第68話 閑話・青年ヨランの死闘







 最初は順調だった。

 俺は必死に剣を振るって、目の前のオークに一撃を食らわせる。

 オークは図体がデカい。

 しかも動きが遅い。

 攻撃を当てること自体は簡単だった。

 ただ、やたらタフで、なかなか倒れてくれなかった。


 それでも俺は1体を倒した。


「よっしゃあ!」

「おう、よくやったな!」


 アニキも褒めてくれた。


 だけど、喜んでいる暇はなかった。


 オークは次から次へと、濁流のように押し寄せてくる。

 まったく、数だけは多いぜ!

 俺もすぐに次のオークへとかかったが――。

 不覚にもオークの攻撃を肩に受けて、かすった程度なので痛みは大してなかったが、バランスを崩して転んでしまった。

 俺は、あやうくオークの棍棒で頭をかち割られそうになった。

 際どいところでアニキが助けてくれた。

 俺は数瞬、呆けてしまった。

 アニキに叱咤されて、俺はすぐに勇気を取り戻した。

 アニキのサポートもあって、俺はなんとか2体目のオークも倒すことができた。

 俺は再び吠えたが――。

 この時には、すっかり息が上がっていた。


 俺は一旦休憩したかった。

 体勢を建て直さないと、このままではキツイと感じた。


 なのでアニキに頼もうとしたのだけど――。

 アニキはとっくに、別のオーク共に襲われて剣を振るっていた。


 他のパーティーメンバーも同じだった。


 大乱戦だ。


 俺の目の前に新しいオークが現れる。

 疲れ切った俺を見て楽な獲物だと思ったのか、グヘヘと笑いやがった。


「くそがよぉぉ! 負けるかよぉぉ!」


 俺は怒りに任せて叫んだ。

 俺は、連れてこられてここに来たわけじゃない。

 町に残れとアニキに言われたところを、やれると言い張って自分でここに来たのだ。


 俺は戦って――。

 転がって――。

 必死に立ち上がって――。


 傷だらけにならながらもオークと戦った。

 3体目を自力で倒すことはできなかった。

 だけど粘る内、パーティーメンバーが魔術支援をくれて倒すことはできた。


「ハァハァハァ……」


 バタン、と、倒れたオークを俺は汗に濡れた目で見つめる。


「よくやったな」


 アニキが俺の肩を叩いた。

 ふと見れば、大乱戦はおわっていた。

 俺たちの勝利だ。

 まわりには、オークの死骸が転がっていた。


「は、はは……。やったぜ……」

「ま、最後まで立っていたことだけは褒めてやるよ」

「アニキたちはすげぇな、やっぱ」


 アニキたちは、俺ほど息を切らしていない。

 そこまで体力差があるとは思っていなかったのに。


 俺がそのことをぼやくと、アニキに言われた。


「それが経験の差よ。常に全力全開じゃ俺らだって持たねーよ。力を抜ける時にはできるだけ抜いて戦うのがコツさ」

「教えてくれよなぁ……」


 俺は力尽きて、その場にへたった。

 わははは。

 アニキたちが笑う。


 今回の仕事はこれでおわった――。


 そう思った、その時だった。


 突然、建物をぶち壊して、他より2倍は大きなオークが現れた。

 俺は息を呑んだ。

 それは確かにオークだったけど――。

 巨体だけではなく、他のオークとは明らかに違う強者の雰囲気を持っていた。

 その手には、まるで丸太のような棍棒があった。


「ハッ。いやがったか」

「アニキ、こいつは」

「オーク・チャンピオン。こういう集団にはいがちな、上位個体だな」

「……勝てるのか?」


 思わず弱気になって俺はアニキにたずねた。


「あったり前だろうが!」


 アニキが剣を構える。

 俺はここでも、ほんの少しだけとはいえ、呆けてしまったけど――。

 遅れながらも慌てて戦闘態勢を取った。


 オーク・チャンピオンは、俺たちを補足しても、すぐには襲いかかってこなかった。

 こちらの動きを観察するように、じっと見つめてくる。


 その間に仲間の魔術師が魔術を完成させた。

 杖を掲げて、魔術を解き放つ。

 強力な火炎がオーク・チャンピオンの巨体を包んだ!


「やったぜ!」


 俺は勝利を確信して叫んだ。

 いくら上位個体でも、火炎魔術の直撃を受ければ丸焦げ間違いなしだ!


「しゃがめ!」


 アニキが叫んだ。


「え」


 勝利を確信していた俺は、一瞬、反応が遅れた。

 アニキがかばってくれる。


 飛んできたのは、オーク・チャンピオンが手に持っていた棍棒だった。

 棍棒は燃えていて――。

 俺は一瞬、オーク・チャンピオンがパーティーメンバーの放った魔術をそのまま跳ね返してきたのかとも思った。


 炎をまとって回転する棍棒が、俺たちの頭の上を抜けて――。

 対面の壁に激突した。

 壁が砕けて、瓦礫があたりに飛び散る。


「すまねえ、アニキ……!」

「まだおわったわけじゃねえぞ! 油断するなよ!」

「お、おう!」


 相手は強敵――。

 だけど、アニキたちだって歴戦のBランク冒険者だった。


 アニキたちは巧みな連携で巨大なオークと戦う。

 盾役、攻撃役、陽動役、補佐役。

 幾多の戦いをくぐり抜けてきた見事なチームプレイだ。


 俺は――。

 見ていた。


 悔しいけど、アニキたちが本気の戦いをする時――。

 そこに俺の居場所はない。

 俺はだって、まだ、荷物運びなのだ。

 一人前とは認められていない。


 戦いは互角だったけど――。


 徐々にアニキたちが押している気はする。


 いける!

 勝てる!


 俺は見ていてそう思った。


 オーク・チャンピオンが、ついに片膝をついた!


「よし! とどめだ!」


 いったん距離を取ったアニキが、大きく上段に剣を構えた!

 剣に魔力が収束されていく。

 出るぞ……。

 武技と呼ばれる――。

 一流の戦士だけが使いこなせる必殺の技――。

 パワー・スラッシュが!


 俺は期待と興奮に目を輝かせた。


 だけど――。


 その時――。


 オーク・チャンピオンの手に、不気味な黒いモヤが集まっているのを俺は見た。

 アニキたちは気づいていない。


「いくぜぇぇぇぇぇぇぇ! 俺の武技を食らいやがれえええ!」


 アニキが飛び込む寸前――。

 オーク・チャンピオンがニヤリと小さく笑った。


 罠だ!


「アニキィィィィ!」


 俺は飛び込んで、アニキに横から抱きついた。


「なっ! ヨラン!? なんだいったい!?」


 俺の予感は的中した。


 オーク・チャンピオンが、手のひらに集めていた黒いモヤを放つ。

 それは蛇のように勢いよく飛びついて、アニキをかばった俺の背中に噛みついた。


「があぁぁぁぁ!」


 落雷を受けたような衝撃が俺の全身を襲った。

 俺は悲鳴を上げて――。

 地面に落ちて、そのままのたうち回った。


「ヨラン! ――ぐはぁぁぁっ!」


 ああああああ……。

 なにやっんだよ、アニキ……。

 せっかくかばったのに……。

 スパークする視界の隅で、オークに強烈に蹴り飛ばされるアニキを俺は見た。


 チャンピオンが笑う。


「グォ、グォ、グォ! グォーグォグォ! グォーグォグォ!」


 完全に俺たちをバカにしている。


 そんな中、俺の体は……。

 手が、足が……。

 黒ずんでいくのがわかる。

 どんどん、石に変わっていくみたいに重くなっていった。


 これが呪いなのか。


「ラッズ! ヨラン!」

「くそ……。なんだよ、これは……」

「呪い……。まさか、チャンピオン以上の個体だというのか……」


 仲間たちの悲鳴のような声が聞こえる。


「そうだ……。笛を……!」


 仲間の魔術師が、胸にかけていた笛を吹いた。

 集合の合図だ。


 だけどチャンピオンは待ってくれない。


 動きを止めた仲間たちに、黒いモヤのまとわりついた拳を振り下ろして――。

 だけど、仲間たちの悲鳴はなかった。


 俺の意識は閉ざされていく。

 目の前もボヤケて、ハッキリと見えていたわけではないけど――。


 日差しの中、銀色の髪をきらめかせて――。

 オークの拳をやすやすと受け止めたドレス姿の少女――。


「えっとぉ。笛が鳴ったから、こいつ、手を出してもいいんですよね? 後で問題になったりはしないですよね?」


 唐突に現れたファーが、呑気な声で言った。


「あ、ああ……」


 仲間の1人がうなずくと――。


「なら、やっちゃいますね」


 ぼやけた俺の視界は、やはり幻覚を見ているのだろうか。

 ファーが巨大なオークを軽く突き飛ばした。

 オークはよろめきながらも怒りの咆哮を上げて、黒いモヤをまとわせた拳を振り上げる。


 ファーの銀色の髪が、波みたいに揺れて、きらめきを残して消えた。


 一瞬で距離を詰めたファーが、漆黒のハルバードを振るった。

 武技なんだろうか。

 俺の目には、黒い刃の三日月の軌道が、少なくとも3つは走ったように見えた。

 オークは斬り裂かれて、肉片となって散った。

 勝負はついた。


「んー。まあまあかな」


 ファーには息ひとつ切らした様子もなかった。


 はは、楽勝かよ……。

 なんだよ……。


 銀色に輝く芸術品みたいな綺麗なファーの背中を見つつ――。

 俺の意識は途絶えた。

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