第73話 平常心




 異世界でやらかした次の日。


 私こと羽崎彼方ことファーは、1人、部屋の椅子に座って憂鬱にPCの画面を見ていた。


 画面に映るのは異世界。

 一斉討伐で、ベースキャンプ地へと向かう道中の景色だ。


 馬車の隊列を守りつつ、冒険者たちが歩いていく。

 私は、ラッズさん、クラウスさん、ゼンさんのパーティーと合同で、隊列の後方にいた。

 うしろから前を映していたので、画面にはたくさんの冒険者たちの姿が入っている。

 みんな、いつ魔物の襲撃があるかわからないので、しっかりと武装していた。


 空は青い。

 緑は深い。

 街道は、それなりにボコボコだけど、ちゃんと馬車は進めている。


 まさに異世界だ。


 ヨランに絡まれた場面も映っていた。

 ヨランは、映像であらためてみると体育会系のイケメン君だ。

 日焼けしていて精悍で――。

 インドアな私とは、生きてきた世界が明確に違う。


「それは当然かぁ」


 言って、私は背もたれに身を預けた。


「なにしろ異世界だしねえ。あはは」


 ヨランについては、好きだと言われてしまったので……。

 好き嫌い以前に……。

 顔を見ると、さすがにドキドキする。

 なにしろ告白されたのなんて、生まれて初めてだ。


「私、彼に告白されたのかぁ……。それって、すごいことだよねえ……」


 思わず映像を止めて、しばし、まじまじと見てしまった。

 まあ、うん。

 もう会うことはないだろうけど。


「異世界かぁ……」


 私は天井に目を向けてぼやいた。

 異世界は楽しかった。

 なにしろ無双できる。

 羽崎彼方としては絶対に不可能だったことだ。

 今の私は強い。

 最強な気さえする。そのことは、もう十分に自覚できている。

 すなわち異世界の可能性は無限大だ。

 前向きに考えれば……。

 ひとつの国が駄目になっても、他の国に行けばいい。

 北大陸が駄目なら、南大陸もある。

 南大陸は魔族の領域。

 私は、南大陸の方が上手くやっていけるのかも知れない……。

 みんなにかしずかれそうだけど……。


「いっそ、大陸を変えるのもありかもしれないね……。世界は広いんだし。きっと他にもたくさん大陸はあるよね……」


 でも正直、逃げておわりなのは、かなり嫌だ。

 せっかく仲良くなれたのに。

 できれば、誤解は解きたいところだけど……。


「あーでも、ジルを助けて逃げたのは、誤解ではないかぁ……」


 厳然たる事実でした。

 クラウスさんたちからすれば、まさに背信行為だ。

 私はすでに、完全に敵と思われていることだろう。

 悲しい。


「どうしようもないかぁ……。あーあぁ……」


 映像を切って、私はうなだれた。

 仲直りする方法は思いつかない。


 私は現実逃避して、ポチポチとマウスをクリックして適当にネットを眺めた。


「お?」


 その中で見つけた。

 私の新作動画『私が見てきた異世界の景色』にコメントがついている。

 投稿主は知らない名前の初見さんだった。

 コメントはこう書かれていた。


 ――興味があります。国とお城の名前を教えて下さい。


「ふむ。どうしようかなぁ」


 素直に答えていいものか。


「まあ、いいか」


 私はキーボードを叩いて、こう返信した。


 ――前半に映っている景色はネスティア王国のものです。後半のお城はウルミア魔王領のものです。お城の名前は、すみません、知りません。


 正直に書いてしまいました。


「固有名詞は出さない方がよかったかなぁ……」


 とは思ったけど……。

 まあ、うん。

 さすがに問題になることはないだろう。

 なにしろ異世界だし。

 それに、せっかく1人でも興味を持ってくれたのだからサービスはしてあげたい。

 再生数は悲しいことに伸びていない。

 動画としては、このまま忘れ去られておしまいだろうしね……。


 ――ちなみになんですが、ネスティア王国は人間の国で北方大陸にあって、ウルミア魔王領は魔族の国で南方大陸にあります。人間と魔族は対立していて仲が悪いんですよね。私は中立の子なので平気なのですが。


 なんとなく、追加でさらにコメントしてしまいました。

 興味を持ってくれてありがとうの大サービスなのです。


「喜んでもらえるといいけど」


 私はブラウザを閉じた。

 椅子から立ち上がって、ベッドに寝転んだ。


「あーあ。私はこれからどうしようなぁ……」


 ともかく、異世界動画は、またもや上手く行かなかった。

 リベンジ失敗。

 現実も駄目、異世界も駄目とは。

 とほほ、です。


「私、確実に最強なのにねえ……。どうして上手く行かないんだろうねえ……」


 まあ、うん。

 私だからか。


 実際には、まだ手はある。


 手に入れたオーク・ロードの魔石を時田さんに売るのだ。

 それで一攫千金。

 上手く行けば、一生、地味に暮らせるくらいのお金が手に入るだろう。

 ただ、ウルミアたちに言われた、時田さんには狂気があるという言葉が胸に残っていて、だからまだ連絡は取っていない。


 私は気分転換に、ユーザーインターフェースを広げた。


 そういえば、先日の一斉討伐で、私のレベルはひとつ上がっていた。

 レベル61になっていた。

 オーク・ロードが多くの経験値をくれた。


 私のステータスは規則通りに上がって、すべて、61000になっていた。


 SPは今までの165から、なんと+100されて――。

 265になっていた。


 SPは、何かあった時に即座に必要なスキルが取れるようにと――。

 余裕を持って保存してあるけど――。


 +100もされたのなら、使ってもいいだろう。


 では、何を取るか。


「やっぱり重要なのは、『ポリモーフ・セルフ』だよねえ……」


 異世界でも現代も、変装さえしていれば大胆に動ける。

 最強の力を十全に使える。


 『ポリモーフ・セルフ』の魔法はランク『Ⅹ』まで上げることで、効果時間を『永続』に引き伸ばすことができる。

 つまりは、ずーっと変身した姿で生活できるようになるのだ。

 しかも、エンシェント・ドラゴン並の大きさにまで変身できるようになって、さらには変身した種族の特性までをも得る。

 なんというか……。

 完全になりきれてしまうわけですね、すごいことに。


 とはいえ、『ポリモーフ・セルフ』には、私にとっては致命的な弱点がある。

 その弱点は、残念ながらランクを上げても消えないようだった。


「はぁ……平常心かぁ……。それもスキルでなんとかできればなぁ……」


 変身魔法は心が乱れると自動的に解けてしまうのだ。

 きっとファーエイルさんは、心が乱れることなんてなかったのだろう。


 と思ったら……。

 なんと……。


「あるじゃん! 平常心!」


 ありました。

 一般スキルの中に、普通に『平常心』なるスキルが。

 これを取得してオンにしておけば、心が乱れることはなくなるようだった。


 私は早速、取得した。

 合わせて、『ポリモーフ・セルフ』をランク『Ⅴ』からランク『Ⅹ』に上げた。

 使用SPは合わせて50ポイント。

 これでSPは、残り215ポイントとなった。

 まだまだ余裕だねっ!


 ちなみに平常心にランクはなかった。

 取得してオンにするだけでフルパワー発動してくれるようだ。


 私は早速、使ってみた。


 『ポリモーフ・セルフ』の魔法で羽崎彼方になって――。

 『平常心』をオンにする。


「ふむう……。使った感じ、特に異常はなし、か」


 うん。


 平常心になったからといって、違和感は何もなかった。

 私の心は私のままだ。

 ただ、妙に思考がクリアになった気はする。

 心の中にモヤとしかかかっていた、いろいろな不安や悩みが、すっきり消えたような。そんな爽やかな感覚だった。


 それは悪い感覚ではない。

 むしろ良い感覚だった。


 私は冷静に、これからどうするべきかをあらためて考えることにした。


「まずは、この状態の確認かな。どこまでこのままで動けるのか、それを知らないとね。あとは手軽に取れるものも取っておこう」


 私は『テレポート』の魔法を使った。

 飛んだ先は、ダンジョン『ミノタウルスの迷宮』。


 最初に判明したのは、『平常心』と『ポリモーフ・セルフⅩ』であっても、世界の壁を越えれば魔法は解けてしまうということだった。

 私は変身魔法を掛け直して、あらためて羽崎彼方となった。

 さらにユーザーインターフェースの装備欄から、異世界の服に着替える。

 漆黒のハルバードも手に持った。


 次に検証したのは、短距離の転移だ。

 転移魔法『テレポート』は、リストから選ばなくてもマップ上の指定でも使える。

 では、目視した先には、どうか。

 結果は、転移できた。

 しかも、変身が解けることはなかった。

 同世界への転移であれば、変身は解けないのかも知れない。

 これにはもう少し検証が必要だけど、今日はこれからダンジョン探索をするので、それについては後日の課題とした。


 この日は夕方まで――。

 魔物を倒しつつ、魔石を取りつつ――。

 変身魔法がどこまで解けないかの検証を行った。


 スキル『平常心』の効果は凄まじかった。


 私は一切、ドキドキすることなく、他の冒険者を冷静にやり過ごし、魔物を倒してたくさんの小さな魔石を入手した。

 時田さんに売るのは、こちらの小さな魔石が最良だろう。

 オーク・ロードの魔石は含有魔力も高い。

 下手に売って狂気的に使われれば、恐ろしい結果を生み出す可能性がある。

 小さな魔石であれば、その可能性は低くなる。


 ただ、『平常心』があっても、大きな負荷をかけると変身が解けてしまうのは同じだった。

 検証の結果、『ポリモーフ・セルフⅩ』であれば、ランク『Ⅲ』までのスキルや魔法なら自由に使えることがわかった。

 ランク『Ⅲ』あれば、ミノタウルスにも普通に勝てた。

 つまりは、普通に冒険する分には余裕。

 そして、現代世界で暮らす羽崎彼方の基準で考えれば、十分というか、むしろオーパースペックすぎるほどの力だ。


 夕方までに、私は小さな魔石を100個と、ミノタウルスの魔石を1つ手に入れた。

 100個になったところで区切りもいいので、私は帰宅した。

 平常心はすごい。

 うだうだしていた時間が嘘のように、私は大きな成果を出したのだった。

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