第67話 閑話・青年ヨランはライバル心を燃やす







 やってやる……。やってるぞ、俺は……。

 今日で一人前になるんだ……。


 ベースキャンプを出て、いよいよオーク討伐へと向かう道中、俺は心の中で何度も繰り返して自分を奮い立たせた。


 俺はヨラン。


 今年で14歳になる新人の冒険者だ。

 ランクはF。

 最初のGからはひとつ上がっていて、それは俺の年齢ならすごいことのようだが、アニキたちのおかげであることは誰より自分が理解している。

 荷物持ちとして、真面目に頑張っていることが評価されたのだ。


 そう――。


 俺はぶっちゃけ、荷物持ちだ。


 魔物の討伐依頼を受けても、ダンジョンに潜っても、俺はアニキたちの後について荷物を運ぶのが仕事だった。

 それは必要な仕事だと理解はしている。

 なので仕事は真面目にしている。

 だけど、不満はあった。

 だって俺は、冒険者として、剣を振るって、魔物を倒して生きたいのだ。


 それを口にすると――。


 アニキには、最初の時にこう言われた。


「おまえの勢いだけは認めるが、おまえ、戦いについては完全に素人だろ。少なくともうちではまだ前には出せねぇな。教えてやるから、1年は学べ」


 1年……。

 それは、短い時間ではあるのかも知れない。

 人に愚痴るとそう言われる。

 だけど俺には、長過ぎる時間だった。

 アニキに拾われて、半年。

 俺はもう十分に学んで、戦える自信はあった。

 実際、戦えている。

 アニキの指示に従って、だけど。

 勝手に前に出ると、今でも酷く怒られる。


 悔しいけど、俺はまだガキだ。

 なのでそれは、しょうがねぇ……。

 俺は我慢もしていたが――。


 突然、とんでもないヤツが俺の目の前に現れた。


 そいつは俺と同い年で、しかも女だった。

 体の線は細い。

 戦うよりも踊っている方が似合うようなタイプだった。


 しかもエルフ族だという。


 エルフは、精霊に愛された妖精種族。

 人間にはない様々な力を持つという。

 エルフ独特の魔術は、特に凄まじい威力らしい。

 あと、とてつもなく綺麗だと聞いていた。


 エルフは人間の社会には滅多に現れない。

 普段は森の中で暮らす。

 なので今まで、この目で見たことはなかったけど……。


 実際、ファーと名乗ったそいつは、黙って立ってさえいれば、背筋が寒くなるほどの恐ろしい美貌をしていた。

 ただ、しゃべったり動いたりすると、どうにも挙動不審で――。

 そのイメージは簡単にぶっ壊れたが。


 俺のそいつへの印象は、とにかく頼りなさそうなヤツ、というものだった。

 1人では、とても生きていけなさそうな。

 ぬくぬくと暮らしてきた世間知らずのお嬢様というイメージだった。


 ただ、ヤツは銀色の髪と金色の目をしていた。

 それは伝説の大魔王の容姿だ。

 不吉を招く姿だ。

 なので、どれだけお嬢様に見えても苦労はしてきたのだろう。

 そもそも何かなければ、いくら優秀だからといって、エルフの少女が1人で人間世界を生きるなんてことはないだろうし。


 俺たち冒険者は、人を外見で区別したりはしないけどな。

 伝承なんかより、信じるのは自分の目だ。


 なんにしてもヤツは、ヨーデルの町を治める男爵様に、その実力を認められた者だという。

 冒険者として、すでに成功していた。

 そして、助っ人として、俺たちと共にオーク討伐に向かうことになったという。


 しかも実力試しの模擬戦でアニキたちに勝ったという。


 ただ模擬戦については、手加減があったようだが。


 なにしろファーのヤツは、聖女リアナ・アステール様の友達だという。

 それは倒せないわけだ。

 リアナ様に不快な思いをさせるわけにはいかないしな。


 ともかく……。


 いくらエルフだと言っても、ファーのようにトロそうなヤツが一人前扱いされて、この俺が半人前のままなのは納得いかない。


 ファー自体は、悪いヤツだとは言わないが……。

 しゃべれば意外といいヤツだし……。

 美形だし、なのに笑顔には愛嬌があって、とびきりにカワイイしな……。

 つい見とれてしまうぜ……。

 だけど俺は、のぼせた気持ちは気合で振り払った。


 ファーにできて、俺にできないはずはない。

 俺だって、実力で言えば、とっくに一人前になっているのだ。

 確かに村を飛び出した俺は世間知らずの半人前だったが、この半年、必死に訓練を重ねて、俺は十分に成長していた。


 今回の一斉討伐は、絶好のチャンスだった。


 この俺の力を見せつける――。


 アニキたちに、俺も肩を並べて戦えるようになったと認めてもらうのだ。

 荷物持ちから卒業するのだ。


 そのためにも。


 ファーのヤツには負けられなかった。


 今日の俺の目標は、ファーよりたくさんのオークを仕留めること。

 オークとはダンジョンで何度か遭遇したが、力はあっても動きの遅い雑魚だった。

 オークなんて、今の俺には楽勝だ。

 楽勝に違いない。

 実際、一度だけ自分で戦ったこともあるけど、俺は一撃で勝った。

 あの時の高揚は今でも覚えている。

 アニキには、呆れた声でこう言われたけど……。


「……あのな、ヨラン。まわりも見えずにヤケクソで突っ込んで、たまたま全力の一撃が当たって倒せただけのことを、実力とは言わねぇんだよ普通は」


 だけど倒したことは事実だ。

 だから俺には自信があった。


 少なくとも、普通の少女と変わらない細腕のファーに負けるはずはない。


 俺には自信があったのだ……。



 キネル村に着いた。


 キネル村には情報通り、たくさんのオークがいた。

 すっかり住処にしているようだ。


 俺たちは村の外から様子を伺う。


「特に警戒している様子はなさそうですね……」

「だな」

「では、作戦通りにいきますか」


 アニキとクラウスさんが言葉を交わす。


「では、先陣を切らせてもらう。最初だけ背中は預けるぞ」


 ゼンさんが戦斧を構える。


「おう。任せとけ」


 それにアニキが力強く答えた。


 作戦は簡単だ。


 ゼンさんのパーティーが突っ込んで、俺たちは後に続く。

 一気に村の広場まで進んで、あとは乱戦だ。


「おまえも大丈夫か?」


 俺はファーにたずねた。


「う、うん……。多分ね……。なんとか……」


 ファーのヤツは緊張に震えていた。

 両手で握った漆黒のハルバードもかたなしの、情けない姿だった。

 まったく本当に、こいつのどこが英雄候補なのか。

 なぜ男爵様は、アニキではなく、こんなヤツを推すのか。

 俺はあらためて呆れたものだった。


「いくぞ。うおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げてゼンさんが先陣を切る。

 巨体に、戦斧。

 まさに嵐のような勢いだった。

 出入り口付近にいたオークは、何もできずにその嵐に巻き込まれて死んだ。


「やっぱり楽勝だぜ!」


 その様子を見て、俺は大いに気勢を上げた。

 戦いが始まる。

 俺たちは予定通りに村の広場に入った。

 オークどもはやはり低能で、連携なんてまるで取らず、いきなり現れた俺たちへの怒りのまま各個に襲いかかってきた。

 アニキたちが、一気に広場のオークどもを掃討する。

 俺とファーは残念ながら後列で、それを見ているだけだった。


「よし! 問題なさそうだな! 俺等は北に行くぞ!」

「おう!」


 アニキの声に俺は勇ましく応じた。

 広場で問題なければ、この後はパーティー単位での行動だ。

 安全を考えるなら3パーティーでまとまっていた方がいいのだろうけど、なにしろ俺たちは冒険者で金を稼ぎにきた。

 倒したオークの魔石は、倒したパーティーのものとなる。

 なので、よほどの強敵でなければ、他パーティーとは共闘しないのが常だ。

 オークは雑魚だしなっ!

 魔石祭りの始まりってところだぜ!

 パーティー単位になれば、俺にも出番はあるしな!


「じゃあ、えっと……。私もやらせてもらいますね……」


 ファーのヤツが震えた声で言った。

 ハルバードをギュッと握って、見るからに緊張しきっていた。


「おい、大丈夫――」


 か?

 怖いならついてこいよ――。


 と、俺は言おうとした。


 だけど言えなかった。


 なぜなら、次の瞬間、ファーの姿が消えたかと思ったら――。

 正面から突撃してきたオークを、まるで紙のようにやすやすと切り裂いて、その向こう側に跳躍していたからだ。

 ハルバードの風圧が一瞬だけ遅れて俺の顔に触れた。


「ヒュウ。さすがだな」


 アニキが口笛を吹く。


 俺は呆然としてしまった。


 呆然とする内、ファーは行ってしまった……。


「ボケっとしてるなよ、ヨラン! 死ぬぞ!」

「お、おう!」


 アニキに怒られて、あわてて俺は剣をちゃんと握り直した。


 ファーには負けねぇ……!

 俺だって、やってやるぜ!


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