第71話 突然の襲撃者
私はシータのところに行った。
するとニヤニヤ言われた。
「青春だねえー」
「シータまでやめてよー。私、ああいうの得意じゃないんだからさー」
「ファーはもてそうだもんだねー。大変だよねー」
「もー!」
「あはは。ごめんごめんっ! もう言わないからさ、許してよ」
「ならいいけど……」
私は、ぷくっと膨らんでいた頬を戻した。
「で、どうだった? ファー、今日の仕事は大儲けだった?」
「まあね。……シータはどうだったの?」
私は声を潜めてたずねた。
「まあまあかな」
「……やっちゃったんだ?」
取り逃げ。
「もちろん、ギルドの仕事はちゃんとやってるよ。せっかく雇ってもらえたしね。報酬も1日で銅貨2枚はもらえるし」
ちなみに王国の貨幣は、金貨1枚が銀貨10枚、銀貨1枚が銅貨10枚。
銅貨1枚が小貨10枚、小貨1枚が片貨10枚となる。
金貨1枚は、多分、10万円くらいだ。
銅貨2枚は、そこから考えると2000円くらいだろうか。
シータの口ぶりからして悪い賃金ではないようだ。
「じゃなくて、あっちの方……」
私が知りたいのは、ギルドの仕事の方ではなかったけど。
「ここの仕事は朝と夕だけだしねー。昼は自由時間だから、拾い物のお手伝いは、もちろん、させてもらったさー」
「本当に気をつけなよぉ」
見つかって、捕まらないように。
私が心配すると、シータはケラケラと笑って、
「ファーって本当にお人好しだよね! そういうとこ好きだよ!」
「もー。好きはいいからー」
「ま、無理なくやらせてもらうよ。ファーのおかげで、懐はかなり温まったしね」
「ちなみに売ったのってドワーフの工房?」
「もしかして知り合い?」
「うん。実はね」
ハルバードの素材として使われたことを話すと、またシータは笑った。
「それ、すっごい偶然! 縁が巡ったねー!」
「だねー」
私も笑った。
シータには、悪びれた様子も反省する様子もないけど――。私個人としては、腹が立つどころか逆に元気そうでよかったと思う。
シータのそういうところは、正直、好きだし。
私にはない強さで、羨ましいと思うのだ。
と――。
シータと楽しくおしゃべりしている、そんな最中のことだった。
突然、ベースキャンプの外から爆発音が聞こえた。
広場がざわつく。
私たちも音の聞こえた方に目を向けた。
北へと続く街道の方だった。
「なんだろ、魔物の襲撃かな」
シータが恐れるどころか、むしろワクワクとした様子で言った。
「それはないと思うけど……」
敵対反応はない。
なので、敵の襲撃ではないはずだ。
見ていると、よろめきながら誰かが走ってきた。
傷だらけの若い冒険者だった。
「魔族だ……! 魔族が出た!
仲間が襲われて、食われているんだ……! 頼む助けてくれ、早く!」
彼が叫ぶ。
冒険者たちはすぐに動いた。
私も行く。
シータもついてきた。
「シータは待っていた方がよくない?」
「どうして? 何かいいことがあるかも知れないのに?」
「いいことって?」
私は正直、悪事を疑った。
「足元に何かが落ちてきたらいいなーって、ね」
「……それくらいならいいいけど」
現場は、宿場町から北に100メートルほど離れた街道の脇だった。
兵士や冒険者たちが、すでに魔族を取り囲んでいた。
私が到着すると――。
兵士の隊長らしき育ちの良さそうな青年が、後方で金切り声を上げていた。
「いいか! 一斉にだ! 俺の合図で全員で突き刺せ! 相手は魔族だ! 何をしてくるかわからんから油断だけはするなよ!」
反して聞こえる少女の声は、呑気なあくび声だった。
「ふぁ~あ。来るならこいなのお。面白いから、攻撃は受けてやるのお。ジルの多重障壁を破れるものなら破ってみろなのお。あーでも、安心するといいのお。ジルは生き血が好きなのお。美味しい血を探すために、おまえたちは殺さないのお。半殺しの生焼けで、まずは一口ずつグルメさせてもらうのお」
彼女が自ら名乗る名前を聞いて――。
ああ、あの子かぁ……!
私は目眩にも似た感覚で、しまったぁと思った。
あの子。
ジル。
それは、魔王ウルミアの親友で、同じ魔王。
ヒュドラ騒ぎの時に襲撃してきて――。
なぜかそのまま山の中で寝てしまった吸血鬼の女の子――。
ジルゼイタだ。
なんでまだ人の領域にいるのか。
帰ったんじゃなかったのか。
まさかずっと、山の中で寝ていたのだろうか。
確認に行くべきだったぁぁぁぁぁ!
私は悶えつつも、とにかく輪の隙間から彼女が彼女であることを確かめた。
うん。
はい。
木陰にしゃがんで呑気にしているのは――。
間違いなくあの時の子だった。
「……ねえ、魔族って、あれ、私たちより小さな女の子だよね? 本当にそうなの?」
シータが疑りたくなる気持ちはわかるけど……。
私は本物だと知っている。
「この子は微妙だったのお。ジルは、もっと美味しい子を所望するのお」
ジルの足元には、若い冒険者が意識を失って倒れていた。
死んではいない。
魔眼で麻痺させられて、首から血を吸われたようだ。
ただ見たところ、命を奪い取るほどの吸血ではない。
助けて休ませれば回復するだろう。
「今だぁぁぁぁぁぁぁ! やれええええええ!」
隊長が叫んだ。
おおおおお!
と、雄叫びを上げて、まわりにいた兵士と冒険者が一斉に剣を突き出す。
次の瞬間――。
攻撃した者たちは何メートルも弾き飛ばされて――。
倒れた。
ジルの障壁による反動効果だ。
そこに遅れて――。
「チッ。まったく、今日の本番はこれからってか」
「魔族――。生かしてはおけませんね」
「……ああ、そうだな」
ラッズさん、クラウスさん、ゼンさんが現れた。
パーティーメンバーも一緒だ。
私にフラレて町に走って行ってしまったヨランはいなかったけど……。
「おおおお、遅いぞ、Bランクども! 早くおまえらの自慢の剣で、あの魔族の小娘を斬り裂いてしまええええええ!」
隊長さんがうしろに下がりつつ、ラッズさんたちに命じる。
自分でやりなよ、隊長さん……。
と私は思ったけど、もちろん口にはしないです。
そもそもやってもらっては困る。
ラッズさんたちは弱くない。
今日、一緒に戦ったからそれは知っている。
ラッズさんたちが連携して攻撃すれば、ジルは危ないかも知れない。
今のジルは油断しきっているし。
いや、うん。
違うか。
ジルは、起きている時には常に眠たくて、ボーっとしている子なのだった……。
そういう呪いにかかっているとウルミアが言っていた。
「もちろん、やりますよ。魔族は殺します。魔族を1人殺せば、この先に殺される大勢の人を救うことができるのですから」
クラウスさんとそのパーティーメンバーは、魔族に故郷を滅ぼされた。
魔族への恨みは強い。
静かな言葉には、明確に殺意が滲んでいた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
私は反射的に、クラウスさんたちの前に立ってしまった。
「ファーさん、どうされたのですか?」
「えっと。あの。少しだけ待って! 私が交渉してみるから!」
「交渉? 誰とですか?」
「もちろん、あそこの魔族の子と!」
「なぜですか?」
「話せばわかると思うからっ!」
「無駄ですよ。それに、座って呆けている魔族を逃がす手はありません」
「とにかく待って! お願い!」
私は返事を待たず、今度はジルの元に飛んだ。
しゃがんで目を合わせて、話しかける。
「ねえ、どうしてこんなところにいるの?」
「寝ていたらお腹が空いたから、グルメをしに来たのお。おまえは、やっぱりニセモノでニンゲンの仲間だったのねえ。でも、おまえの生き血を吸うのは怖いからやめておくのお。邪魔だから消えるといいのお」
「フレインとウルミアは、もうおうちに帰ったよ? アンタンタラスさんも待っているだろうし帰らなくていいの?」
「お腹が空いて集中できないから、転移は無理なのお」
「うーん。そっか。なら私が――」
話していると――。
うしろからクラウスさんが近づいてきた。
「ファーさん、今の会話はどういうことですか? アンタンタラスとは、私の故郷を滅ぼした魔族の名で間違いないと思いますが」
「あ。えっと。それは……」
私は振り返って、身を起こしつつ、あたふた言い訳しようとした。
だけど、うまい言い訳が思い浮かばない!
というか、よりにもよって、アンタンタラスさんがクラウスさんの仇敵なのか……。
するとジルがあくび混じりに言った。
「アンタンタラスはジルの部下なのお。ジルは10座魔王の1人なのお。おまえらごとき指先ひとつで突き殺せるのお」
「魔王……。魔王だと言うのですか……!?」
「そうなのー。だからやりたいなら、さっさと来いなのお」
「あーもう待って待って! 駄目だったらー! とにかくジルはおうちに帰るの! いいね! 私が連れて行ってあげるから!」
私はジルに向かって言った。
「必要ないなの。どっか行けなの」
「あーもう。駄目です!」
どうしようか!
私は迷って、迷って――。
名案を思いついた。
それはあとから思い返せば、最悪の迷案だったのかも知れないけど……。
こほん。
私は息をついて、できるだけファーエイルさんに似た笑顔を作った。
そして……。
ファーエイルさんを真似て言った。
「ねえ、ジル。どうしてボクのお願いが聞けないのかな? ボクが誰なのか、アンタンタラスから聞いてはいないのかな?」
聞いているはずだ。ウルミアがそう言っていた。
言ってからジルにだけ向けて、『威圧』を発動。
威力は中間ランクの『Ⅴ』。
さすがに魔王なら、中間の威力で泡を吹くことはないだろう。
むしろきっと、今は私がファーであると理解する基準にしてくれるはずだ。
してくれるといいけど……。
さあ、どうかな。
伝説の大魔王のマネをしてしまったわけなのですが……。
私はニッコリとジルの反応を待った。
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