこれより王国各地の町とダンジョンを巡って、いつでも転移できるように登録をしてくるつもりです。
私は残念ながら悪い意味で有名になってしまうのかも知れない。
だけど、噂はすぐには広まらない。
異世界にはネットもないしね。
なので平和なうちに、登録だけはしておこうと。
こっそりとならいつでも行けるけど、平和なうちの方が気も楽だしね。
正直、トラブルに遭いたくないなら――。
ネスティア王国からは離れるべきなのだけれど――。
今のところ、地図があるのはネスティア王国だけで、他の場所ではダンジョンを見つけて回るのは難しい。
私の『ユーザーインターフェース』には地図機能もあるけど、地図は行ったことのある場所しか表示されない仕様なので。
短時間で一気に巡るとすればネスティア王国しかないのだ。
ネスティア王国であれば、ダンジョンの位置も地図に記されているので簡単だ。
まあ、うん。
本音のところは、未練なのですが。
リアナもいるしね。
私は人間社会から見れば魔王を助けた大罪人なので――。
言い訳もないのですが――。
私は、人間にも魔族にも友達ができて、どちらも大切にしたいと思っている。
ウルミアやフレインが悪い存在には思えない。
クラウスさんやラッズさんたちも。
もちろんリアナも。
ただ、殺し合っている事実は厳然と存在していて、なので綺麗事だけですまないことは確かなのだろうけれども。
私はいったい、何をどう言えばいいのか。
私はどんな立場の存在なのか。
わからない。
なので今すぐには会いには行かないけど。
行けないけど……。
そもそもリアナはおそらく旅の空なので、どこにいるのかわからないしね。
会うすれば後日に王都だ。
なので王都は、登録しておきたい。
あと、ダンジョンは複数、行けるようにしておきたい。
これから先も魔石は取るだろうし。
いつも同じ場所に出没しては狙われるしね、賞金首になってしまったら。
魔石を取って、売る。
このローテーションが確立できれば、私の生活は現代でも異世界でも安泰なのだ。
もっとも計画では、現代の取引は一度でおわるけど。
数億円を一気に稼ぐのです。
果たして上手くいくかはわからないけど。
異世界では、魔石の売り先としては、ヨードルの武器屋、ドワーフのマリスさんのところが有力かなと考えている。
格安ながら怪しい品でも買い取ってくれるようだし。
ただ、個人店なので、大量には無理だろうけど。
その後、私は順調にダンジョンを登録した。
試しに私として――。
ファーとして冒険者カードを出して正規に入ってもみたけど、トラブルにはならなかった。
まだ噂は、魔族を逃がした大罪人としても、闇の化身としても、広まってはいないようだ。
町にも行った。
町では冒険者ギルドに行って、魔石の買い取りをお願いしたけど、こちらも問題なくスムーズに行うことができた。
100個ある小さな魔石の内、半分の50個を売った。
金貨5枚になった。
あーその程度かぁ、と思ってしまった私は、かなりの贅沢者だろう。
さらに他の町で残りの50個を売った。
ギルドの価格は統一されていて、同じ値段で売れた。
これで所持金は金貨10枚。
なかなかのものだろう。
ただ、手持ちの小さな魔石は0になった。
なので時間を作って、新しいダンジョンで魔物を狩りまくったりもした。
人との出会いはなかった。
常に冷静な私は、常に冷静な判断で、徹底的にダンジョンでの他人との遭遇を避けたからだ。
魔石は大量に手に入った。
少なくとも現代世界での取引に困ることはない量だ。
夜にはゲーム配信をした。
ヒロが見てくれているようなので……。
ちなみに姿は羽崎彼方のままだ。
ファーの姿でしゃべっても、綺麗な声に感動してもらえるどころか、ボイチェやめろと言われただけだったしね……。
「こんばんは、ファーです。今日もゲームをしていこうと思います」
いつも通りに始めた後――。
しばらく経って、人が増えてから――。
あ、そうそう。
開始すると、早々に石木さんが見に来てくれた。
石木さんとは名乗っていないけど、異世界動画で質問してきたアカウントと同じなのでおそらくは本人だろう。
――こんばんは、はじめまして! 今夜はよろしくお願いします!
と、妙に礼儀正しくコメントしてきたので……。
多分、配信を見るのには慣れていないのだろう。
私は明るい声で、
「はい。お願いします」
と返しておいた。
石木さんは、うん、正直、本当に配信に慣れていないようで……。
ちょっと厄介なタイプだった。
なにしろ、私が何かする度に、すごいですね! とか、さすがですね! とか、とにかく全力で褒め称えてくる。
……正直、完全に煽りでしかないです。
はっきり言って死ぬほどやりにくかったです。
とはいえ貴重なリスナーを無下にはできない。
「あはは……」
さすがの冷静な私も、ついには失笑しか返せなくなるほどでした。
というか、どうして石木さん、そんなにも私に食いつくのか。
それほど異世界に興味があるのか。
まあ、うん。
そうなのかも知れないけど。
ただ、石木さんについては、私の最強軍師が見事に撃退してくれた。
それは誰か。
そう。
私の動画の常連さん、『キャベツ軍師』さんだ。
キャベツ軍師さんが、ハッキリと言ってくれた。
――さっきから褒めている人、それ、煽りにしかなっていない。煽りなら通報するけど、違うならすぐにやめろ。邪魔。
と。
それで石木さんは、大人しくなってくれた。
よかった。
キャベツ軍師さん……。
もしも私が万が一にも異世界で覇を唱えたら、本気で軍師として招集しよう!
私は心に決めたのでした!
そして……。
私は安心してゲームをするのでした。
まあ、うん。
かわりにコメントは何もなくなって、実に静かになりましたが。
「あ、そうだ」
私は配信者として、強引に話をする!
とは思ってみたものの……。
内容が、ないよう……。
私は頭脳を高速回転させて、こんな話題を切り出した。
「そういえば今夜は、私の妹が配信を見てくれているかも知れないんですよ。私、実は妹がいて、なんと動画を見ていたらしくて。見てるかな? お姉ちゃんだよー?」
果たしてヒロはコメントをくれるだろうか。
くれたのなら、少しは配信が盛り上がるかも知れない。
私は少し待ったけど、残念ながらヒロからの返事はなかった。
かわりに『キャベツ軍師』さんが言った。
――配信を電話がわりにするな。くだらなすぎて萎えた。去るわ。じゃあの。
え。
あ。
15あった同時視聴者数が、14に減った。
本当に去ってしまったようだ。
どうやら、盛り上がるどころか盛り下がってしまったようだ。
「今のは、ちょっと言ってみただけです。お試しです。配信でリアルの知り合いと会話をするつもりはありません。そういうのはうざいですよね。わかります」
私は冷静に言い訳したけど……。
後の祭りでした。
再び『キャベツ軍師』さんが戻ってくることはありませんでした。
さらに気づけば、同時視聴者数は8にまで減った。
それでも私は冷静に、何事もなかったかのように楽しくゲームをして……。
その日の配信をおえたのでした。
ホント、平常心ってすごいよね。
いつもの私なら、ずぅぅぅぅぅんと落ち込んで闇に溶けて消えるところでしたが。
それが土曜の夜。
私はそうして、日曜日を迎えるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます