第66話 朝!
ピピピ……。
ピピピ……。
朝。
夜が明ける前の、まだかなり早い時間――。
私はバッチリと目覚めた。
背伸びして、ベッドから降りて、何より先にPCを起動させて、いつものようにマイ・チャンネルの確認をする。
「うむ。異常、なし」
よくも悪くも、いつも通り。
変なメッセージが来ていたりはしなかった。
昨日、思いっきり身バレしてしまったので実は心配していたけど……。
よかった。
「あーでも、時田さんにヨヨピーナさん、それにヒロもかぁ……。ファーで会わなくちゃいけない人が増えちゃったなぁ……」
石木セリオさんのことも気になる。
彼は魔術師だった。
間違いなく魔法を使っていた。
いったい、どういう人なのか。
パラディン北川が勝手に作った私非公認の『天使様後援会』に、ヒロとクルミちゃんと一緒に参加した様子だけど……。
SNSでパラディンがそう自慢していた……。
石木さん自体は、あの事件の後、ネットには姿を見せていないけど……。
魔術師と言えば時田さんもなんだけど、石木さんはヒロに近い分、より気になる。
ヒロをこれ以上、変な騒ぎに巻き込みたくはないしね……。
「うーむ。実はパラディンも魔術師だったりするんだろうか」
私は考えて――。
「それはないか」
うむ。
「なんにしても、石木さんからは機会があれば話を聞いてみたいねぇ……。パラディンよりはまともに話せるだろうし……」
石木さんは人気インフルエンサーなので、連絡しても無視されるだろうけど。
「今度、メッセージだけでも送ってみようかなあ」
いろいろ考えつつ――。
私は『ポリモーフ・セルフ』の魔法で羽崎彼方に変身して――。
部屋を出て、1階に下りた。
顔を洗ってすっきりした後、卵かけご飯をいただく。
食べていると、パジャマ姿のヒロが現れた。
「おはよー」
私は笑いかけた。
「……本当に今日は朝から出かけるのね」
ヒロが驚いた様子で言う。
「まあねー」
「鳩吹山に登って、景色を撮ってくるんだっけ?」
「うん。一応ね。その後は町に行くから、帰りが遅くても心配はいらないよ」
そういうことにしてあります。
「気をつけてね? 鳩吹山なら小学生でも登るし、平気だとは思うけど、お姉ちゃん、運動神経なんてないんだから。あと、知らない男の人に声をかけられて、ご飯を奢るとか言われても、ついていったら駄目だからね?}
「わかってるよー。平気ー。ヒロの方はどう? 最近はどう? 変なことはない?」
ヒロは日曜日の事件以降も普通に暮らしている。
変わった様子はない。
パラディンたちとは、どうなっているのか、ものすごく気になるけど……。
「別に。普通よ」
「その――。パ」
パラディンの名前を出そうとすると、敏感に察知して睨まれます。
「あぱぱぱ。なんでも」
私は笑って誤魔化すのでした!
「ならいいけど」
ヒロは行ってしまった。
ただ、ヒロとは、次の日曜日にファーとして会うのだ。
その時に話は聞けるだろう。
ヒロはファーには、素直になってくれそうだし。
ファーのことは、憧れているそうだ。
それこそ、ファンクラブに入るくらいには。
実は私なんだけどね……。
簡単に朝食を済ませて、リュックを背負って、私は玄関から出かけた。
町は、まだ暗い。
空は、ほんのりと青みがかっているけど。
普段は見ることのない景色だった。
物陰に入って、『テレポート』
次の瞬間には、異世界。
冒険者たちがキャンプする、宿場町の空の上にいた。
少し離れた場所に着地して――。
今度は、ファーになっていることを確認して――。
いつもの万能ドレス『常夜の衣』に着替えて――。
歩いてキャンプ地に向かう。
キャンプ地では、こちらも夜明け前の時間だったけど、すでに冒険者たちがテキパキと朝食の準備を進めていた。
焚き火の煙が何本も立ち昇っている。
「おはよー」
「おう。ちゃんと来たか。狼に食われなくてよかったぜ」
「あはは。それは平気だよー」
ヨランを初めとして、ラッズさん、クラウスさん、ゼンさん、そのパーティーメンバーとも朝の挨拶を交わす。
「ファー、おまえも食うだろ?」
ヨランが誘ってくれる。
「いいの?」
「全部ギルド持ちだからな。遠慮しなくていいぜ」
「ならせっかくだし」
卵かけご飯は食べてきたけど、まだ食べようと思えば食べられるし。
朝のメニューは、スープにパンに干し肉。
あとはワインだった。
お酒はマズイかなぁと思っていると、宿場町から汲んできた新鮮な井戸水もあったのでそちらをいただく。
ぱくぱく。
もぐもぐ。
干し肉は、かなり硬かった。
パンも硬かった。
スープは、塩だけの味付けだけど、肉のエキスもあって、少しは旨味もあった。
水は冷たくて美味しかった。
朝食を終えた後は、ミーティングとなる。
今日からが本番。
今居る宿場町から北が、多くの魔物の流れ込んだ危険地帯となる。
私たちのチームは、先行部隊から少し送れての出発となる。
道中の魔物は他に任せて、山裾まで真っ直ぐに街道を進む。
目的地は、薬草栽培で知られるキネル村。
ざっと100体はいるというオークの掃討が仕事だ。
「残念ながら昨日はゴブリンも出なかったけどよ、今日は勝負だからな、ファー。どっちがたくさんのオークを殺せるか」
ヨランはやる気まんまんの様子だ。
「殺すとか物騒だねえ……」
私は苦笑いした。
「おいおい、怖気づいたのかよ? 英雄候補ともあろう者がよ」
「いざとなると緊張するよお」
気楽に引き受けた仕事だけど、考えてみると、殺すんだよね、これから。
しかも大量に。
わかってはいたけど……。
「2人とも、油断しすぎても慎重になりすぎても大怪我の元だぞ。いつも通りで行こうぜ。ヨランは指示に従えよ」
ラッズさんが笑って言った。
「わかってるよ、アニキ。俺はいつでも従ってるだろ」
「暴走しがちだけどな」
「今回は、かなりの数との戦いですからね。いくら単体では楽勝と言っても、味方から離れないように十分に注意はするべきですね」
クラウスさんが言う。
「皆、緊急時の笛は、特に聞き逃さないようにな」
ゼンさんが注意事項をあらためて確認する。
オークとの戦いの中で異常事態が起こった時には、笛で合図することになっている。
笛の音の種類は2つ。
集合と撤退。
聞き逃すと大変なことになる。
私も気をつけよう。
「……ファーは本当に1人でいいのか?」
ラッズさんが心配そうにたずねてくる。
「はい。私は1人の方がいいので」
「無理はすんなよ? ソロなら1人は当然だが、死なれちゃこっちの寝心地が悪い」
「俺等についてきてもいいんだぜ? 金魚のフンとしてな」
ヨランが悪態をつくけど――。
心配もしてくれているようだ。
ただ、うん。
同行については、やっぱり遠慮させてもらおう。
私は1人でいい。
自分が圧倒的に強いことは、すでに自覚がある。
その気になれば、瞬時に制圧できてしまうことも理解できている。
せっかくなので今回は、思う存分、ハルバードの試し切りをさせてもらうつもりだ。
自動反応スキル『危機対応』は使わない。
自力での戦いだ。
ふふふ。
ドワーフの鍛冶師マリスさんの自信満々の逸品――。
どれほどのものか、見せてもらおう――。
「お。なんだよ、ファー。よくわかんねえけど、やる気になったみたいだな! それでこそこのヨラン様のライバルだぜ!」
「あははー。まあ、少しはねー」
ちなみにシータは、朝のキャンプ地には普通にいた。
元気に雑用をこなしていた。
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